↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
頭がおかしくてお金が欲しいイカれた精霊魔術師エルディア  作者: 無印のカレー
決勝トーナメント

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
93/167

92話  聖フィリア   話の割り込み作業がめんどくさかったので2話目

魔術が使えない今、セラフィナに残されているのは、身一つ。


リシェルもまた、砕けた杖の残骸を投げ捨て、素手で構えを取った。


セラフィナが、地を蹴る。

魔術による加速も、防御の結界もない、ただの脚力。それでも、聖騎士としての基礎鍛錬は、伊達ではない。


技術と技術のぶつかり合い。

才能でも属性でもない、剥き出しの積み重ねの応酬。


「あなたが、こんなに、強かったなんて」


「知らなかったでしょう。ずっと、見てなかったから」



会場の熱狂から少し離れた、貴賓席の一角。


年配の男が、腕を組んだまま、微動だにせず戦況を見つめていた。セラフィナの父――ヴァルディア家当主。


「……魔術を、封じられたか」


低く呟いた声に、隣に控えていた側近が、僅かに身を強張らせる。


「セラフィナ様は、まだ立て直せるかと」


「立て直す、立て直さないの話ではない。あの子は今、魔術を失って、初めて"何もない"状態で戦うことになった。……それを、これまで一度も、経験させてこなかった」


「セラフィナ様が、貴賓席を気にされていたのは……」


「分かっている。私が、見ているからだろうな」


その声に、感情は乗っていなかった。ただ、静かな圧力だけが、そこにあった。




肉弾戦の応酬の最中、リシェルの動きに、わずかな乱れが生じ始めていた。


拘束の力場――杖を犠牲にしてまで編み直したそれが、すでに緩んでいた。

制御を失った状態で無理やり紡いだ術式は、長くは保たない。分かっていたことだ。


「……時間切れよ、リシェル」


静かな声だった。

勝ち誇るでも、憐れむでもないただ事実を告げる声。


「あなたは、よくやったわ。」


――ここで決める。


拘束が完全に解けるその刹那。

リシェルは、懐から最後のそれを取り出した。不格好な組紐の護符。


『セラがいつも、誰も見捨てないから。だから、セラも誰かに見捨てられませんように。』


あの日、渡したものと、同じもの。


「……!?」


セラフィナの目が、見開かれた。自分が今も握りしめているものと、寸分違わぬ護符。


「渡した側も、ちゃんと持ってないと。不公平でしょう。そりゃお揃いにしますよ。」


軽い口調とは裏腹に、リシェルの手は、震えていた。もう、これしか残っていなかった。


「これは、魔力じゃない。祈りでも、ない。ただの――想い出、だから。

こめたのは当時の私の魔力だけど、あなたを仕留めるには十分でしょう!!」


握り潰す。


同じ護符を握りしめていたセラフィナの手のひらにも、対になっていたそれが、呼応するように熱を帯びた。

対の護符に込められていたのは、攻撃でも防御でもない。

ただ、あの日交わした約束。


まさに約束そのもの。


『誰も見捨てない』『見捨てる覚悟を持たない』


その二つの願いが、今、正面からぶつかり合うはずだった。


しかし、セラフィナの側でそれは止まっていた。


セラフィナはそれを握り潰せなかった。

指先が、震えるだけで、それ以上動かない。


――見捨てられなかった。


約束を握りつぶすことなんてできない。


あの日、何も言えずに大好きな友を見送った。

呼び止める言葉を、持たなかった。

ずっと、その後悔を握りしめていた。

だから今、セラフィナの目の前で、リシェルが全てを賭けてこれを差し出している。

これを壊すことは、あの日の自分をもう一度繰り返すことだ。


「私は」


セラフィナの声が、震えていた。


「もう2度と、あなたを見捨てることなんて、できない。」


「セラ。馬鹿ですね。

『これ』ね。たくさん作ったからいっぱいあるのに。」


「は……?」





「試合、終了――!!」


判定は、誰の目にも明らかだった。それでも、誰も歓声を上げなかった。ただ、静かな拍手だけが、波紋のように広がっていく。


リシェルに支えられたまま、セラフィナは薄く目を開けた。


「……ね、ねえリシェル。

どういう事!?」


握り潰さなかったあの一瞬。

勝敗を分けたのは、魔術でも、技術でもなく、あの日の言葉だった。


とはいえ、とはいえ酷い裏切りを見た気がする!!!!


リシェルは、荒い息の合間にいたずらっぽく笑った。


「実はですね。セラ。

あの護符、あなたと別れるのがすごく寂しくて、いっぱい作ったので、スペアがいっぱいありますの。

なんなら作りすぎちゃって。」


セラフィナは、目を見開いた。


「……は?」


「だから、一個くらい、いいかなって思ってまして」


「ちょ、ちょっと待って……」


セラフィナは、脱力したままそれでも小さく笑ってしまった。


「……いえ。それも含めてあなたの強さなのかもね。

いい仲間に、恵まれたのねリシェル。

私はずっと後悔していた。あの場所で私は立ち止まってた。

でもあなたは、その弱さを武器に変えるように歩いていた。」


「クソ生意気な後輩に、影響されたのは……否定できないんですけどね」


「やられた方としては、最悪の気持ちね。

でも、ひどく笑える。」


「私もそう思ってます。

今になって罪悪感がー」


「もう!」


リシェルの声は、もうほとんど掠れていた。それでも最後まで軽口だけは忘れなかった。



会場では、実況が困惑気味に締めくくっていた。


「……試合終了ですが、なにやら、和やかな雰囲気になっておりますね。

ここまでの死闘が、嘘のようです」


◆


治療室の片隅で、セラフィナは包帯だらけの姿でベッドに横たわっていた。半分眠りに落ちかけた意識の中、扉が静かに開く気配がした。


「――大丈夫か」


低い声。目を開けずとも、誰だか分かった。


「……お父様」


「起こしたか」


「いえ。……起きてました、なんとなく」


ヴァルディア家当主は、ベッドの脇の椅子に、静かに腰を下ろした。しばらく、何も言わなかった。


「今日の試合、見ていた」


「……面目次第もありません。魔術を封じられて、あんな泥臭い戦いになって」


「そこだ」


短く、遮るように言った。


「お前が、貴賓席を気にしていたのは……私のせいだろう。ずっと、お前に完璧であることを求めすぎた」


セラフィナは、何も言えなかった。ただ、天井を見つめたまま、静かにその言葉を受け止める。


「今日、お前は初めて、“完璧”を手放して戦った。あの護符を握り潰せなかった、あの瞬間もだ」


「……見て、いらしたんですね」


「見ていた。……正直に言えば、少し、安堵した」


意外な言葉に、セラフィナは目を向けた。父の表情は、いつも通り硬いままだったが、声にはわずかな揺らぎがあった。


「完璧な聖騎士より、誰かを見捨てられなかった娘の方が、私は――」


そこで、言葉を切った。それ以上は、続けなかった。


「休め。今日は、よく戦った」


そう言うと、当主は静かに立ち上がり、部屋を後にした。


一人残されたセラフィナは、天井を見上げたまま、小さく息を吐いた。


扉の外で、誰かが立ち止まる気配がした。振り返らなくても、誰だか分かった。


「……盗み聞き、悪い趣味だよ。リシェル。」


「聞こえてたなら、しょうがないじゃないですか。」


リシェルが、包帯だらけの姿で、部屋に入ってくる。


「お互い、ボロボロね」


「そっちこそ」


二人は、どちらからともなく、小さく笑い合った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。