78話 深層
「先輩。」
エルディアがすぐに手を挙げる。
「ん?」
「ちょっとだけ。」
「何?」
「向こう。」
彼女は通路の奥を指差した。
「あそこに中継石の設置だけしてくる。
中継石の設置条件は周囲の魔力乱流が、一定値以下であること。
乱れすぎてると、共鳴同期そのものが失敗する。
あそこは条件を満たしてそう。」
「うん、行って――
速っ。」
エルディアは、もう走っていたので、リシェルが呆れる。
五分後。
「よし、これで生存は示せたね。」
「じゃあそろそろ――」
「先輩。地図更新できそう。
ほら未登録通路。」
「……。」
「十点。行くだけで。」
「……五分だけだよ。」
「はーい。」
十分後。
「リリア先輩。」
「今度は?」
「魔物。
倒してくる。」
「うん。」
ドゴォ!!!
Bランク討伐。
さらに奥へ。
螺旋階段を降り切った先。
そこにあったのは、扉ではなく、巨大な円形の魔術式。
石床いっぱいに刻まれた、古い転移陣。
術式は、まだ生きている。
――エルディアはほくそ笑む。
よし。リリから聞いてた通り。
「……今度は何。」
「先輩、転移門。」
「見なくていいよ。」
「あ。先輩ごめん。
てへぺろ」
「ね、ねえ。エルディアちゃん。
あなたまさか。」
全く事態の重さを隠そうととしない、みえみえの言葉と共に2人は消えた
転移する。
転移の先に広がっていたのは、これまでとは、明らかに桁違い。
石床に、静かに浮かび上がる、数字の刻印。
――第15区画。
そこにいるのは、エルディアとリリアの2人、
「ねえ!
わざと私に小出しで判断させてたよね!?
ねえ!?!?」
「いや、そんな事はない。
一気に言ったら、絶対止められるんで。
五分ずつなら、先輩、許してくれるから」
「信頼を悪用しないで!!!」
「先輩の懐の深さがさ。
えへ。」
「そういうの、懐が深いって言わないから!!!」
リリアの声から、これまでの怒りが、すっと抜け落ちていた。
あるのは、純粋な、指揮官としての警告だけ。
「エルディア。
これは、私の権限で言う。――撤退」
「リリア先輩。
これで、帰る最中にSクラスの魔物と戦えるね。」
「戦っちゃだめ。」
「でもほら。」
ミノタウロス・オメガ
魔力総量だけなら、その中でも最上位。
迷宮深層の支配者。
普通のミノタウロスが”戦士”なら、これは”災害”。
「……なに、これ」
リリアの声が、初めて明確な怯えを帯びた。
「魔力密度、さっきのミノタウロスの比じゃない……!」
「うん。多分、Sクラス。
討伐点、1万点。
うへへ。」
「点数の話してる場合じゃないでしょ!!!」
「役割分担しよーよ。
私が戦うから、先輩はポチと周りをみてて。」
ぶもおおおお!!!
ダンジョンの悪意が牙を剥いた。
8階層。
転移陣が起動する。
普通に往復できる移動手段として使えるタイプの転移陣だった為、そこが再度起動する。
「出てきましたね。」
「騒がせやがって。」
エルディア達が出てくる。
「エルディア!!
しっかりして!!」
「大袈裟だなー。先輩。
返り血が半分だし」
「そういう問題じゃないでしょ!!!血、めちゃくちゃ出てるじゃない!!!
残り半分は、あんたの血でしょうが!!!」
深く裂けた右腕を押さえるエルディアは、リリアに支えられていた。
それは静かに、そして確かに先ほどの死闘の激しさを物語っていた。
転移陣の前で彼女達は話し合っていた。
リシェルが、エルディアに回復魔術をかけている。
「のめませんね。
リリアの判断です。引き返します。」
「じゃあお別れだね」
場が固まった。
「話が違います。
約束くらい守りなさい。」
「リシェル先輩。
先輩ってラグナエルロードの貴族でしょ?」
「ええ。それが?」
「私。平民なんだ。
失敗したら2度目はない。
なら,失敗したら死ねばいい。
2度目なんていらない。」
覚悟がおかしかった。
「ねえ。エルディア。
人の命はそんな安いものじゃないの。」
「理想論はいいよ。
今、私は自分の命をベットしてる。
先輩達は違うでしょ。
立ってる位置が違うんだよ。
だから、妥協案を提示してる。
私が無茶するのを黙って見てろっていう妥協案を。」
「見捨てること変わりませんから。
回復魔術止めますよ?」
「好きにしたら?
そもそも1人でもやるつもりだったから、いーよ。
いよいよなら先輩達を拘束してでもダンジョンで稼ぎするつもりだったし。」
「死にますよ、あなた。」
「さっきと同じ問いだね。
とにかく、ここで別れよう。
リッチに送らせる。
先輩達は問題なく帰れると思う。」
「――いい加減にしなさい!!!」
リシェルの声が、迷宮に、鋭く響き渡った。
「私は、ラグナエルロードの人間として、これまで何度も、“取り返しのつかない選択”を見てきました。
命を、道具のように扱う人間を、何人も。あなたのその覚悟は、勇敢なんかじゃない。
ただの自暴自棄です!!」
「……」
「あなたが、私を”貴族だから”と、命の重さの違う人間だと決めつけるなら、それこそが、思い上がりです。
私だって、命を賭ける覚悟くらい、持てます。ただ――」
彼女は、一度、深く息を吸った。
「あなたを、一人で死なせる覚悟だけは、絶対に持ちません。」
「馬鹿な平民なんて見捨てればいいと思うけど。」
その一言に、リシェルは、悟った。
――何も、響いていない。
「ここで結果を出せなければ終わりなんて、そんなのは単なる思い込みです……
……誰があなたに、そこまで自分を粗末にしていいと教えたのですか……?」
エルディアの視線が、ゆっくりと動く。
リシェルの背筋を、冷たいものが伝った。
(この子、本当に、私たちをここで拘束してでも、先に進む気だ。)
黙っていたリリアが声を上げた。
「……エルディア。
さっきから聞いてればさ、私たちをなめてるよね?
拘束してでも稼ぐつもりだった? いいよ、やってみなよ。」
「さっきからそう言ってるんだけど。
つーかリリア先輩。
顔が、怖いなって。」
リリアの瞳に、これまでとは違う光が灯る。
「私だって、伊達に先輩やってないから。
リシェル。エルディアの退路、塞いで。」
「――了解しました。」
抜き放たれる、細身の剣。
柄に刻まれた紋章が、淡く発光する。
リシェルの纏う魔力が、一瞬で膨れ上がった。
貴族の血に刻まれた術式が、空間そのものを固定していく。
「んな……」
初めて、エルディアの声が揺れた。
──油断した。
拘束された。
リリアが一歩、踏み出す。
その足取りに、迷いは欠片もない。
「妥協案、出し直すよ。
私が決める。
命を賭けるのは勝手だけどさ、賭けた命を、拾いに行くって決めたのは私たちだから。」
「拾われる予定なんてないし。」
「まだいうか。
さらに予定変更。
自分の命を「切り捨ててもいい資源」としか考えられなくなっているクソガキへの教育期間とする。
今から強制的に、私たちのパーティーの一員になってもらう。」
転移陣の淡い光が、一行を静かに照らしていた。
けれど、この場を支配しているのは、もう恐怖ではなかった。
「正直、先輩達はそこから先に進めば死ぬと思う。
連れてきたくはない。
死んじゃったらめんどくさいし。
でも命をかける覚悟があるなら、お願いしたい事があった。
観念して本当の妥協案を提示する。」
「……言いなさい」
リリアの声にも、自然と力がこもる。
エルディアは、静かに、真剣な表情で、背負い袋へ手を伸ばした。
その中から取り出されたのは――
折り畳み式のテント。
携帯用のコンロ。
そして、先ほど仕留めたミノタウロス・オメガの肉塊。
「……は?」
「拠点作り。」




