73話 王国魔術学院総合競技祭
王都中央競技場。
円形に築かれた巨大な石造コロシアム。
観客席の下には、有事の際に万を超える民を呑み込む避難用結界区画。
外壁には、竜種すら弾くと謳われる対大型魔獣用の防壁術式。
そして中央競技場の地下には――迷宮が眠る。
かつて王国が魔獣の大侵攻を受けた際、最後の防衛拠点として設計されたという歴史がある。
人類がここで負ければ、王都そのものが消える。そう定められた、最終防衛線。
大会の会場である。
「……大会会場っていうより、要塞に見える……」
思わず漏れたエルディアの呟きに、隣にいたライゼルト先輩が、静かに笑った。
「当たり前だ。
これは学生の祭典ではあるが、同時に査定でもあるからな。」
「査定?」
「優勝した学院には、研究費と魔導具の優先配備。
国家案件への参加権も与えられる」
言葉を切り、ライゼルトは競技場の中央の未だ閉ざされたままの大扉を見据えた。
「逆に、成績が悪ければ予算が減る。設備更新も後回しになる。
研究計画も通りにくくなり、学院の発言力そのものが落ちていく」
「学生の運動会にしては、重いね」
「だからこそ、全学院が本気になるとも言える。」
国における魔術師の役割は多い。
災害への対処。
魔獣の大発生。
国境地帯での衝突。
この競技祭は、それら全てを模した”未来の縮図”でもある。
ここで示す実力が、そのまま数年後の国家の盾を意味する。
学生たちが競っているのは、勝敗だけではなく、自分たちが王国を守るに足る魔術師であるという、証明そのもの。
「来やがったな。」
開会宣言の後、競技場中央へ続く大扉が、儀式めいた軋む音ともにゆっくりと開いた。
石造りの通路の奥から、最初の学院旗が姿を現した。
深紅の布地に、炎を抱く獅子の紋章。
《王立グランディア魔術学院》。
前年度、そして前々年度、圧倒的総合一位。
旗手を先頭に、生徒たちが一糸乱れぬ隊列で歩いてくる。
その先頭に立つのは、アステル。
「今年は負けねえ。」
これはライゼルトの声。
空中に浮かぶ巨大な魔導映像板へ、各学院の名が順に映し出されていく。
その度に、歓声が競技場を揺らした。
学院ごとに、応援席が波のようにうねる。
誇り。因縁。雪辱。
様々な感情が、石造りのコロシアムに満ちていく。
――そして、五つの競技が幕を開ける。
【第一競技】迷宮探索戦
《各校の攻略》
王立グランディア魔術学院――「定石の刃」
先頭を歩くのは、罠師のレイア。
派手な魔術は使わない。杖すら握らない。ただ床に膝をつき、指先で石畳の継ぎ目をなぞる。
「……ここ、圧力式。三歩先、地面が抜ける」
彼女の後ろで、刻印師のノアが両手を広げる。指先から流れ出た魔力の糸が、床の罠術式を上書きしていく。派手な光もなく、爆発音もなく、罠はただ静かに“存在しないもの”に書き換えられていった。
辺境出土学院――「獣道の勘」
辺境の血を引く少女、キィルは、杖も刻印術式もほとんど使わなかった。
代わりに、耳を澄ませる。
「……風が違う。この先、広間がある」
迷宮の空気の流れ、石の匂い、遠くの水音。彼女が“読む”のは魔力ではなく、迷宮そのものの気配だった。
地上の学院では「魔術理論を知らない野生児」と陰口を叩かれてきた彼女が、迷宮に入った瞬間、誰よりも迷いのない足取りで歩き出す。
中継石の光が灯るたび、解説席がざわめいた。
「またあの学院か……効率が異常だ。まるで迷宮の地図を最初から持っているみたいに進む」
地上での評価と、地下での評価が、ここでも静かに反転していく。
商業自由学院――「群像のゴーレム」
三校目は、毛色がまるで違った。
先頭を歩くのは人間ではなく、小型のゴーレムたちだった。
偵察用、地雷探知用、簡易地図作成用――役割ごとに設計された使い魔式ゴーレムが、隊列を組んで先行する。操っているのは、後方でただ静かに座り、指先だけを動かす学生ひとり。
三者三様の光が、水鏡の上で明滅する。
剣も、炎も、ここでは主役ではない。
見えないものを見る力――それだけが、闇の中で道を照らしていた。
アーカム魔術学院――「深淵なるインフラ」
エルディアは手をひらひらさせていった。
「んじゃ行こっか。
6時間の長丁場だけど、時間はないからさ。」




