79話 深層2
沈黙。
誰も口を開かない中でエルディアは荷物をごそごそ漁る。
そして。
取り出す。。
鉄鍋。
折り畳み椅子。
携帯コンロ。
木製のまな板。
「……。」
「……。」
「……。」
この致死級の緊張感が満ちる深層迷宮で、目の前の少女が、あまりにも自然な手つきであまりにも日常的な道具を並べていく光景に思考そのものが、追いつかない。
リシェルが、恐る恐る尋ねた。
「それは……何ですか。」
「キャンプ道具。」
「見れば分かります!!!!」
「食料は現地調達。」
「…………。」
「ポチが警戒。」
「…………。」
「先輩たちに頼みたいのは解体。」
「…………。」
「私は探索。」
「…………。」
「帰ってきたら、ご飯。
このサイクルをチームで今から3時間命がけで行う。
もちろん、帰る道探しも並行して行う。
担当の私の獣魔であるリッチがアンデッドを召喚して、平行して帰り道探し。
つまり先輩たちは調理に集中できる。」
静寂。
風だけが迷宮を吹き抜けた。
リリアが震える声で言う。
「それ……。調理ってなにかな?」
「たんぱく質が凝固する63度で肉を仕上げる行為。」
「言い換えても駄目だから。
ねえ!?!?
あの流れでこれなの!?!?
命をかけるくだりは!?!?」
ディオンが額を押さえる。
「……つまり。キャンプ。」
リリアは信じられないようなものを見る目でディオンを見た。
「キャンプ!!
ねえキャンプ!!!」
エルディアはにこにこして言った。
「先輩楽しそうで何より」
「ちげーよ!!!!」
キャンプじゃねーから!!!!
迷宮内の安全地帯。
焚き火の傍らで、ディオンがルールブックと採点表を、これでもう何度目かになる手つきで開いていた。
「――もう一度、確認するぞ」
「はーい。」
「信じられないことにミノタウロス・オメガ討伐、これはSクラス討伐で10000点。
第十五区画到達、未踏破報告扱いで加算1500。中継石設置、深部区画分で追加ボーナス500」
彼は、指先で数字を追いながら、淡々と読み上げていく。
「――そして、これだ」
ディオンの指が、ルールブックの一項目で止まった。
――封鎖指定区域における災害拡大の阻止-50000点。
「本当に、ミノタウロス・オメガの発生源を確認したか?」
「一応。」
エルディアは、焼けた肉を頬張りながら、あっさりと頷いた。
「あの魔物、周辺の魔力を無差別に喰らって成長するタイプだから、放っておくと普通に危なかいかもね。
知らんけど。」
「……つまり、討伐そのものが、“災害拡大の阻止”に該当する、と」
「その解釈で、いけると思う」
リシェルが、額を押さえながら、ため息を漏らした。
「本当に、後付けで理屈を組み立てるのが上手いですね、あなた」
「後付けじゃないって。
先輩達が勝手に組み立ててるだけ。」
「狙ってやってますよね。
それが一番、腹立たしいんですけど」
ディオンは、最後に、合計を弾き出す。
「区域外侵入で-5000。さらに禁止区域に突入で-50,000点。細かい減点もある。
だがそこに、今回の加点を全部足すと――」
彼は、一拍置いて、数字を口にした。
「現状の時点でも、プラス収支。わずかだが、黒字だ」
「……本当に?」
リリアが、思わず身を乗り出す。
「本当だ。棄権にはならない。
むしろ、ここまでの区画突破実績を加味すれば、総合順位も、悪くない位置につけられるはずだ。」
沈黙が、しばらく落ちた。
絶望から始まった深層突入が、最終的には、確かな成果として着地しようとしている。
「……でも、帰らないんでしょ?」
「まーね。
リッチが帰り道を探索してるし、私らは時間いっぱいまで稼ぐよ。
うん。なんとか大丈夫そーかな。」
リリアが、ジト目でエルディアを見る。
「あんたの”大丈夫”を、絶対信じないから。
死ぬものぐるいで頑張って、ようやくなんとかなるって意味でしょ」
「違うって。」
「嘘つくな。
クソガキ」
「リリア先輩頼りなるなー」
「なつくな。」
魔導映像板に、第十五区画到達の一報が流れた瞬間、アーカム応援席は、静まり返っていた。
「……十五区画?」
アスが、震える声で呟く。
「なんか非常に頭のおかしい数値が見えたような……15区画なんて人類が到達してないエリアじゃ……」
「ああ。
俺もそう見えた。
とはいえ生存は間違いないだろう。」
アルトが、腕を組んだまま、低く唸る。
つーか流れるテロップの中でアーカムの文字が埋もれていた。
王都グランディア魔術学院がやばすぎなんだが。
「――続いて、《王立グランディア魔術学院》!
アステル選手、封神八十七式烈光流星乱舞規則上、複数競技への短時間参加は認められていますが……まさか、これほどの規模で介入してくるとは!!
辺境自治学院が粘り強く守っていたはずの拠点結界が、ものの数秒で、次々と崩れ落ちていく!!」
実況席の声が、一気に熱を帯びる。
夜でもないのに星が降り注ぎ、闇そのものを裁くように光が奔る、あの圧倒的な光景。
競技場全体が、割れんばかりの歓声に包まれた。
「さすがは王国最高の魔術師! これぞ、王立グランディアの本領発揮ですね!」
「アステル選手、単独撃破が困難とされていた個体を、介入からわずか数秒で!!
今大会、断トツのトップです!!」
「アステル選手一人の動向が、ほぼ全ての順位を左右している状態です」
「これ、もう"個人競技"では?」
「規則上は問題ありません。ですが……
これでは、他の選手たちの努力が、あまりにも霞んでしまいますね」
アルトはツッコミを入れた。
「……おーい」
「言いたいことは分かります。
タイミングが悪かったですね。
もう少し早ければ、もう少し遅ければ、まだ拾われた可能性はありましたけど」
「あの熱狂の真っ最中に、地味な文字通知一つで割り込めるわけ、ないだろ」
アルトは、こめかみを押さえながら、深く息を吐いた。
――埋もれた。
第15階層到達という、本来なら大々的に報じられてもおかしくない偉業が、一切、実況の言葉として拾われることなく、次のニュースへと押し流されていく。
「――速報! アステル選手、追加で群れの掃討を確認! 討伐数、さらに更新です!!」
声が、また重なる。
エルディア達のは、途中で、なかったことにされた。
アルトが、脱力したように、座席の背もたれに体を預けた。
「あそこまでタイミング悪いと、逆に才能だな」
映像板の隅、アーカムの枠には、地道に積み上げられた数字が、変わらず静かに並んでいた。
やがて結果は知らされる事になるだろう。




