52話 話し合い
魔王は、視線すら動かさなかった。
白磁のティーカップを優雅に口元へ運び、
長い脚を静かに組み替えたまま。
エルディアが傅いていた。
正確には『傅かされていた』。
王の周囲を満たすのは、言葉ではなく息をするだけで肺が焼ける圧倒的な魔力。
魔力の圧力だ。
リリが青ざめた顔で一歩踏み出す。
「魔王さま!!
お、お待ちくださいっす!
その魔力は――」
「……?
何か言ったか?リリ。」
魔王はティーカップを傾けたまま、小さく首をかしげていた。
「いえ……」
──だめっす。
魔王様、今なら本当に消し飛ばす。
姉御……
地雷を踏んだっす。
「聞きなさいよ。
魔王さま。
そっちのダンジョンと、こっちのダンジョンを繋ぎなさい。」
――ドン。
さらに目には見えない圧力が強まり、空間を押し潰した。
「姉御!!
『刻印全開放』するっす!!
死んじゃうっす!!」
「もうやってる……!」
──《魔力位相同期網》起動。
──ダンジョン魔力を全ツッパだ。
死ぬ。
このままでは
「ほう。
なるほど考えたな。
ダンジョンに侵入した際の俺の侵入DPを使ったか。」
「へえ……
口を聞いてくれるんだ……
どういう心代わりよ」
「力だ。
力なき物に価値はない。
喜べゴミムシ。
空気からは昆虫に昇格だな。」
「あっそ……」
ダンジョンが呼吸し、壁が脈動し、満たす魔力が、一斉にエルディアへ流れ込んでいく。
その細い身体が、淡い光に包まれた。
ほうほうの体で顔をあげる。
「あんたのとこのダンジョンと、私んとこのダンジョンを繋ぎなさいよ。」
引かない。
引けない。
──結局その程度か。
そう笑われるのだけは、死んでもごめんだった。
いろいろな理由はあるが、結局は全てはくだらない意地でしかない。
リリを見捨てることになる。
自分が積み上げてきたものを、全部「無駄だった」と認めることになる。
──死んでもごめんだ。
だから、エルディアは笑った。
なんでもないというふうに。
しばらく睨み合う。
魔王は初めて、ティーカップを机へ置いた。
「まあいい。
その戯言の続きを話してみろ。つまらなかったら殺す。」
エルディアにはもう余裕はなかった。
全身の魔力回路が軋み、視界が白く染まり、指先から感覚が消えていく。
「ぐ……」
「どうした?
話さないのか」
魔力の圧力がさらに強まっていた。
相当に。
「慈悲深くて涙でそーだわ。
まおーさま。」
──姉御が死んじゃうっす……本当に死ぬっす……
全然慈悲深くないっすから──
リリは泣きそうだった。
エルディアは話はじめた。
「異物ダンジョンが広すぎる。
監視役が足りない。
リリ一人では処理できない。だから寝ないで働いていたらリリは逃げた。
ダンジョンって、侵入者を撃退するとDPになるんでしょ?
だったら、そのDPを異物ダンジョンにも流せるようにする。」
魔王は黙って聞いている。
「うちのスケルトン。
研究設備。
物流。
全部そっちへ回せる。
つまり異物ダンジョンをうちと共同運営する。」
魔王は肘をついてその言葉を聞いていた。
そしてやっと一言だけ言った。
「お前。
異物空間が何か理解しているのか。」
「全然。
だから今すぐつなげろと言われて、何とかしろと言われたらそりゃ無理よ。
理解してから設計する。
現状。
人手不足。
監視不足。
どのみち、リリで無理なら他の魔族でも無理なんじゃない?
遅かれ早かれ、スタックは飽和する。
キャパオーバー。
つまり。
問題の本質は、現場改善案件。
そこを何とかしない限り、この問題は解決しない。
そしてさらに必要なのは強者ではなく。弱者の論理。」
「利益は。」
「もちろんWin-Win。
あなた達は人手不足を解消。
私は研究素材と研究仲間を得る。
リリは仕事が減らせて眠れる。
魔王様の役目である管理を安心して果たせる。
みんな幸せ。」
エルディアは引く気はなかった。
リリは絶対に必要だったからだ。
「姉御……」
「リリ。あんたは黙ってて。」
「なぜ、そこまでクソガキを庇う。」
「庇う?
必要だからに決まってるでしょ。」
「なら、そいつがもし役に立たなくなったらどうするんだ?
捨てるのか?
悪いが手足をもいでもりリリを連れていく。
その時点でそいつに価値はない。
必要性は消える。役目が消失するからな。」
「捨てるわけないわけないでしょ。
別に。そのままよ。」
「理解できんな。」
「なぜって。
研究に必要だし、面白いし、悪ふざけもできる。それ以上に理由なんてない。」
「雑っすね!?」
リリは思わず叫んだ。
「死ぬぞ。お前。
くだらない同族意識。
共同体への帰属精神の果てに。」
「山の村育ちを舐めないで。
こちらは冬を越えられなくて、何人も殺されてきた。
今更死ぬからって曲げることに意味はない。
ここで曲げたら、きっと受け入れることになる。
みんなで乗り越えるんだ。
もう誰かを置いてくのは、死んでも嫌なんだ。」
時間がたった。
数秒だったのか、数時間だったのか曖昧だった。
やがて空気が変わる。
「……いいだろう。
条件を詰めよう。
死んでも引く気はないようだ。
死ねば楽だったろうに。」
「いや、引くわよ。
死にたくない。」
リリは
その場にへたりこんだ。
──助かったっす……。
魔王は、まだエルディアみていた。
「……だが解せぬな
矮小な人の身で、どうしてそこまでの領域に。」
「さーね。」
精霊が私から逃げまくるから、腹いせに死ぬ思いで鍛えまくったからでーす。
だが、それはまた別の秘密の話だろう。




