4話 ダンジョンアタック
刻印魔術。
刻印は、痛みと共に何かを刻み続けた証の意味でもあった。
故に、術者は知る痛みの分だけ、多くの刻印は刻むことができる。
《容量枠》。
刻印魔術において、最も重要とされる基礎概念。
人は誰しも、魂に“刻める数”には限界がある。
魔術、技能、加護、呪い、特性──それらを保持するための“空き領域”。
それこそが《容量枠》だ。
異常とも言えるそれらを刻みながら、エルディアには、いまだ《容量枠》の限界はきていない。
何百年と生きていなければ、ありえないほどに終わりが見えない。
(故に、血の穢れも凄まじい……ってか。
精霊がガン逃げするほどに……)
──ともかくもまあ、今更、エルディアから血の匂いを消す方法などない。
それが刻印魔術の代償なのだろう。
ちゃんと毎日体洗ってんだけどなー。
臭いのかなー……
おそらくそうではない。
闇属性の精霊を求めて、ダンジョン深層に向けて彼らは歩いている。
湿度は重く、魔力は粘つき、視界の端でさえ何かに見られている。
《火矢》。
エルディアから放たれた矢は、的確にゴブリンの眼窩を穿ち、別の一射はスライムの核を撃ち抜いた。
「動線が悪かったね。
隠れていたのは良かったけど、雄叫びをあげちゃうのは減点、」
「何批評してんだ。
エルディ──
……え?」
アルトが杖を軽く振ると、風の精霊が微かに流れを変えた。
それはほんの一瞬、敵の隠れていた場所をさししめす
ズガン!!
エルディアの両腕に刻まれた刻印が淡く赤熱。
再度炎の矢が飛ぶと、直後に物陰から飛び出そうとしていたゴブリンの喉を射抜いた
「……」
索敵したアルトが、声をかける前に。
命中。致命の一撃。
「うっし。適当に打ったら当たった。
これがラック特化よ!
どーよ!!ふふん」
《容量枠》数による、ステータスの暴力であった。
「エルディア。もう少ししたら飯でいいか?」
「まって、魔石をとらないと……換金アイテムを……うへへ。」
役割分担は完成していた。
戦闘⇒エルディア。
後方支援及び、補給及び、人間らしい尊厳ある生活の支援⇒アルト。
つまり、アルトによる精霊探知と魔力流の観測から、敵位置の把握。
そして、完全にそれらを全無視して突撃するエルディア。
「いいか。
そろそろ深層だ。
流石の俺もここから先は行った事はない。」
「私ある。」
「……そーすか。頼りになります。」
「ふっ。」
つっこんだら負けだ。
物陰からそれが覗く。
ミノタウロスだ。
おそらくは歴戦。一目でわかる。
上層の魔物とは違う。
“ここまで辿り着いた冒険者を殺してきた側”の生物。
ダンジョンの洞窟の天井すれすれまで届く巨体。
黒褐色の筋肉が鋼のように隆起し、全身を覆う剛毛には乾いた血が絡みついていた牛頭
巨大な戦斧。
その先端には、砕けた鎧の破片と、人骨らしきものが縄で括り付けられていた。
まだこっちには気づいていない。
「しゃーねえ。
戦うしかねーな。迂回するにもルートがねえ。」
「まかせて。
精霊魔術に全てを捧げた女の極致を見せるよ。」
「おまえって、いまだに精霊とは一つたりとも契約してねーけどな……
ツッコミが追いつかねえ……」
「秒殺でいーか。」
エルディア15歳。
その踏み込みは神速。
同時にエルディアの刻印が赤熱する。
ロックバレットによって、石を生成し、それを投げつけると巧みにミノタウロスの視界を奪う。
ふん!!
ドゴオ!!
そのまま流れるように接近し、ローキック。
カーフ──ふくらはぎを破壊され、膝をついたミノタウロスの顔面を掴み、エルディアはそのまま岩盤へと叩きつけた。
「……」
アルトはそれを見て思った。
これが最新の農家か。
やべえ。
エルディアはそのままミノタウロスの胸に腕を突き入れ、魔石だけを抜き取る。
血しぶきの中で、魔石の出来をチェックする姿は熟練の鑑定士の雰囲気を纏う。
凄まじい早業。
おそらく訳もわからずミノタウロスは絶命した。
蹂躙されるように。
階層と階層の合間には安全地帯がある。
また、女神の泉と呼ばれる聖なる泉の側では休むことができた
ご飯を食べる。
さっき出てきたミノタウロスだ。
さしが入った肉に魔術で火を入れるとかぶりつく。
「今更だが、なんでおまえってそんなに精霊にこだわるんだ?」
「今更じゃん。」
「いいだろ。聞かせろ。」
「ちょっと前から感じてたんだ。
でも最近言語化した。
精霊って、不労所得に似てるの。」
「……はい?」
「昔から漠然と感じていたの。
お金持ちとお金持ちじゃない人の違いって何かなって」
「お、おう」
──急にお金の話を始めたんだが。
こいつ。
「それは部下がいるかどうかって思ってたけど、多分違う。
答えは資産だ。
漠然と魔術はやりたいと思ってた。
両親が魔術師だからね
なら、その考えに基づき、魔術における資産とは何かなと。」
「そりゃ知識だろ。
魔術に対する。」
「差別するわけじゃないけど、アルトは生まれた時から魔術を扱える環境が整ってる。
魔術師の名家だからね。
例えば恵まれていない人、普通の人が魔術の知識だけで。それは資産と言えるのかなと。」
「農家だしなお前。
なら土地や、農地になるんじゃないか?」
「精霊は愛を与えた分、返してくれる魔術だよ。
そしてそれは与えた分だけ成長する。
全ての人間に愛を与える事はできないけど、精霊には多分、毎日愛情を捧げられると思う。
毎日与えてあげるんだ。
そうすりゃ魔力は爆増して、そのうち魔術の知識なんてなくても、世界のルールを変えられる。
増え続ける資産みたいに。
まあ、精霊魔術なんて一切使えないけどさ。」
「難しい問いだな。
専門家は嫌いそうだ。
精霊だけで循環してる。そこに人の知識が介在する余地が少ない気もするが。」
「だからいいんでしょ。
誰でも精霊魔術を使えるようにしたいんだ。
誰でも。
その上で最高の精霊魔術師は私だって胸を張りたいんだよね。」
「悪いが、魔術の世界はみんな頭がおかしい。
上には上がいる。」
「私で言えば、アルトみたいなね。」
「お前、そもそも精霊魔術使えないしな。」
「それね。」
彼女たちはダンジョン深層の、さらに未踏破領域。
やがてそこに辿り着く。




