83話 その点数なので。
《王城・大会運営本部、査定会議》
競技場の熱狂から離れた、王城大会運営本部。
重厚な円卓を囲むのは、大会委員長、監査院長、王立魔術研究院院長、騎士団長。
そして――グランディア出身の理事、一名。
特例で招集された、この場に、最初から、穏やかな空気は、なかった。
「――納得がいかない!!」
理事が、真っ先に、円卓を叩いた。
「四万点だぞ!! 歴代最高記録だ!!グランディアが、何十年もかけて積み上げてきた記録が、聞いたこともない学院に、ぽっと出で塗り替えられるだと!? 前例がない!! これは、大会の権威に関わる問題だ!!」
「まずは、落ち着かれよ。」
大会委員長が、片手を上げて、宥める。
「委員長も委員長だ!! なぜ、こんな結果を、そのまま発表しようとしている!? 何かの不正が、あったのではないか!?」
その一言に、監査院長が、初めて、静かに、口を開いた。
「不正の可能性は、当然、真っ先に検討した。」
「なら――」
「本件は、十度の再計算を、独立した査定官によって行っている。査定官二十一名、全員一致。討伐証跡、映像記録、魔力痕跡、全て、複数の裏付けが取れている。」
理事の勢いが、わずかに、鈍る。
「そ、それでも……! 常識的に考えて、あり得ない数字だ!!」
「常識、か」
監査院長は、静かに、円卓に、もう一枚の書類を置いた。
「では、あなたが"常識的にあり得ない"と主張する、その根拠を、聞かせてもらおうか」
「そ、それは……」
「Sクラス魔物、三十六体討伐。巣の完全壊滅。人類未踏の第十五区画到達。……これらの一つ一つが、単独でも、"あり得ない"と呼ぶに値する。だが、証跡は、全て揃っている。」
理事は、その書類の束を、忌々しげに、しかし、震える手で、めくり続けた。
「じゃ、じゃあ、聞くが……なぜ、そんなことが、可能だったんだ!?動機は何だ!? まさか、大会運営を、貶めるための――」
「理由は」
監査院長が、その言葉を、静かに、遮った。
「本人たちへの事情聴取で、確認済みだ。」
会議室に、一瞬、緊張が走る。
理事の目が、期待と警戒の入り混じった色を、宿していた。
(何か、大それた理由があるはずだ。国家転覆の陰謀か、あるいは、王家への叛意か――)
「聞かせろ。」
監査院長は、報告書の最後の一文を、感情なく、読み上げた。
「『肉がおいしかったので、止まらなくなってしまった』。」
……
…………。
沈黙。
会議室から、音という音が、完全に消えた。
「……は?」
理事の声が、これまでとは、まったく別の意味で、震え始める。
「今、なんと……」
「『肉がおいしかったので、止まらなくなってしまった』とのことだ。」
監査院長は、無表情のまま、もう一度、繰り返した。
「馬鹿な……」
理事は、その場に、崩れ落ちるように、椅子へ沈み込んだ。
「そんな、下らない理由で……国家転覆の陰謀でも、大会への挑戦状でもなく……ただの、食欲……?」
「同行者四名の証言も、完全に一致している。途中で焼肉を始め、その結果、さらに肉を確保するために、討伐を継続した、と。」
騎士団長が、顔を覆う。
「待て。どこの世界に、肉が欲しくてS級魔物を三十六体も狩る人間がいる。」
誰も、答えられなかった。
あれほどの剣幕で異議を唱えていた理事も、今は、ただ、放心したように、天井を仰いでいる。
「……納得、されたか。」
大会委員長が、静かに、問う。
「……」
「返事は。」
「……納得、しました。」
絞り出すような、その一言だけを、最後に。
理事が、完全に、言葉を失ったのを見届けてから――監査院長は、静かに、書類を束ね直した。
そして、その口元に、初めて――ほんの微かに、笑みが、浮かんだ。
「なお」
「……まだ、何か」
「予選の点数は、決勝には反映されない。
ルールに、救われたな。」
その一言に、グランディア出身の理事は、もう一度、深く、深く、椅子に沈み込んだ。
円卓を囲む重鎮たちの間に、勝利宣言も、拍手もない。
ただ、圧倒的な脱力感と――監査院長だけが浮かべる、静かな皮肉の余韻だけが、その場に、長く、漂い続けていた。
それは敗北感にも似ていた。
監査院執務室 ― 非公式聴取
執務室の主は分厚い書類の束をテーブルに置いた。
呼び出しに応じたディオン、リシェル、リリアの三人を、監査院長は正式な記録も取らずに迎えていた。
「単刀直入に聞きますけど、エルディアが何か反則をしたって疑ってるんですか」
「疑っているわけではない。ただ、説明がつかないことが多すぎる。だから聞きたい。彼女の実力を、お前たちはどう見ている。
特に――なぜ彼女があの区画で、ほぼ無傷のまま戦い続けられたのか」
監査院執務室 ―
その名を耳にすること自体が滅多にない。
踏み入れる際は、多くは懲罰か、それに準ずる重大事の時に限られる。




