42話 掴めよ。揺蕩う星よ
エルディアは舌打ちした。
最悪だった。
ミレイユでもない。
Aクラスでもない。
ドラゴンゾンビでもない。
今この瞬間、一番会いたくなかった相手だ。
こちらの手をうちを知り尽くしている相手!!
「どいて。アルト。
どけ。」
「嫌だね。」
昔からそうだ。
幼い頃からずっとそうだった。
あと少し。
あと一歩。
届きそうな場所にいるのに。
いつもアルトが先にいた。
魔術も。
勉強も。
人付き合いも。
精霊契約も。
何もかも。
アルトは祝福を受けたように上手くやる。
アルトが努力しているのは知っている。
誰よりも真面目なのも知っている。
だから嫌いにはなれない。
むしろ感謝している。
何度も助けられた。
何度も支えられた。
何度も背中を押された。
だけど。
今だけは。
本当に。
本当に邪魔だった。
「……どけ。アルト。
私はそれが欲しいんだ。
邪魔をすんな。」
「どかねーよ。
俺も負けたくねーしな。」
エルディアは前を見る。
アルトを見る。
「昔からさ、アルトはずっと私の前にいるよね。
何度も村を助けられた。
だから感謝してる。
だけど、いつもそれと同じくらい、いっつもむかついてるんだ。」
「だろうな。
知ってるよ。」
「私がどれだけ努力してもできない事を、いつも昔から飄々とした顔でアルトはやり遂げるんだ!!
どれだけ私が、血反吐はいても、出来なことをいつも!!
いっつもいっつも前にいやがって!!!」
「できたからな。俺は出来る事はやる。」
アルトは笑う。
人を食ったように、昔から変わらない。
その笑顔が、今は妙に腹立たしい。
アルトが言った。
「超えてみろよ。
エルディア。
もう横取りされんのはいやなんだろ?
俺もだよ。
だから、ただでやられる気はないぜ。」
──決戦戦だ。
学年順位でもない。
大会の勝敗でもない。
もっと個人的でもっと子供じみたもの。
それでいて、エルディアにとっては何より大事な戦いだった。
称賛も。
期待も。
感謝も。
いつも飄々とかすめ取る。
いっつもアルトは祝福の中にいた。
いっつも手が届かなかった。
汚泥のような中で──憧れたんだ
輝いていたから。
――ここで超える。
そうでなければ。
たぶん一生追いかけることになる。
だから。
エルディアは踏み込んだ。
焼けた森の隙間をすり抜けるように、まだ冷たさを残した風が頬をかすめていく
森の奥で連鎖的に木々が薙ぎ倒され、《屍竜》が動くたび、地面が遅れて沈み、裂け目から腐った魔力が噴き上がった。
誰かが叫んでいる。
まだ戦場は終わっていない。
何度打ちのめされても。
何度笑われても。
何度負けても。
それでも立ち上がると決めたから
『欠陥姫』などという名前ではない。
──私はアスだ。
空気を裂くように、アスは走っていた。
「竜のヘイトを押し付けても無駄だ。」
腐敗した竜威の突撃が、空間ごと押しつぶして『彼』の元へ向かう。
学年ランキング1位
ルミナス・アークライト
「『サラマンダー』」
超高密度の炎が一点に収束し槍となって放たれ、ドラゴンゾンビの胸部を融解させる
巨大な顎。
鋼鉄より硬い鱗。
死してなお残る圧倒的な竜威。
──一撃。
アンデッドは火に弱い。
とはいえ、竜を一撃。
これがルミナス。
「当然、スケルトンも相手にはならない。
お前が持ってるんだろ。
スケルトンの護衛が多いからな。」
穏やかな声だった。
アスは風魔術で森を抜ける。
焼け跡を駆け、崩れた地形を飛び越えるように。
「シルフ……!
お願い──!!」
アスは歯を食いしばって加速。
だが。次の瞬間に目の前に人影。
「え。」
「爆発魔術を利用した高速移動魔術だ。
細かい小回りなら、風魔術に劣るが、なかなかの速度だろう?」
ルミナスだった。
彼の魔術が死神の鎌のように振り下ろされようとしていた。
「終わりだ。」
「アス!!」
カトレアのウンディーネによる、水結界。
ルミナスは一蹴する。
カトレアとルミナスでは、そもそも立つ戦闘階層が違う。
「……っ、まだ……!」
それでも声は出る。
ルミナスは一瞥もしない。
「拙者。
諦めないでござるよ。」
スケルトン
骨の軋む音
カタカタと。
その中心に、オズワルドが立っていた。
「オズワルドか。
あれだけのアンデッド術の後でさ、さらに余力があるとはな。
だが限界だろう
もう無理だ。
あきらめろEクラス」
「諦めないでござる!!
拙者!!エルディアどのに教わったでござる!!
Eクラスだとか
キモデブ眼鏡だとか、
ネクラだとか!!
自分ではかなわないかもしれないとか!!
そんなことは全て関係ないでござる!
立ちはだかるならぶっ倒す!!
相手が誰でも関係ないでござる!!!」
「……よく言ったわ。オズワルド。
魔術社会は合理的なのは知ってますけど、でも合理的じゃないからって切り捨てられてたまるもんですか!!」
カトレアも立った。
積み重ねてきた全てをそのまま投げ出すように。
剥き出しに。
「ふ。
どうやら僕はまだ、君たちをみくびっていたようだ。
驕りがあった事を詫びよう。
君たちは心に剣を持つ、戦士だ。」
アスは結界石を抱き締める。
まだだ。
まだ終わらない。
「さあ、抗ってみろEクラスども。
目の前にいるのは、名実共に学年のトップ
ルミナス・アークライトだぞ。」
魔力が膨れ上がり空気が震える。
地面が軋む。
学年一位。
その称号が伊達ではないことを証明するように。
「その結界石を守りたいならな、僅かな逡巡がその身を焼き尽くすとしれ。
全開だ」
光が集まる。
圧倒的な。
眩い光。
カイゼリオンは静かに照準を覗いていた。
指先は震えていない。
不思議だった。
入学した頃なら考えられなかった。
人前で魔術を使うことが怖かった。
失敗するのが当たり前。
笑われるのが当たり前。
出来損ない。
魔術不全。
そんな言葉ばかり聞いてきた。
だからいつしか。
自分でも、自分に期待することをやめていた。
だがEクラスに来てエルディア達に出会って。
全部おかしくなった。
洪水。
火災。
落とし穴。
ドラゴンゾンビ。
精霊契約から、土木工事に至るまで、正直何一つ理解できない。
一切やばすぎて理解できない。
ついていきたくなったのは、わからなくても伝わるくらい本気だったからだ。
誰よりも。
本当にどこまでも本気で運命に抗っていた。
カイゼリオンも思った。
ずっと前に捨ててしまったようで、残っていたもの。
言い訳だらけでずっとしまっていたもの。
煤だらけで、埃だらけだけど、でも確かに残っていたもの。
その、反骨精神のままに。
俺も一発くらいは混ぜてくれよ。
いいだろ。
俺もおまえほどじゃないが、そこそこ負けず嫌いなんだ。
今でも覚えてる、
初めて思い通りの火魔術が発動できた感覚を。
できたじゃんと、その笑った顔を。
あの燻っていた何かに、確かに火がついた感覚を。
照準の先。
アルトと向き合うエルディア。
ルミナスと向き合うEクラス達。
どちらも限界だった。
どちらも死力を尽くしていた。
だから。
今しかない。
もう戦場には、ほとんど人が残っていない。
煙も薄れた。
射線も通っている。
奇跡みたいな状況だった。
「観測。」
隣のスケルトンが旗を振る。
カタ。
「風。」
カタ。
「距離。」
カタ。
「了解。」
カイゼリオンは目を閉じた。
深く息を吸う。
そして。
笑った。
「エルディア。
おまえからしたら、ほんのついでだったのかもしれない。
だけどな。」
聞こえるはずもない。
それでも呟く。
「マジでありがとう。
お前にとっては、俺のつまづきなんてほんのついでだったかもしれないけど、まじで感謝してるんだぜ。これでも。」
魔術不全だった自分が。今ここにいる。
誰かの役に立てる。仲間のために撃てる。
それだけで十分。
杖の先に光が集まる。
圧縮し収束。
極限まで。
魔力切れが近いのか腕が震えた。
泣いても笑っても、これが最後の一発だ。
「いけ。」
放たれた白い線が戦場を貫く。
音より速く。
視界の端。
見慣れた軌跡。
何度も見た。
Eクラスを支えてたのはエルディアだけではない。
アルトもまた、Eクラスの特訓に付き合っていたのだ。
「カイゼリオンか……!?
──間に合え!!」
アルトの魔力解放。
風が吹き荒れる。
「させないよ。
アルト。」
「どけエルディア!!!」
「シェイド!!
契約を履行しろ!
条件はわたしの魔力全部だ!!」
ぶるぶるぶる!!
エルディアを中心に黒い魔法陣が展開され、闇色の粒子が渦を巻いた。
「魔力吸収フィールド!?
精霊を用いた闇魔術の結界か!?
アルトの風魔術が露骨に弱体化する。
「だが甘い!!
シルフ!!相殺しろ!」
「それもさせない!!
《精霊絶対拒絶領域》!!!」
エルディアの周囲に、目に見えない壁が幾重にも重なると、シルフの姿が一瞬だけ揺らぎ、強制的に送還された。
「……精霊を拒絶してるのか!?」
エルディアは半泣きのような顔で叫んだ。
「見たか!! 精霊に好かれようとして開発した術式が、精霊を強制送還する術式になってしまったわたしの悲しみの大きさを!!!」
誰も返事をしないが、効果だけは絶大だった。
精霊系統の補助が一切機能しない。
召喚も契約強化も、領域に触れた瞬間に弾かれる。
それは、精霊に嫌われるという体質を術式まで進化させた、エルディアのやけっぱちの極地そのものだった。
「クソ!!」
アルトが手を伸ばす
光はすでに目の前だった。
結界石。
その中心へ。
吸い込まれるように。
そして。
ミレイユの顔が凍りつく。
アルトが目を見開く。
ルミナスが振り返る。
アスが息を呑む。
エルディアが笑う。
結界石は砕け散った。
光の粒子が空へ舞い上がる。
静寂。
誰も動かなかった。
動けなかった。
最後の一撃。
最後の決着。
それを決めたのは。
学年148位。
誰からも期待されなかった少年の狙撃だった。
遠い丘の上でカイゼリオンは杖を下ろした。
力が抜けて膝をつく。
そして小さく呟く。
「当たった。
あててやったぞ畜生
どーだAクラス!!!
ざま―みろってんだ!!
ふはははっ!!!」
隣のスケルトンが嬉しそうに震える。
カタカタカタ。
カイゼリオンは笑った。
いつ以来だろうか
心の底から笑ったのは
しがみつくように、いつまでも未練たらしく諦めなきれない自分を、心の底から誇らしいと思えたのは




