66話 魔の森の管理者さま
『古代樹統括存在・古代樹古精霊』
可視化された魔力の中央で、数万年の均衡がきしむ音を、誰にも聞こえない形で鳴らし続けている。
そして、その中心にいる存在は、穏やかに言った。
「ええ。
怒ってはいません。」
声音は極めて穏やかであり、あまりにも静謐だった。
「私が数万年かけて維持してきた菌糸ネットワークに対して見知らぬダンジョンが侵入し、
頑張って生成した上位管理端末を落とし穴に落とされ
挙句の果てに魔術で拘束されながら通信機扱いされたのは、初めてでした。
私の大事な、すごく大事な管理端末が。」
一同は、目を逸らした。
「長い時を管理者をしていますが、こんな乱暴なコンタクトの取り方は初めてです。
ですが──」
森の精霊は穏やかに微笑む。
「怒ってはいません。」
うそつけ!!!!
リリは思った。
「そうね。わかるわ。」
エルディアは穴の底を眺めながら、しみじみと呟いた。
妙に納得した声で呟く。
「部下は生かさず殺さずこそ、社会を回すコツよね。」
おい。やめろ。
「完全に壊したら使えないし、自由にしたら暴れる。その意味で均衡は大事となる。
極端に追い詰めず、かといって自由にもさせず、管理できる状態を維持する重要性を説いた言葉ね。
まさしく至言だわ。」
あまりにも自然に言い切るエルディアに、オズワルドとカイゼリオンは思った。
これ以上煽るのまじでやめろ!!!!!
森の精霊は、静かにエルディアを見つめていた。
ゆっくりと。
背後で、巨大な熊型の魔物がゆっくり立ち上がり、枝の上では、鳥たちが首を傾け、地面の下では、菌糸の光が脈打っていた。
「話を続けましょう。
この森の全構成員――木々、魔物、精霊、菌類、そして私の前にはなりますが、どうぞ続きを。」
森の奥で、ざわ、と何千もの気配が動いていた、
森の精霊は、極めて丁寧に告げた。
エルディア以外のその場にいたものは悟った、
――詰んだ。
「私達の目的は、魔の森を開拓して人間が住める土地を作ること。」
森の精霊は目を閉じた。
菌糸ネットワークを流れる膨大な情報が、森全域を巡る。
「それだと森林面積は減少しますし、生態系への影響は避けられませんが。」
「うん。そりゃそうでしょ。開発だもの。」
「管理者は、管理対象を保全する義務があります。
森が 減るということは、生き物にも影響がでるということです。
侵略者は、排除案件ですね。」
エルディアは首をかしげた。
「具体的にはどうやって?
虎の子の上位端末は、そこにいるけど?」
「……。」
全員の視線が穴へ向く。
そこには、疲弊しきった“虎の子”がいた。
底ではディア・ウロボロスがぐったりと座り込み、時折こちらを睨みながら低く唸っている。
森の精霊も、静かに視線を向けると、小さく息を吐いた。
「現時点で、あなた方を強制排除する手段は限定されています。
ですが、森林開発は容認はできません。」
「なぜ?」
「管理リソースが拘束されています。
菌糸ネットワークは外部干渉を受け、権限の一部が喪失。
現在、正常な統治が成立していません。」
エルディアの表情が変わる。
「……管理不能ってこと?」
森の精霊は、森の奥を指差した。
「管理不能領域が発生しています。
古代樹からの応答はありません。
上位魔物の暴走。
魔力循環率、12パーセント低下。」
「森自身で直せないの?」
「ええ。
当該領域の一部が管理権限を喪失しており、現在、異常個体がネットワークを占有。
復旧は何度か試みるも失敗。
あなた方を許可したくてもできないのです。
一部の対処に、森全体で対応しているので。」
エルディアは森の説明を最後まで聞き終え、静かに頷いた。
通信断絶。
菌糸ネットワークの崩壊。
古代樹の沈黙。
「つまりこの森って、老朽化したインフラ施設だから、だめってこと?」
「……訂正を要求します。」
「うん?」
森の精霊は、わずかに目を伏せる。
そして静かな声で言う。
「“老朽化”ではありません。」
「違うの?」
「私は……数万年、同一の管理体系を維持してきました。
設計は完全です。
当時から現在に至るまで、あらゆる環境においては最適解であり続けています。」
「ああ。典型的な老害ね。
昔の成功体験だけで全部決める。
現場の変化を“気のせい”で片付ける。
新システム入れると怒る、おつぼね。
でも成果が落ちても“昔はこれで良かった”って言い続けるやつ。」
そして森の精霊は去った。
「……え?」
……
…………
………………
戻ってこない。
「ちょっと!?!?話し合いの最中じゃない!!なんでいなくなるのよ!!リリ!!
千触魔角鹿を通じて再度アクセス!!!」
「完全にシグナル拒否っす。
だけど別に私らへの敵対反応もない。閉じこもったっすね。」
「ど、どういうこと!?」
「拗ねたっす。」
「はあ!?!?
なんで数万年も管理してるやつが拗ねるのよ!!!
それこそ年増ヒスじゃない!!
みっともないから!!」
「いや、姉御。罪を重ねない方が……」
「だって事実じゃん!!!!」
「あ。メッセージっす。」
『そのくそ女以外となら話す。
そのくそ女とは話さない。』
「おーい!!!!!!」
エルディアは、交渉役を首になった。
「じゃあ、交渉再開っすね。」
リリの言葉に、森の精霊は静かに頷く。
「異常を修復できる個体を必要としています。
管理不能領域を正常化してください。
成功した場合、あなたたちを敵性個体から。協力個体へ変更します。」
「……私らの事を受け入れるって事っすね。」
「条件付きで。
あの女以外は。」
「……」
「異変地点をお伝えします。
ただし、戦力は選別してください。
異変の原因は、あなたと同じ種族。」
その言葉と同時に、森の奥がゆっくりと開いた。
まるで世界そのものが、次の戦場へと呼吸を始めるように。
「すなわち魔族です。」




