66話 管理者様の依頼
「……で?」
「異変地点の場所は聞いたっす。
だけどお友達は置いて行ったほうがいいかもです。
魔族案件っすね。」
森の管理者はべーすると消えた。
「……私さ、あの森の精霊様と一回話し合ったほうがいいと思うの。
なんかべーされたんだけど。どういう事!?」
「絶対やめるっす。
成果を出してからにしたほうがいいっす。
王都に街を作りたいんすよね?
それに姉御は元々精霊に嫌われる体質っす。
それがもろに影響していると考えられるので。」
「ち。」
ちじゃーねから。
「姉御は今後も、絶対精霊様との交渉は禁止っす!!」
「なんで!?!?
言葉が通じるなら、理詰めで追い詰めればいいじゃん!!」
そーゆーとこだぞ。
王都近郊。
人の手が及ばぬ『魔の森』の深部。
そこには王国最高機密の研究施設――魔術研究所が存在していた。
外界から隔離されたその施設では、日夜、国家最高峰の魔術師たちが研究を続けている。
その研究所において、研究における転機は1つの杖と、1人の魔術師。
それは止まっていた魔術研究が一気に進み始めた出会いだった。
王国最高の魔術師たちが、十数年を費やして完成させた究極の魔術杖。
『王国戦略級魔導杖』
使用者の魔力を百倍に増幅し、当然のごとく、全属性魔法に対応し、万魔と言えるほどの術式を保存する。
十数年。
国家予算。
王国最高の技術。
その結晶は、あまりにも完璧だったゆえに誰にも使えなかった。
アステル。
彼女が現れるまでは。
その杖と初めて適合した存在。
それが学生でありながら、王国が誇る最高の魔術師。
アステルが杖を掲げると、古代竜の魔核が鼓動を始め、研究所全体に、膨大な魔力の波が静かに広がった。
『王国戦略級魔導杖』を手にしたアステルは、研究所のバルコニーから魔の森を見下ろした。
どこまでも続く深い緑。
そこは人を拒み、魔物を育み、幾度となく開拓隊を退けてきた未踏の森。
「まずは、この森からですね。」
王都を蝕むこの森を、なんとかしてみせる。
それは、王都圏に住む人間全ての願いでもある。
魔の森の拡大とそれに伴う被害は甚大。
その報告書をアステルは見返す。
そしてそんなアステルが『彼女』の名を聞いたのは、魔の森研究の第一人者、ベルクからだ。
「──リリ・ヴァルフェリア?」
「ああ。」
彼の言葉には屈辱がにじんでいた。
「へえ。
それが、あなたを超える天才なんですか?
……俄かには信じられないですね。」
王国最高峰の研究者。
ベルク。
“正しさ”を積み上げることに人生を費やした男。
その彼が、自分以外の誰かについて、これほどの感情を滲ませている。
この傲慢を、絵に描いたような研究者が。
「ああ。
魔の森を支配した時。
その時、俺はリリ・ヴァルフェリアを初めて超えたと言えるだろう。」
「森一つで?」
「魔の森の管理機構を理解できれば、王都ダンジョンの攻略に取りかかるができる。
これは、リリ・ヴァルフェリアにすらできなかった偉業だ。」
王都ダンジョン。
王国の建国以前から存在するとされる、古きダンジョン。
規模だけが膨大。
誰にも踏破できないまま、今もなお広がり続けているという。。
「面白いですね。」
アステルは王国戦略級魔導杖を手に取り、微笑む。
その瞳は輝いていた。
魔の森は終着点ではない。
それは、さらに巨大な謎へ至るための鍵だったのだから。
ある日、研究所中に警報が鳴り響く。
「接続喪失!」
「管理権限応答なし!」
「魔力流、ゼロ!」
「何が起きたのですか!?」
──本来なら、異常値は警報を鳴らす。
だが今回のそれは違った。
“観測水晶から値そのものが消えている”。
アステルが術式を書き換えるも反応しない。
ベルクも解析を開始する。
再起動をしても結果は同じ。
まるで原因不明。
敵襲か。
エラーか。
その時、通信魔法が、ぷつりと繋がった。
『あ。
侵入魔術がようやくつながったっす。
このめんどくさい魔術障壁はベルクっすね。
ちーす。』
気の抜けた少女の声だった。
「リリか。」
ベルクの言葉に、アステルは目を見開く。
時折、ベルクが屈辱をもって口にする因縁の相手が、この少女だというのか。
『魔の森の研究をやめるっすね。
そのやり方じゃ無理筋っすよ。』
「あ?」
ベルクの額に青筋が浮かぶ。
「やめる事などできるわけがない!
これは『あの御方』の指令だ!!
魔の森の管理機構を解明し、王都ダンジョン制御への足掛かりとする!
そのために私は派遣された!
いきなり現れて、貴様こそ何様のつもりだ!!」
通信の向こうで、小さく「あー」と声がした。
『何様って、王都をダンジョンを制御したいのは私もっすよ?
魔の森の樹霊回廊を借りたくて……
なるほど。これは手段が被ったっすね。』
「ならば、そっちが去れ。
俺はこの研究に30年かけている。ポッと出がなとかできるわけないだろうが。」
『古代樹統括存在が迷惑してたっす。
逆鱗に触れる前に、切り替えた方がいいっすよ。』
リリの声が、いつも通り気の抜けた調子で続く。
「古代樹統括存在だと!?
まさか接触したとでもいうのか?
どうやって……」
『菌子による魔術回路を逆流したっす。』
「……なんだと?。
冗談は止せ。不可能だ。」
『千触魔角鹿を通信機替わりにしたっす。』
「不可能だ!!菌糸魔術回路とは既存の魔術の言語体系とあまりに違う。
それに千触魔角鹿は、そんなやわな相手ではない!」
『そこは、ほら、ノリで。』
ベルクは狼狽えた。
「ノリ……?
30年だぞ……
私は30年かけて一歩ずつ解析したんだぞ……」
『相変らず、クソ面倒なことやってるっすねえ。
まさか菌子魔術回路の、通信パターンを一個一個解析してたっすか?
群体すよ?終わるわけないっす。
とにかくその術式は止めないとやばいかもっす。 というか、やばいのがそっちに行くんで。』
「…… 何だと?
……どういう意味だ。」
ベルクは眉をひそめた。
通信の向こうで、リリは軽い調子のまま答える。
『姉御が、そっちに行きます。
多分逃げた方がいいっす。
今の姉御、見境がないんで。』
通信はきれた。
「クソがぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
通信後、ベルクの絶叫が、研究所中に響き渡った。
机を叩く。
資料が宙を舞う。
王国最高峰の研究者とは思えないほど取り乱していた。
「30年だぞ!
30年間、私は森の管理機構を解析し続けた!
魔の森を調べ!
千触魔角鹿の魔力を死ぬ思いで解析し!
古代樹統括存在の同期条件を一つずつ潰して!
あと一歩だったんだ!」
──ノリだと!?!?!
──よりにもよって、ノリだと!?!?!?
「お前はいつもそうだ!
私が論文を百ページ書いて証明することを!
『たぶんこうっすよね』で終わらせる!
それが合ってるのが腹立つんだよ!!
ふざけんなあああ!!!!!」
研究員たちは誰一人として口を挟めない。
目の前では、研究所最高の頭脳が年相応――いや、それ以上に感情を爆発させている。
アステルだけは、腕を組んで静かに問いかけた。
「……誰なんですか?
リリって。」
「リリ・ヴァルフェリア!!
いけすかない天才だよ!!!」
「古くからの付き合いという割には、若い声でしたね。」
「外見に惑わされるな!!
奴は悪魔だ!!!」
千触魔角鹿の眉間の上いるエルディアは、その『研究所』を見つけると不敵に微笑む。
「一撃で終わらしちゃる。」
いけ。都市破壊ビーム。




