91話 聖フィリア学院2 決別の日と泥試合
決別の日。
神殿附属の初等学舎、庭の片隅。
まだ十歳にもならない二人が、並んで座っていた。
「リシェル、今日の適性検査……」
セラフィナの声に、リシェルは俯いたまま答えなかった。
聖属性の適性を測る儀式――生まれながらの神殿の家系であれば、誰もが当然のように通過するはずのそれに、リシェルだけが弾かれていた。灯りが、ともらなかった。
「私、多分。向いてない。」
「そんなこと――」
「うちの家、今回のことで結構、揉めてるみたい。」
リシェルは、いつものように笑おうとして、うまく笑えなかった。
「聖属性が出ない子なんて、神殿の家系としては……ちょっと、格好つかないから。」
「……それとこれとは、関係ない。」
「あるよ。セラは知らないだけ。」
その一言に、セラフィナは何も返せなかった。
そして、リシェルが最後に登校した日。
「セラ、これあげる。
セラがいつも、誰も見捨てないから。
だから、セラも誰かに見捨てられませんように、って。」
差し出されたのは、不格好な組紐のついた護符だった。
「……リシェル、」
「大丈夫。
私は、私で頑張るから。」
それだけ言うと、リシェルは背を向けて歩いていった。呼び止める言葉を、セラフィナは持たなかった。
――結局、あの時、私は何も言えなかった。
護符だけを、握りしめて。
◆
「圧倒的です! ディオン選手、聖フィリアの先鋒・次鋒・中堅、副将を、まさかの4人抜き!」
観客席から、驚きと称賛の入り混じった声が上がる。
だが、その歓声の中、ディオンだけは、静かに息を整えながら、対面に立つ最後の一人を見据えていた。
「――大将、セラフィナ選手」
「4人抜き、見事だったわ」
「……お世辞は結構。」
「お世辞じゃない。ただ、ここから先は、少し勝手が違うと思うけれど」
セラフィナが軽く手をかざすと、淡い光が彼女自身を包んだ。回復と防御を同時に紡ぐ、複合術式。
「あなたの読みは、正しいわ。でも、私は――誰も見捨てないためだけに、これを磨いてきた」
そして。
「――時間切れ。両者、判定に持ち込みます」
判定の結果は、僅差で聖フィリア。
ディオンは荒い息を整えながら、静かに一礼した。
「……勉強になりました。あなたの戦い方どこかで……いや、なんでもない。」
「こちらこそ。」
セラフィナは微笑み、それから視線をディオンの背後の控え席に座る、一人の少女へと向けた。
「次は、あなたね。リシェル」
準々決勝 ― リシェル対セラフィナ
判定の余韻が残る競技場に、リシェルが静かに歩み出た。
先に動いたのは、リシェルだった。
短杖を一閃、地面すれすれを薙ぐように振るう。放たれた粒子には、色がない、魔術ではない、属性という型を持たない、ただの祈り。
粒子は地を這うように広がり、標的の足元で不可視の力場を形成する。
神へ捧げる技術に、華やかさはいらない。
求められるのは正確さと、積み重ねた鍛錬の分だけ。
――拘束の祈り、届け。
心の中で唱えると同時に、力場が対象の脚を捉えた。
関節の可動域を「動くべきでない状態」へと強制的に引き戻す地味な魔術。
魔術のような派手な光も、爆発的な威力もなく、ただ静かに、けれど確実に、相手の自由を奪う。
「……止まった。」
短く呟きリシェルは次の動作に移る。
聖属性を持たない自分に、属性魔術という華々しい武器はない。
それでも、僧侶として積み上げてきた祈りの技術だけは、誰にも奪えない。
――灯りがともらなかったあの日から、ずっと。
証明したいわけじゃない。ただ、この手で守れるものがあるなら、それでよかった。
短杖を握り直し、リシェルは次の一手のために息を整えた。
実況の声が、会場中に轟いた。
「おーっと!!ここでリシェル選手、動いた!!地を這う一撃が、セラフィナ選手の足元を捉えた――これは、拘束魔術か!?」
歓声とどよめきが観客席を揺らす。
解説が、すかさず訂正を入れる。
「いや、今のは魔術ではない」
「……と、言いますと?」
「色を見て欲しい。
魔術であれば、必ず属性の色が出る。炎なら赤、水なら青。しかし今のリシェル選手の一撃には、色がなかった」
「色が、ない……?」
「あれは僧侶の祈り――神への奇跡だろう。
魔術ではない、そして神聖術の基本技術。
属性を持たなくとも、鍛錬を積めば誰でも習得できる」
会場がわずかにざわめく。実況が声を弾ませた。
「つまり――リシェル選手は、属性魔術ではなく、基本技術、"祈り"だけで、あのセラフィナ選手を止めてみせた、ということですか!?」
「そういうことだ。
派手さはない。しかし、正確に、狙った通りの効果を出してみせた。あれは才能ではなく、積み重ねた技術の証。
リシェル選手、一体どれだけ積み重ねたんだ?」
実況の声が、一段と熱を帯びる。
「聖属性を持つセラフィナ選手に対し、聖属性を持たぬリシェル選手!!
その一撃、確かに会場に見せつけました!!」
会場が、わずかにどよめく。
――その、"見られている"という感覚だけで、セラフィナの背筋に、微かな焦りが走った。
リシェルは、その一瞬の揺らぎを見逃さなかった。
――今、セラは貴賓席を気にした。
「あなたの術式は、完璧です。
私は本来、あなたの足元にも及ばない。だけど……つまらないこと、考えてますね」
リシェルは、わずかに目を細めた。
「これが泥臭く、這いずり回った私の選択です。」
リシェルの短杖から、粒子が一気に膨れ上がった。
誰の目にも分かるほど、力の密度が変わっていた。
「な――!」
実況の声が裏返った。
「な、なんだこれは!! リシェル選手の一撃、先ほどとは、まるで規模が違う!!会場全体が、震えています!!」
「杖を壊し、制御具まで外した……!!
つまりリシェル選手は、"安全装置"を、自分の意志で二重に取り払っだことを意味する!!」
「危険なんじゃないですか、それは!?」
「危険なんてものじゃない!!
本来、祈りの技術は触媒を通すことで初めて、扱える範囲に収まる。
制御なしの奔流をまともに受ければ、術者自身の魔力回路が焼き切れてもおかしくない!!」
「それを、承知の上で……!?」
「リシェル選手の目。迷いがない。承知の上だろう!」
「懐に、手を……!まだ何か、まだ何か出すつもりかリシェル選手!!」
小さな護符が、握り締められる。
「あれは……!
「おそらく、最後の"保険"だろう。
杖でも制御具でもない、非常時のための護符……それすらも、使うつもりだ」
「杖を壊し、制御具を外し、そして護符まで……! リシェル選手、持てるものすべてを、この一撃に賭けています!!」
会場が固唾を飲む中、杖が、根元から砕け散った。
砕けた杖の破片が、光の粒子となって舞い散る。
「セラ」
光が、白く弾ける。
「これが、私の――全部だから」
爆発的な力場が、拘束を内側から食い破り、セラフィナへと叩きつけられる。
同時に、その反動がセラフィナだけでなく、リシェル自身を打ちのめした。
「――っ、が、あ……!!」
膝どころか、その場に崩れ落ちる。
もう立っていられなかった。
実況の声が、震えていた。
「杖を、壊し……制御具を、外し……最後は、護符まで……!!リシェル選手、持てるものすべてを、犠牲にして……!!」
解説も、しばらく言葉が出なかった。
「……積み上げてきたものを、全部賭けた、執念ともいうべき何かを感じる……!!」
「――残っている。残っています!!
リシェル選手!!」
「……本来なら魔力の逆流で意識を刈り取られてもおかしくない。それでも、リシェル選手は意識を保っている」
「なぜですか!?」
「まさか。……いや、わからない。
耐久力の限界を容易に越えているはずだ!!」
耐えられた理由?
そんなの決まってる。執念以外ない。
笑う膝をおさえつけらながら、リシェルは小さく笑った。
同じように起き上がってくるセラフィナが、静かに口を開いた。
「無駄よ、リシェル。一撃で決めるべきだった。少しでも残していれば……私は幾度でも蘇る」
震える手で、地面を突く。
その瞬間、セラフィナの魔術が霧散した。
「な――!?」
「エルディアをも止めた、私の拘束術式です。
才能じゃ、勝てない。そんなのははじめから分かってました。
だから最初から一撃で終わらせる気なんてなかった。
泥試合といきましょうか。セラ」
「――上等」
リシェルの杖を犠牲にした最後の一撃は、拘束の"解除"ではなく、拘束そのものの"作り直し"だった。
壊れた杖の反動諸共、セラフィナの魔力回路そのものに、リシェルは新たな縛りを編み込んでいた。
リリアは、アーカム控え席で、はらはらしながら見てた。
リシェル、あなただいじょーぶ?
豆腐メンタルなのに!!!!




