75話 迷宮戦2
その瞬間だった。
ぴっ。
アーカムの光点が、ふっと消えた。
アスの声が、固まった。
魔導板の中、アーカムの光点――その一つが、確かに消えていた。
「な……」
言葉にならない。
直前まで、脳裏にちらついていたのは、あの《北方要塞学院》の光景だった。
闇。悲鳴。撤退の叫び。
まさか。
まさか、また。
「エルディア……!」
アスが、思わず立ち上がりかけた。
アルトの表情からも、余裕が消える。
「……おい。」
その声には、さっきまでの確信がもうなかった。
実況席がざわめき始める
「アーカム魔術学院、観測不能!」
「中継石の範囲を外れたか!?」
「アーカム、第3区画で信号が途絶……えぇと」
解説の老魔術師が、水鏡に顔を近づける。
沈黙。
競技場全体が、息を呑んだ。
――と。
「……む。これは中継石の埋設不良じゃ」
「……は?」
通路の壁に、斜めに突き刺さった中継石。
その前で、エルディアがしゃがみ込み、指先で結晶をぐりぐりと押し込み直している。
明らかに沈黙していた。
「壊れた。」
「いや、『壊した』でしょ。エルディアちゃん。
事実を曲解しない。」
「リリア先輩。これもろすぎなんだけど。」
「私、壊した事ないからわかんない。」
「うわ。可愛いアピールはじまった!!!」
王国が誇る、最新鋭の観測術式――《設置型中継石》は、今、王国の未来を担うはずの精鋭たちによって、盛大に壊れかけていた。
「――少し落ち着け。
石が壊れたなら、代えを使え。予備を持ってきているだろう」
「ないけど。」
「なんでないんだ貴様……」
ディオン先輩が、懐から小さな結晶を取り出し新しい中継石が、壁に埋め込まれた。
《迷宮探索戦・査定基準》
基本点。
探索済み区画、1つにつき5点。
未確認地形の記録、1件につき10点。
魔物討伐、一体につき1点から80点。
資源回収、品質に応じて1点から50点。
より深く。
より多く。
より安全に。
迷宮を攻略した学院ほど、点が入る。
ここまでは、普通の探索者向けの採点だった。
だが、ルールブックジャンキーのエルディアが目をつけたのは、その下だった。
細かい文字で記された、特別加点項目。
――未登録危険区域の発見・報告:100点。
――王都防衛に関わる重大な異常の発見:2000点。
――封鎖指定区域における災害拡大の阻止:10000点。
――王都迷宮管理局が認定する特別功績:50000点。
そして。
違反行為の減点。
――競技区域外への侵入:5000点減点。
――監督官の帰還命令に従わない場合:10000減点。
――危険度指定区域への無許可侵入:50000減点。。
「……うん。
失格って、点数がゼロになるわけじゃない。」
エルディアは、ルールブックを閉じた。
隣で、ディオンが顔をしかめる。
「普通は、失格になった時点で終わりだな。
競技成績は終わる。
同じだろ?」
「違うよ」
エルディアは、指で採点表を叩いた。
「王都防衛に関わる異常なら2000点。つまりAランクオーバー一体で2000点。
災害拡大の阻止なら、10000点。これはSランクオーバー。
特別功績は、50000点。つまりSSランクオーバー」
ディオンは黙った。
しばらくしてから、低い声で言う。
「おまえ、モンスターのAとかS とかの意味しっているか?」
「うん。
Aは単身で街を破壊できる。
Sは都市。
SSは国だね。
つまり街を5回救えば、失格は免れる。」
「そのくそみたいな頭の悪い計算、初めて聞いたよ。」
「でも最初からそう書いてあるよ。
ルールは破りなさい。」
「絶対書いてない。」
まあ、王都ダンジョンのリリから、攻略法聞いてきたエルディアは、『それ』を目につけたおいた。
落とし穴の罠である
エルディアは指先に魔力を集める。
石床の下へ、細い刻印を滑らせた。
「王都ダンジョンの古い落とし穴は、床を壊して落とすための罠じゃない。
踏んだ人間の魔力に反応して、支えの術式を解除する」
「……これ、落ちたらどうなる?」
「第4区画に落ちる。
近道だね。」
「待ってください」
背後で、リシェル・ラグナエルロードが止める。
その眼差しには、明確な警戒の色が滲んでいる。
「下層は競技区域外です」
「知ってる。でもこれは下りても第四区画。
競技範囲内。」
「『これ』は、ですよね!
あなた、『これ』より先に行く気でしょう?5層以下は許可されていませんから!!」
「だから?」
「普通にやりませんか。私達なら十分戦えると思うんです。」
「先輩。こういう言葉があるの。」
「な、なんですか?」
「どんな悪事も、みんなでやれば怖くない。」
「いや、みんなでやってもだめなもんはだめです。」




