94話 北方要塞学院 リリア出陣
準決勝 ― リリア、出陣
「先鋒――アーカム魔術学院、リリア選手!」
「よっしゃ、ようやくあたしの番!」
これまで二戦、出番のなかったリリアが、意気揚々と前へ出る。ずっと燻っていた鬱憤を晴らすように、腕をぐるりと回した。
「今日は、ちゃんと見せ場もらうから!」
── リリア戦
リリアの戦い方は、いつも通りだった。
無理をしない。焦らない。相手の呼吸を読み、少しずつ選択肢を潰していく。
人間関係の調整役として培った"間合いの詰め方"は、魔術を交えるときも変わらない。
相手の剣が、大きく踏み込んでくる。
リリアの視線は、相手の剣先ではなく、もっと手前――肩の傾き、重心の乗る足、僅かに逸れた視線の先を、静かに捉えていた。
一陣の風のように、リリアの踏み込みで間合いが消える。
気づいた時には、もう懐。
杖の柄を返し、鳩尾へ――
「そこ――《テンペスト・カウンター》」
読み切った軌道の上に乗せる、渾身の一薙ぎ。
相手はもう防戦一方だった。
誰の目にも決着は見えていた。
だから、その瞬間の違和感は、リリア自身にしか分からなかったのかもしれない。
相手の剣筋が、変わった。
「行くぞ」
短い一言と共に、相手が動いた。
リリアの反応は、決して遅くなかった。それでも、避けきれなかった一撃が、脇腹を掠める
――速い。
「っ……!
……なめんなよ」
リリアは、歯を食いしばりながら体勢を立て直した。だが、次の攻撃は、さらに速く、さらに重かった。
防御が間に合わない。
「ぐっ……!」
吹き飛ばされ、地面を転がる。
「リリア選手、防戦一方! 」
実況の声が、困惑を隠せずに響いた。
「一体、何が……!?
つい先ほどまで、圧倒的にリリア選手のペースだったはずです!」
「型が、変わったな。」
「型、ですか?」
「北方要塞学院の近接魔術は、元々"重厚な一撃"を軸にした戦士型が主流だ。
近接距離の制圧を、魔術の威力で押し切る、いわば正面突破型。
対するリリア選手は、相手の起こりを読み、軌道をずらして、最小限の力で崩していく――読み合い型。」
「では、先ほどまでは……」
「読み合い型が、正面突破型を制していた、ごく自然な展開だった。
相手の重い一撃は、起こりが大きい分読まれやすいからな。
リリア選手の得意な展開のはずだ。
だが今は――」
技を殺す、圧倒的なパワー。
アーカムの控え席では、ディオンが険しい顔で試合を見つめている。
「……何かが、おかしい」
「先ほどの動きと、明らかに質が違いますね」
リシェルの声にも、緊張が滲んでいた。
リリアは、何度倒れても、立ち上がり続けていた。
同時に北方要塞学院の先鋒――その生徒の纏う気配の変化に、リリアは一瞬だけ違和感を覚えていた。
「ほんと……なんなの、あんた。
だけど、それで簡単に諦めるほど、安い意地じゃないんだよ!」
血の滲む口元を拭いながら、それでも笑ってみせる。
虚勢だと分かっていても、ここで折れるわけにはいかない。
肌に纏わりつくような、粘つく圧力。
リリアがこれまで戦ってきたどの相手とも、質の違う気配だった。
叫びと共に、リリアは残った魔力を振り絞り、渾身の一撃を放った。
だが、相手はそれを、まるで羽虫を払うように、片手だけで受け止めた。
「……無駄だ」
その一言と共に放たれた反撃が、リリアの意識を刈り取った。
「――そこまで!」
審判の声が響く。
「勝者、北方要塞学院!」
歓声とも困惑ともつかない声が、競技場を包んだ。控え席から、リシェルが慌てて駆け寄る。
「リリア!」
対する北方要塞学院の陣営を見つめる目。
貴族来賓席。その奥に――
ベルクが静かに、満足げな笑みを浮かべていた。
リリアはすぐに意識を取り戻す
「……っ、いた……」
リリアが目を覚ましたのは、既に次の試合が始まった後だった。治癒術式の淡い光が、まだ体の周りに残っている。
「気がつきましたか」
リシェルが、心配そうに顔を覗き込んだ。
「リリアが気を失った時は正直、肝が冷えました」
「ぅ……悪い。
私、負けたんだ……
にしても、あれ……なんだったんだろ。」
リリアは、痛む脇腹を押さえながら、上体を起こした。
まだ意識は朦朧としていたが、頭の中では、先ほどの戦闘の記憶が、鮮明に蘇っていた。
「聞いてリシェル。
あれ、絶対おかしい。」
「おかしい、とは。」
「動きの速さとか、力の強さとか、そういうレベルの話じゃない。
……あいつ、多分、痛みを感じてなかった。」
リシェルの表情が、わずかに強張った。
「痛みを、感じていない?」
「あたしの一撃、確かに入った。
でも、表情一つ変えなかった。まるで、途中から"人間"じゃなくなってるみたいだった。
魔力の質も、途中から変わってた気がする。最初は普通の魔術師だったのに、試合が進むにつれて、どんどん――禍々しくなっていった」
「……何らかの外部からの強化、ということですか」
「多分ね。
試合前に、何かあったんじゃないかな。
……ごめん、あたしがもっと粘れてたら、詳しく見れたと思うんだけど。」
「いえ、十分です。あなたの情報が、この後の対策に繋がります」
リシェルは、そう言うと、静かに闘技場へと視線を移した。
そこでは、ディオンが、既に激戦を繰り広げていた。
準決勝 ― ディオン、消耗戦
判定は、僅差の引き分け。




