95話 不気味な北方魔術学院
対峙する北方要塞学院の先鋒は、リリアが警告した通りの異質さを纏っていた。
「……厄介だな」
ディオンは、これまでの"読み"を総動員していた。
だが、相手の動きには、明確な"型"がなかった。
まるで、痛みも疲労も、まったく参照せずに動いているかのような、非合理的なまでの攻めの連続。
「読み切れない、というのは、久しぶりだ」
冷や汗を滲ませながら、それでも、ディオンは冷静さを崩さなかった。
自ら後退し、背後の柱――闘技場の縁に近い、狭い足場へと誘導する。
案の定、相手の剣が、その隙へ真っ直ぐに伸びてくる。
読み切ったわけではない。誘い込んだだけだ。
ディオンは、最小限の動きでそれを受け流すと、そのまま組み合うようにして相手の体勢を崩す。
相手の動きに"型"がないなら、こちらの"型"も崩す。
読みではなく、純粋な地力と判断力の勝負に、意図的に持ち込んでいく。
「……悪いが、これ以上は消耗させられん」
長い攻防の末、両者ともに満身創痍となったところで、審判の声が響いた。
「――時間切れ。両者、判定に持ち込みます」
ディオンは、荒い息を吐きながら、静かに構えを解いた。
相手も、同じように構えを解いたが、その表情には、疲労も苦しさも滲んでいなかった。
ただ、機械的な無表情が残るだけだった。
(……本当に、何なんだ、これは)
ディオンは、その異様さに、背筋の冷たさを覚えながら、静かに控え席へと戻っていった。
「次は――リシェル、頼めるか。」
彼の声には、これまでにない、確かな緊張が滲んでいた。
ディオンの声に、リシェルは静かに頷き、前へ出た。
震える手を、そっと握り締める。恐怖がないと言えば、嘘になる。それでも――彼女は、前へ出た。
だが対峙した瞬間、リシェルは一瞬で『理解』してしまった。
相手が、静かに踏み込む。
「――っ!?」
反応する間もなく、拘束術式を発動する隙すら与えられないまま、リシェルは吹き飛ばされた。
「――そこまで!」
審判の声が、あまりに早く響いた。
「勝者、北方要塞学院!
……あの、リシェル選手、大丈夫でしょうか。」
「……リシェル選手が得意とする戦術は、拘束術式や治癒術式だ。
彼女の強みは、味方を支え、敵の動きを封じる、いわば"搦め手"の役割にある。
真正面から、異質な力で強化された相手と殴り合うのは苦手とはいえ、早いな。」
実況の困惑した声が、静まり返った競技場に響く。
控え席で、担架に運ばれていくリシェルを見ながら、リリアが顔を引きつらせた。
「……秒じゃん」
続いてカイル。
「――カイル・レンドール。ここに見参!」
朗々と響き渡る名乗り。
胸を張り、腕を大仰に広げるその姿は、まるで千年の昔より語り継がれる英雄譚の一節から、そのまま抜け出てきたかのようだった。
「先の二人の先輩は、確かに惜しかった。
だが――俺は違う。一回戦での雪辱をここで満たして見せる!!」
観客席の何割かが、思わず身を乗り出す。
その自信、その佇まい、纏う空気――紛れもなく、勝者のそれだった。
「見せてやろう。この、カイル・レンドールが誇る、対"異質"必殺の一手を!
行くぞ!これぞ我が――」
技名を、叫ぼうとした。
技名は、最後まで紡がれることはなかった。
カイルの姿は、それはもう見事なまでの放物線を描いて宙を舞い、観客席の悲鳴とも歓声ともつかない声に迎えられながら、壁際へと着地――もとい、激突した。
「――そこまで!」
審判の声が響く。
競技場に、深い沈黙が落ちた。
実況の声すら、しばし言葉を失っていた。
「……あの、カイル選手、技名を、言い終える前に……」
「仕上がっていたな。」
解説も、もはやそれ以上の言及を放棄していた。
彼も秒殺された。
ライゼルト戦
圧勝だった。
誰の目にも、疑いようのない完勝。
けれど、杖を納めたライゼルトの顔に、笑みはなかった。
「……こいつら、痛みがないのか?
なんだこの気分の悪さは」
――次は、中堅戦。




