89話 頑張って書いた息抜き会 揺れる大会
朝、まだ寮の廊下に人気の少ない時間。
エルディアの部屋の扉が、ノックもそこそこに開いた。
「起きてる?エルディア……って、まだ寝てるし。」
リリアはため息をつきながら、ベッドに潜り込んだままのエルディアの布団を容赦なく引き剥がす。
「んー……あと五分……」
「五分後も同じこと言うでしょ、貴方。
よし、じゃあ整えるよ。」
慣れた手つきで、寝癖のついた髪を軽く整えてやりながら、リリアは制服の襟元を直す。
「ほら、これも曲がってる。昨日あれだけ暴れといて、身だしなみだけは意外とだらしないんだから。」
「んー」
「はいはい、動かない。
寝ぼけて涎垂れてるし。
あと、ボタン掛け違えてる。一番上。」
「っかしいなー」
「直すから、じっとして。」
シャツのボタンを掛け直し、ついでに靴下の左右がちぐはぐなのに気づいて履き替えさせ、リボンを結び直し、鞄の中身を勝手に点検して忘れ物の水筒を押し込む。
「水筒、空じゃない。詰めてくるから待ってて。」
「そこまでしなくても……」
「するの。貴方、放っておくと平気で水も飲まずに一日過ごすでしょ。
よし。完璧。」
「……先輩、なんか、お母さんみたいになってない?」
「なってない。」
「なってた、今。」
「なってないから、はい、食堂行くよ。」
歩き出したリリアは、数歩進んだところで、ふと自分の手元――さっきまでボタンを直していた指先を見て、一瞬だけ動きを止めた。
「……別に。」
誰にともなく呟いて、すぐに歩調を速める。
「先輩?」
「なんでもない。早くいこ。朝ごはん冷めるから。」
(先輩、なんでこんなに世話焼くんだろ。)
普段は聞き流していたが、覚醒してくるに従い気になり始めた。
(血縁じゃない。なら庇護欲、にしては、リターンを求めてる素振りがない。)
視線だけ動かして、隣を歩くリリアの横顔を追う。
(どれでもないとなると、埋め合わせとかかなあ……
誰かを守れなかった経験がある。だから、守れる対象を見つけると、過剰に世話を焼く。私はきっと、その"代わり"にちょうどいい。)
分析は、ひどく淡々としていた。というか、大分サイコパスだった。
感情をはさまず、内面をパズルのピースのように組み立てて、答え合わせをするように推論を重ねていく。
(かわいそうに。……でも、都合はいいから、このままにしとこう。)
食堂の扉をくぐると、朝の喧騒が一気に広がった。
高い天井に、いくつもの長机が並んでいる。
全国大会の期間中とあって、食堂は普段よりずっと騒がしい。席は学院ごとに自然と固まっていた。
アーカムの席へ向かった。
(……後で、食生活と選手の魔術スタイルの統計、出せないか試してみよう。)
エルディアは思った。
「……リリア先輩は今日はパンよりスープ推しかな。先輩、朝は喉通りいいもの好きでしょ。あと、卵料理は半熟派だから、しっかり火が通ったやつは残しそう。」
「……は?」
「先週、固ゆで卵の日、ずっと皿の端に避けてたし。あと、先輩って甘いのより塩気強い系を先に取る派だよね。パン食べる順番、いつも塩気→甘いの、固定だし。」
リリアは、思わず立ち止まった。
(……なんで、私の朝食の好みを把握してんの。)
「エルディア。
貴方、人の話聞いてないくせに、なんでそういうところだけ、やたら詳しいの。」
「え、普通に見てたら分かるでしょ。
先輩ってさ。ダメ男に捕まりそうだよね。」
「……は?」
「世話焼きすぎるタイプって、大体そう。相手のダメなとこ見つけると、放っておけなくなるっていうか。」
リリアは、青筋を浮かべて言った。
「少し話し合おっか。エルディア。」
「いーよ。
体重48キロ。
タンパク質もっと取ったほうがいいかなあ……
最近ちょっと太った。」
「やめろ。
ばれちゃうでしょーが。」
「図星の顔してる。」
「してない。」
「してる。」
「うるさい。ほら、口開けて。」
リリアは、話を打ち切るように、ハンカチでエルディアの口元を軽く拭ってやる。
離れたところでトレイを持ったまま、リシェルは固まった。
「……ねえ、さらに仲良くなってませんか、あの二人!?
距離がなんか!?!?
ね、ねえ、どうしましょうディオン。リリアとエルディアが、本当の姉妹のように……」
「まあ、あれくらいなら、逆にいいだろう。
エルディアが三皿目のパンに夢中になってるようじゃ、当分は大人しくしてそうだ。
エルディアへの査問会からの通達。おそらく――泳がされていると見るべきだな。」
「泳がされてる?」
「監査院と査問会だ。表向きは危険性評価。だが実際は、大人しく従うか、抜け道を探すか、様子を見られてる。」
リシェルは、少し顔を曇らせた。
「……今は変に動かれても困る、ということですか。」
「そういうことだ。規格外であればあるほど、拘束は強くなる。アステルを見ればわかるだろう。王国最強と呼ばれながら、誰よりも型に嵌められている。」
ディオンは、リシェルに言った。
「もっとも、そうなったら俺は見捨てるがな。エルディアを。」
「あ、私も見捨てます。」
リシェルが、あっさりと同意した。
少し離れた席で、その話を耳にしたリリアが、水筒を持つ手を止めた。
「仲間じゃん。なんで見捨てんの!?」
「聞いてたのか。」
「聞こえてたよ、普通に。」
ディオンは、ふっと視線をエルディアの方へ向けた。
「見ろ。エルディアを。全く話を聞いてないぞ。」
「……聞いてるよ。」
エルディアは、パンを頬張ったまま、顔だけこちらに向けた。
「リシェル先輩、体重52キロ。3サイズは上から。」
「わーわーわー!?」
リシェルが、慌てて両手を振り回した。
「な、何情報漏らしてるんですか!?」
「聞いてないと思われてたから、ちゃんと聞いてるアピール。」
「アピールの方向間違ってます!」
ディオンは、めんどくさくなってきたので話を聞かず考えていた。
(二回戦の相手は聖フィリアだったな。
あそこは、たしか……どこの派閥にも属してない。
派閥がないってことは、後ろ盾もないってことだ。純粋に、実力だけの勝負になる。
俺達の強さを連中に見せつけてやればいい。)
「聞いてます、ディオン!?」
「聞いてる、聞いてる。」
リシェルに問い詰められながら、ディオンは考える。
(査問会は、三十年前の災厄がきっかけで発足した。
そして、アステルプロジェクトの開始も――同じく三十年ほど前だと聞く。
今回の一件で動いているのも、査問会が中心だという。
……何か、繋がってるのかもしれんな。)
食堂を出たところで、リシェルは足を止めた。
「……久しぶりね。」
白銀の法衣。柔らかな金髪。聖フィリア学院代表、《セラフィナ》。
「……セラ。」
「元気そうで安心した。」
それだけ言って、セラフィナは軽く微笑み、すれ違っていった。
リシェルは、その背中をしばらく見送ってから、小さく息を吐いた。
「……相変わらず、ですね。」
二人は、それ以上何も言わない。 横で聞いていたリリアが、小さく呟く。
「……なんか、面倒そうな知り合い?」
「ちょっとだけありまして。」
――そして、二回戦が始まる。




