72話 前夜
「完成したでござる。」
「やったなオズワルド。」
『それ』を見て、彼らは完成したと知った。
一部ではあるが、魔の森に開かれた大地。
魔の森。
その侵食速度は、王国のどんな結界術式をもってしても、完全には食い止められないとされてきた。
だが今や、らの目の前には、森が侵食することなく保たれた広場。
それは間違いなく偉業だった。
「それじゃ、仕上げっすね。」
リリが、地面に手をついた。
「姉御。
魔力位相同期網をよろしくっす。」
「はーい。」
軽やかな返事と共に大地そのものが震え始め、地面の奥深くから、莫大な魔力が呼び起こされていく。
開かれた大地の中心に光の柱が立ち上り、人の手では何十日、何百人をかけても成し得ないはずの建造が、たった一つの魔力同期を起点に瞬く間に形を成していった。
「……
なあオズワルド。」
「なんでござるか、カイゼリオンどの。」
「エルディアって絶対おかしいよな??」
「今更でござるよ。」
森の只中に忽然と立つ、真新しい拠点。
まるで、最初からそこにあったかのような、静かな威容。
その中心で―仕事を終えたエルディアは、ぱん、と小さく手を叩いた。
「んじゃ、みんなよぼっか。」
「エルディア殿。
みんなとは?」
「Eクラスのみんな。
こんな秘密基地、一人で使うのもったいないじゃん。」
食堂の食事を片付け。
カトレアが杖を振るとスライムが『処理』を始めた。
長い木製の卓に残された皿や杯が、ひとりでに静かに動き始めた。
ぬるり。
卓の下から、半透明の青いスライムが這い出してくる。
一体。
二体。
十体。
小さな個体が皿の上へ飛び乗り、食べ残しを包み込む。
指揮者に導かれる楽団のように、寸分の狂いもなく動きは揃っていた。
便利なダンジョン機能による、魔物制御システムだ。
Eクラスの面々はそれを見て静かに固まっていた。
常識が静かに攻撃されていた。
食堂の奥、厨房に続く扉が「ガコン」と重い音を立てて開き、そこから現れる鈍く光る鋼鉄の巨体のゴーレム。
両腕に、山と積まれた食器を軽々と抱えている。
その手には、綺麗に折り畳まれた布巾が、大事そうに抱えられているコボルト。
魔物が制御できている。
ダンジョンモンスターの大きな特徴として、変数に応じてそれに応える挙動がある。
カトレアの振る杖は、リリが用意したダンジョン権限の拡張装置。
一時的にダンジョンの管理権限を広げる、秘密のアイテムだ。
制御は完璧ではない。
なぜなら、たまに逆らうからだ。
スライムが料理酒を飲んで酔っ払ったりする。
現状の反抗や、ミスは可愛いものだが、規模が大きくなった時が課題か。
「次の料理が完成しましたわ。
これをお客様に。」
「かしこまりました。」
食事のサーブなどは、ウィンドリィ家が雇った者。
今の所、人間と魔物の役割分担はできていると言っていい。
「て感じ。
そう言うわけで、みんなにはバイトしてもらうから。
サラリーは払うから。
アスとカトレアが。」
「給与体系は、すでに整えてあります。
歩合制と時給制、選べますわ。」
カトレアが、微笑んだまま、静かに頷く。
もはや単なるデモスト込みの、事業説明だった。
「見ての通り、ダンジョン管理権限を使えば、モンスターに単純作業をやらせられる。
人手不足は解消。
事故率も、今のところ許容範囲。」
「……エルディア。
それはつまり、今後も発展の見込みがあると。」
カイゼリオンが、恐る恐る尋ねる。
「うん。
見ればわかるけど、これは食堂だね。
将来的には、清掃、警備、案内、諸々に業種を拡大予定。」
完成された事業計画、実働する試験運用、そして――なし崩し的な人員確保。
Eクラスの面々が理解した時には、すでに一つの経済圏が、静かに、しかし確実に彼らの日常へと組み込まれ始めていた。
エルディアは、Eクラスの面々が魔物の使役をはじめるその様子を見て、満足げに頷く。
かける声があった。
アルトだ。
「エルディア……お前、本当に街を作る気なんだな……」
「あ、アルトやっほ。
まだ泊まるとこと、入り口の広間だけだって。
入り口すらない。」
「とうとう、どう突っ込んでいいかわからないレベルになってきたわね……」
「カミラさんちーす。」
これはアルトの護衛のカミラだ。
2人は、しばらく言葉を失っていた。
本来ならそこは上位冒険者が武器を整え、帰還用の転移石を握りしめてから踏み込む場所だった。
森は切り開かれていた。
「危なくないのか、これ」
「ダンジョン魔物は自然の魔物じゃなくて、リリの管理下だから、数が増えたら制御漏れするかもだけど」
「リリが心変わりしたら?」
「可愛いものあげとけば大丈夫でしょ。最悪ぶち殺す。
不安なら、アルトもダンジョン管理者登録する?」
「……判断に悩む事を平気で投げるな」
「まあ、そのうちだね、
一応考えもあってだね。
全部うまくいって、アルトがダンジョン管理者に昇進した暁には、千蝕魔角鹿の制御をお願いする。」
「いや、無理だろ。
千蝕魔角鹿って千蝕魔角鹿だよな。」
「でも、アルトならいける気がする」
「無理じゃねーかな。
カミラにしとこうぜ」
横で話を聞いていたカミラは、静かに思った。
私も巻き込む気か。
やめろ。
切り開かれた広間の中央に、幾重もの魔法陣。
その中心に、一振りの杖が立っている。
ぶっきらぼうな、飾り気のない杖。
「循環型温熱結界」
エルディアが、静かにその名を口にする。
厨房の火。
浴場へ流れる温水。
地熱。
外気。
杖の周囲には、掌ほどの小さな精霊たちが、旅をするように見えない流れとなって集まり、そして必要な場所へと送り返されていく。
「魔の森は、季節関係なく暑くなったり寒くなったりする。
実験運用環境としては、これ以上ない環境だよ」
「今の使用者は?」
「今のところ、アス。
大出力なら精霊適性は要るけど、出力を抑えれば本当は誰でもいい。
生活魔術が使える魔力があれば」
エルディアは、杖を見つめたまま、少しだけ声を落とした。
「最終的には、無人化かな」
私やアルトがいなくても、冬を越えてやるんだ。
もう、誰もいなくならない冬を。
誰でも越えられる、手段で。
次の日。
全国大会開会式。




