82話 結果発表2
競技場全体が、息を呑む。
残っている学院は、ただ一校。
昨日まで、一度も主役にならなかった学院。
実況でも、ほとんど名前を呼ばれなかった学院。
壇上で、大会委員長が最後の書類を手に取る。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「第一位――」
一拍。
「アーカム魔術学院。」
……
…………。
今度こそ、本当に競技場から音が消えた。
誰も拍手をしない。
誰も歓声を上げない。
理解が、追いつかなかった。
「……アーカム?」
「どこの学院だ?」
「いや、名前は知ってる……でも……」
「なんで?」
「何があった?」
ざわめきさえ起こらない。
静寂だけが、競技場を支配していた。
実況者も固まっている。
「……え?」
その一言しか出なかった。
隣の解説者も、資料を見つめたまま眉をひそめる。
「……点数を、表示してくれ。」
その言葉と同時に。
巨大な魔導映像板が、一度暗転した。
そして。
金色の文字が、ゆっくりと浮かび上がる。
《第一位》アーカム魔術学院
総合得点
360,000
……
…………。
「……桁。一桁、多くないか?」
「表示ミスだ。」
「三万六千だろ?」
「違う……」
「三十六万だ。」
その瞬間だった。
競技場全体が爆発した。
「三十六万点ぅぅぅぅぅっ!?」
「はぁぁぁぁぁっ!?」
「いやいやいやいや!!」
「なんだその点数は!!」
「四万点でも歴代最高だったんだぞ!!」
「九倍!?」
「そんな点数、ルール上あり得るのか!!」
実況席も完全に我を忘れていた。
「さ、三十六万点です!!」
「王立グランディア魔術学院の歴代最高記録、四万点を……」
一拍置いて。
「実に九倍の差で更新しました!!」
競技場は歓声ではなかった。
悲鳴とも、笑いともつかない、理解不能のどよめきが天井を揺らした。
「リシェル大丈夫!?!?
リシェル!!!!」
リリアが、必死に彼女の肩を揺する。
リシェルのその放心しきった横顔は、もはやこの場の誰よりも、静かだった。
「あーうん。
あはは。川が見えるー
あははー」
「どうしよう……リシェルが壊れた……」
「尊い犠牲だったね。
メンタル強くないのに、ダンジョン深層で頑張るから」
「絶対エルディアのせいだから!!
なんで他人事みたいに、しみじみと頷いてんの!?」
「リリア先輩。私、学んだよ。
みんなで頑張るって素晴らしいなって」
「エルディアの頭を、今度かち割ってあげるね。」
「ディオン。やりやがったな」
「ライゼルトか。
……」
「どこまで行ったんだ?」
「15区画。」
「……冗談はよせよ。人類未踏の地じぇねえか。」
「ライゼルト。俺は自分の事をそこそこ優秀だと思っていた。
今もその想いに変わりはない。……だが」
「……」
「例外はいる。」
「何をみた。
ディオン。」
「言葉にするのは難しい。化け物……そんなちんけな言葉ではない何かだった。」
人類未踏の第十五区画。
常識を呑み込む魔力の奔流。
絶望しか存在しないはずの奈落で。
たった一人の少女だけが、前を向いて歩いていた。
壇上の大会委員長が、淡々と、しかし確かに説明していた。
「深夜まで、複数の査定官による、独立した再計算を、10度実施しました。全て同じ結果です」
「三十六万て……何をしたら、そんな……」
「四万でも、歴代最高だったんだろ!? それの、九倍って……」
困惑と驚愕が、まるで波紋のように、観客席全体へと広がっていく。
――グランディア応援席。
「……なんだよ、それ……俺たち、何と戦ってたんだ……」
アステルだけが、その混乱の中心で、静かに――映像板に刻まれた、その桁外れの数字を、見つめ続けていた。
その口元に浮かぶ笑みは、もはや、余裕からくるものではなかった。
(……エルディア。やっぱりきましたね。)
誰も、その学院の名前すら、正確には知らなかった。
だが、今この瞬間から。
その名は、王国中に、刻まれることになる。
――アーカム魔術学院。
予選総合一位で決勝進出。
エルディアは、Eクラスの応援席に戻りつつ、決勝戦までの日程を確認していた。
「あ、アルトお疲れー。」
「いや、お疲れはお前だろうが。
肝が冷えたぜ。
深層到達者なのが、世界にバレたな。」
アルトはにやりと笑った。
エルディアは手の平ひらひらと振る。
「いやいや、アルトとやってるダンジョン攻略と変わんないから。
それにディオン先輩やリリア先輩に功績は押し付けるから大ジョーブ。」
「その先輩たちが一番苦労するんじゃねえかな……
何にせよ、魔術師としての実績作りの第一関門はクリアだな。
やったな。」
「まーね。
余裕。」
「全然余裕じゃなかっただろ。」
「エルディア!!」
今度はアスが血相を変えて駆け寄ってくる。
「大ジョーブ!?
怪我はない!?!?」
その手が、瞬時にエルディアの全身を確認するように動いた。
「ないって。」
「右腕の怪我増えてる!!!
嘘つかない!!」
包帯の隙間から滲む血を見て、アスは半泣きだった。
カトレアが肩をすくめていた。
「その女からすれば、そんなのかすり傷なのに、アスったら大げさですわ。」
「いや、それはカトレアがエルディア色に染まりすぎだから!
大怪我は大怪我だから!!!
後遺症は!?!?」
「だ、大丈夫だって。」
その時だった。
競技場の空気が、わずかに変わる。
ざわ……
ざわざわ……
人混みが自然と左右へ割れていく。
王都グランディア魔術学院絶対王者。
アステルが、ゆっくりと歩いてきた。
それが当然であるかのように。誰もが道を譲る。
「久しぶりですね。エルディア。」
「……だ、誰かにゃー」
エルディアは露骨に目を逸らした。
「くすくす。
つまらない事はしませんよ。
でも良かった。
無事決勝まで上がってきてくれて。
これで、借りは返せますね。」
「そ、そう。
焦る―。
おねーさんに顔を覚えられているなんて光栄だよ。」
「これ、お返ししますね。」
「あ、落としてた学生証……どーも。」
「予選ではやられましたが、決勝では負けません。」
その瞳に、静かな、しかし確かな闘志が宿っていた。
エルディアも、その場でだけは、いつもの飄々とした空気を、わずかに変えた。
「望むところだよ。ベルクは?」
「悔しがってました。
では。これで。」
「……今のは?」
「宣戦布告だね。
魔の森で一度、やりやったんだよ。
因縁があるんだ。」
「結果は?」
「ズルして引き分けた。
このままじゃ勝てないかなー……」




