51話 お客様2
ダンジョンの一番深い所。
そこには落とし穴があり、その穴の中へ水が流れ込んでいた。
ざあああああ……
ダンジョン機構が、「これは落とし穴です」と誇らしげに動いた結果でもあった。
落とし穴はそこに水を流し込むまでがテンプレだった。
ダンジョン機構が作動し、水流を穴に注いでいる。
「……リリ。
私死んだかな。」
「そう思うなら、水を止めるっすね。
話は通じる方っす。」
「いや、テンプレだからさ。
テンプレって大事じゃん。様式美というか。
落とし穴は水没させるでしょ?普通
子供のころ、アリの巣に水入れなかった?」
「その好奇心で死ぬ気ですか?
その発想のままここまできてしまったんすね。」
水は変わらず、穴へ流れ続けている。
それは、ただそこに立っているだけで、空間が少しだけ沈むような存在。
水流など意に介さない。
ゆっくり。
ゆっくり。
ごとん。
おおきな音がして、黒い影が穴から上がってくる。
「ま、魔王様。こんにちは。
本日はいい天気ですね。」
「…………」
魔王。
その名を持つ者が、静かに言った
「話合いには応じてやる。
だがその前に一発殴らせろ。」
「で、ですよねー……
ふぎゃっ!!」
すごく情けない声と一緒に、エルディアは吹っ飛んだ。
落とし穴の縁を2回ほどバウンドしてから、ぺたんと壁に貼り付く。
その様子をみながらリリも思っていた。
──お仕事って、最初が大事っすよね。悪ふざけはするものじゃないなー
交渉がはじまる。
ダンジョン第6層
管理中枢にお連れする。
来客用のソファーに魔王は座っていた。
エルディアは、普通に聞いた。
「魔王様!!
歓迎するわ。
で。何しに来たの。」
リリは思った。
──ちゃんと話を聞くのはいい事だ。
だけどあれだけやって、水に流した事にするのはすげえ度胸だ。姉御って。
「そのクソガキが遊んでるからな。
連れ戻しに来た。
まさか保護者がいるとはな。」
「……クソガキ?
保護者?」
「違うのか?」
「言われてみればそうね。
リリはダンジョンは経営クソだし
全部わたしが収支考えてるし
わたしより弱いし」
リリは手をあげた。
「姉御わたし260才っす。」
「年齢でマウントとる老害っているわよね」
ひど!!
そしてエルディアは『それ』をすっと提出した。
「これはなんだ?」
「契約書。
リリとわたしの雇用契約。」
リリはそれを見た。
そしてもういちど見る。
「…………。」
──なんすか!?それ!!
魔王が契約書を読んでいる間、少しその場を離れる。
ぺらり。
ぺらり。
精読している。
「どういうつもりっすか!?
死にたいっすか!?
というか雇用契約ってなんなんすか!?!?
今知ったっすけど!?」
「そりゃリリは知らないわよ。
私も今見せたもの。
そんな事より口裏合わせて。
わざわざ逃げてきたんなら、嫌なんでしょ。
言い訳で逃げ切るから。」
「というか、あんなのいつ用意したっすか。すごい量っすよね。」
「そりゃ未来の為に。
いずれ法律で貴方を拘束するための予行演習で」
「サインは?
した覚えないっす。」
「そりゃ偽造。」
うわー。
魔王は、契約書を最後まで読むと淡々と言った。
「そのクソガキが遊んでるからな。
連れ戻しに来た。まさか雇用契約を結んでいるとは思わなかったが。
だがそいつには、うちのダンジョンマスターの仕事がある。」
「ダブルワークは禁止なのかしら。」
魔王は短く息を吐いた。
「リリには大事な役割がある。
それは異物空間”の処理だ」
その瞬間、リリの肩がびくりと跳ねる。
魔王は続ける。
「そこのクソガキの担当する、境界に穴が開いている。
だがクソガキは全部ぶっ放して、どこかへ消えやがった。
監視役としてリリを配置していた地域は無法地帯だ。
本来ならクソガキが直すはずだがな。」
「いや……あの……それは……
ちょっとその……現場が複雑で……」
エルディアが横から聞く。
「何してたの?」
リリは即答する。
「あのダンジョンやばすぎるっす!!
タスクが多すぎて私がいてもいなくても変わんないっすから!」
──きっとちょっとばっくれたら、そのまま帰りたくなくなったのだろう
よくはないし、褒められることではない。
魔王は即座に否定する。
「それは『さぼり』ではない。『放棄』だ」
リリは両手を振る。
「違うっす!!放棄じゃないっす!!一時的な委託っす!!
運命に任せたっす!!」
エルディアは思った。
──一番ダメなやつじゃん。
つまり、キャパオーバーの役目を任されて、にっちもさっちも行かなくなって逃げたのだろう。
そして誰かがやるだろうは、大抵誰もやらない。
「そして異物ダンジョンの監視役が、興味本位でぶっちぎった結果、境界が薄くなり、外側の存在が入り込み始めた」
だが内容は実に甚大だった。
エルディアは少し考えてから言う。
「つまり要約すると、それってリリがサボって逃げたらえらいことになっている」
リリは思った。
──長い説明をまとめると、痛い所だけ残るんだなー。
「概ねそうだ
そしてダンジョンコアは、ダンジョンマスターが生存してる限りは次のマスターを登録することはできない。
だから、終わりだな。ここで死ぬか、業務に戻るか選べ」
「ひいい……!」
エルディアは、普通に言った。
「ねえ。魔王様」
魔王は視線だけ向ける。
「なんだ?」
間もなくエルディアはあっさり続ける。
部屋の時間がぴたりと止まった。
「このダンジョンと、そのダンジョン。繋いでくれない?」




