74話 迷宮戦
全64校。
迷宮戦に選抜されたとはいえ、各校から送り込まれた精鋭は、それでも一つの区画に集えば軽く百を超える。
王国の未来を担うべき者たちが、これほど一堂に会する機会など、他にありはしない。
迷宮内は。学生でひしめき合っていると言えた。
だが。やがて選抜は始まる。
ダンジョンが生来もつ選抜だ。
百を超えていた足音は、時が経つごとに静かに数を減らしていく。
脱落でも撤退でもない。
ただふさわしくない者から順に、迷宮そのものが「先へ進ませない」。
相応しいものだけが残っていく。
エルディアは、半ば呆然としていた。
地面に転がる魔物の残骸――正確には、残骸ですらない、ただの魔力の残滓を見下ろしながら呟いた。
どこを歩いても、同じだった。
息絶えた気配。
冷えた魔力の跡。
まだ乾ききっていない、争いの痕跡。
「敵がいない……狩り尽くされている……
これじゃ点数を稼げないんだけど。」
「当たり前だ。
急いだ方がいいな。
遅れている。
恐らくは戦闘特化の学院だ。《北方要塞学院》だろうな。
ここまで綺麗に狩り尽くすとなると、数じゃない。質だ」
これは、ア―カムランキング3位ディオン先輩。
「そもそも、私はこのメンバー人選に、今だ、甚だ疑問なのですが。」
ランキング12位。リシェル・ラグナエルロード。
「まあまあ。
そこはいーじゃない。
可愛い後輩の面倒見るの先輩の役目でしょ」
ランキング5位 リリア・シルヴァ。
「エルディアは全く、可愛くないです。」
「すぐ泣くじゃん。先輩。」
「ほら!!!」
とにかくほとんど点数を稼げないままアーカムはダンジョンを進む。
迷宮戦は討伐数が評価に直結する。
後ろを歩けば歩くほど、獲物は減る。
彼らの通りすぎた通路の壁に、拳ほどの結晶が控えめに光っている。
中継石だ。
《観測術式・共鳴記録珠》
地下に消えた選手たちの姿を、地上の観客はどうやって見るのか。
その答えがそれだった。
迷宮内部は魔力の乱流が渦巻き、遠隔透視の術式はことごとく乱されるため、王国はこの競技のためだけに、ひとつの術式体系を作り上げていた。
選手全員の左手甲に埋め込まれる、小さな刻印――《共鳴記録珠》。
これは魔力を垂れ流す発信装置ではなく、迷宮の壁面に等間隔で埋設された「中継石」に選手が触れる、あるいは一定距離まで近づいた瞬間だけ、記録珠に蓄積された映像と魔力反応が中継石へと転写される仕組みだ。
常時中継ではない。
定点でしか、観客は選手を見られない。
「だからこそ、面白い」
解説席の老魔術師が、杖の先で宙に浮かぶ水鏡を叩いた。
「中継石の少ない未踏区画に飛び込んだ選手は、しばらく観客の目から消える。
無事に生きているのか、罠にかかったのか、迷宮に呑まれたのか――誰にもわからない時間が生まれる。
それこそが、この競技の緊張感だ」
競技場の巨大な水鏡には、いくつもの光点が明滅していた。
中継石を通過した瞬間だけ光り、選手の位置と状態を示す。
光が途絶えれば、観客は息を潜めて待つしかない。
――次に光が灯るまで。
「――《北方要塞学院》、規定境界を越えて第五区画へ侵入。監督官、確認を。」
実況席に、緊張した声が走った。
──第五区画。
王国の記録上、いまだ正式な地図が存在しない領域。
中継石は、まだ一つも埋設されていない。
「彼ら、正気か……」
「戦闘特化のあの学院なら、いけると踏んだんでしょう。
実際、ここまでの魔物はすべて一撃で……」
水鏡に映る最後の光点――彼らが自ら埋めた、たった一つの設置型中継石。
音声が状況をつたえていた。
「これは……」
「気にするな。地図に載ってないってだけの話だ。行くぞ」
「――っ、灯りを!!誰か灯りを出せ!!」
「な、なんだ、あれは……」
「て、撤退! 撤退だ!! 誰も戦うな、走れ!!!」
それは、もはや「探索」でも「撤退」でもなかった。
――敗走。
その一言以外に、形容のしようがなかった。
やがて、彼らが第四区画の中継石の範囲に戻った瞬間、映像がぶつりと途切れる。
代わりに、水鏡に浮かぶのは、七つの《生存中継石》の反応。
全員、無事。
実況席の誰かが、声を失う。
安堵の吐息は、しばらくの間、誰からも漏れなかった。
「……競技規則により、《北方要塞学院》は規定境界侵犯の判定を受けます。同区画の再挑戦は禁止」
監督官の声は、淡々としていた。
だが、競技場を包んだ沈黙は、罰則の重さとは別のところにあった。
誰も、彼らを笑わなかった。
彼らはダンジョンの闇を目撃したのだ。
観客席。
学園に進捗と、実況が魔導版に映し出されている。
アーカム魔術学院、応援席。
巨大な魔導板には、各学院の生存反応と進捗が、絶えず更新され続けている。
その中の、小さな四つの光。
――アーカムの光は、討伐数の欄だけが、他校に比べて明らかに寂しい。
アスが心配そうに言う。
「エルディア、大ジョーブかな。」
「まあ、大丈夫だろ。
ダンジョンにはよく潜ってるしな。
金が欲しくてダンジョン深層まで行くような奴だ。
すでに学生レベルじゃない」
「アルト様からみてもですか?」
「少なくとも俺よりは強いな。」
アスが、拳を胸の前できゅっと握りながら呟いた。
視線は、魔導板の一点――アーカムの光点から、片時も離れない。
答えたのは、隣に腰かけたアルト。
脚を組み、興味なさそうな顔をしているくせに、その目だけは、しっかりと同じ光点を追っていた。
「討伐数はゼロに近い。それは事実だ。
だが、あいつが今、そこで何もしていないわけがない。
見てろ。」
そして、アーカムの信号が途切れた。
「……あれ?」




