4話 ダンジョンアタック
ポチは、獣というには大きすぎた。
狼に似ている。だが骨格が違う。
目も赤いし、ゆらゆらと陽炎のように魔力が立ち上っている。
周りの歩いてる村人はギョッとしていた。
なぜこんな巨大な狼に戯れられて、生きているのだろうかこいつ。
「やめろォ!!」
「その犬を村に入れるなァ!!」
「犬じゃねえだろあれ!!」
「じゃあ、ポチ。
そこで待ってられる?」
ばうっ!!!
あまりに感受性が終わっているエルディアはしっかりと頷く。
かわいーなー。
月日は巡り、春。
エルディア。
──再度、精霊契約の儀式。
静寂の中で彼女は祈りの姿を取る。
神木の葉が揺れる。
風が吹き、祈りの鐘が鳴る。
村人たちは息を呑んでいた。
確かにその姿は、どこまでも神聖で、どこまでも“契約者らしく”見えた。
すでに村人たちは退避していた。
おそらく爆発するから。
《祈りの言葉》
精霊は、契約した後は自動で働いてくれる。
畑の水やり。
暖房。
風力。
輸送。
インフラ整備。
しかも燃料代ほぼゼロで……
──将来的には刻印魔術と組み合わせて、
半自動化したい。
寒冷地の物流革命。
半永久エネルギー。
貧困対策。
社会構造改革……
さあ応えて。
私の考案する、半永久・低燃費インフラシステムの為に!!
エルディアは真剣だった。
その美しい目が、精霊を捉えた。
──見えた。
微細な風の揺らぎ!
火の気配!!
水の反射!!!
しかも低級個体!!!!
絶対軽いはず!!!!!
──維持コストが。
うおおお!!!!
そして儀式場は爆発した。
儀式後、半壊したそこでエルディアはポチにべろべろなめられて空を見つめていた。
──今年も駄目だったな。
儀式場も直さないと……
風が吹く。
──村は寒い。
冬は長く、越えられないものもいる。
精霊術師は、都市では高級職。
契約精霊がいれば。
暖房も。
輸送も。
開拓も。
全部変わる。
一人の精霊術師がいるだけで死亡率すら変わる。
だから皆、憧れる。
本当に変わるから。
だけどエルディアには適性がなかった。
なかったのだ。
どんなに努力しても、
どれだけ何かを積み重ねても、それはないのだ。
「派手にやったな。エルディア。
笑かせてもらったぜ」
「……」
「そんな気分じゃないってか……
……なあ。」
哀愁漂うエルディアに、アルトは声をかけた。
「お前さ。
村は無理なんじゃねえか?」
「ん?
なにが?」
「ここ、田舎だし。
自然が溢れすぎてて、基本四属性しか精霊は来ない。
闇属性なんて扱える奴もいねえ。
精霊契約のまだ手がかりすらつかんでないんだろ?」
「……まーね。」
「でも都市なら違う。
研究機関もある。
変人もいる。
禁書庫とか。
特殊属性科とか。
危ない研究なんてのもあるのかもな。」
エルディアの眉がぴくりと動いた。
「つまり?
引っ張るねえ……」
「魔術学校だな。
今の魔術界におけるキャリアのほとんどは魔術学校から始まっている。」
その言葉に、空気が少し変わった。
「魔術学校なら、特殊属性の研究もしてる。
言い方を変えるなら、お前みたいな変なのが、たぶん他にもいる。
きっとそこに、お前が求めるものがあるんじゃないか?」
金貨50枚。
それが魔術学校の入学金だ。
エルディアは、日々のダンジョン通いでせこせこお金を溜めていた。
──お金は大事だ。
でも、もっと大事なものを見つけた。
冬を越えるのに金がいる。
暖を取るのにも金がいる。
薬を買うにも金がいる。
この世界は、綺麗事だけでは腹は膨れない。
だからエルディアは、お金が好きだった。
けれど。
でも。
──お金だけじゃ、行けない場所もあるんだ。
「お前んとこ、そんなに稼ぎ良くないよな?
なぜそんな金が?」
「いや、農家だし。
至って普通の。」
「なぜ農家がこんな化け物を産んだ。
どうなってんだ。」
──魔術学校。
それは田舎者にとって、ほとんど別世界だろう。
貴族。
天才。
選ばれた魔術師。
国家級の研究者。
そして何より
“契約者”と呼ばれる、精霊に愛され選ばれた者たち。
村では見られない景色。
届かない知識。
世界の奥。
そこに入ればもしかしたら
だけど
だとしてもまずは
『街へ行く前に、まずはこの想いにけりをつけなければならない』
「よし。
もう一回やる。
精霊契約。
こんなところで止まっていらんないから!!」
エルディアは突然起き上がった。
「今さっき爆発しただろうが。
何だよ急に。」
「魔術学校の試験前に、一体だけでも契約したい。
だって。契約者じゃないと、“始まらない”から。
予習しときたい。
勉強に遅れたくない。」
「気が早くねーか?」
「早くない。
早い人はもう精霊と契約してるはず。
私が足踏みしてる間に、多分、絶対ずっと先に行ってる。」
「……」
アルトは言葉を失う。
魔術学校には入れるかもしれない。
エルディアは刻印術の才能だけなら、おそらく通用する。
でも、精霊魔術師の世界では契約できない者は、最初から外側だ。
研究資格。
実技。
派閥。
設備使用権。
全部、“契約者前提”となるだろう。
それにエルディアは欲しかった。
その才能の証明を。
ほんの僅かでも運命をねじ伏せたという、小さな証明を。
──ここではない場所へ行くための、最初の鍵を。
見栄でも、ロマンでもない。
もっと切実で、もっと真っ直ぐなもの。
守りたかったし、守れなかった。
今年の冬も、来年の冬も、きっと守れないのだろう。
だけどさ。
だけど、それでも自分をもう一度だけ信じていいのなら、信じてみたかったんだ。
「……一体でいいんだ。
一体だけでいい。」
エルディアは空を見上げた。
「低級でも。
弱くても。
契約できれば、それで。
ずっと探してたんだと思う。
それは自己満足なのかも知れないけど。」
「いいんじゃねーか?
その執念深いところはお前らしーよ。
……でもよ。
闇属性の精霊なんて、この辺じゃまず出ねえぞ。」
「わかってる。
だから探す。
今まで一度も探さなかったところ。」
「どこを。」
「ダンジョン深層。
そこでだめなら、次のダンジョン。
根こそぎだ!!」
アルトは嫌な予感を抱えたまま聞く。
「まあ、可能性はあるか……
……ちなみに、もし精霊と契約できたらどうすんだ。」
「技術独占して、超儲けてやる。
そんでシティーで豪遊して、村の奴らにマウント取ってやるんだ。
そして土木工事の生活に終止符を打つ。
打ってみせる!」
「感動を返せ。」
ポチがばうっと鳴いた。
エルディアは頷く。
「うん。
ポチのご飯も豪華にするよ。
高い肉だね。」
ばうっ!!
アルトは空を仰いだ。
たぶんこいつは英雄にはならない。
救世主にもならないだろう。
だけど、その道の果てにきっと何かを変えるのだろう。
やがて
「それじゃ索敵する。
いいな。危険を感じたらすぐに引き返すぞ。」
アルトの言葉にエルディアは頷く。
彼女達は考えた。
アルトが精霊魔術でダンジョン内を探知し目的の精霊を探り当てる。
闇は深淵に宿る。
よって目指すは深層。
そして闇精霊は、闇を好む。




