40話 屍操術
「──十体。」
誰かが呟いた。
最初は聞き間違いだと思った。
次に、見間違いだと思った。
そして最後に現実逃避した。
夢であってほしい。
だが間違いなく現実に存在していた。
十体。
十体の屍。
戦場のあちこちから巨大な骨竜が這い出してきていた。
祈りと恐怖の境界線が、ただそこにあった。
地龍の特徴をそのまま残している。
退化した翼をそれでも広げて咆哮する。
咆哮は世界への拒絶か、生そのものへの怨嗟か。
腐敗した魔力が大気を震わせる。
観客席が静まり返った。
教師席も静まり返った。
実況席も静まり返った。
誰も何も言えない。
あまりにも馬鹿げていた。
理解
評価
想定
それらを光の速度で置き去りにしていた。
ただ一つだけ確かなことがある。
──地獄があったらこんな感じになるだろう。
あいつら、とうとう本当の地獄を作り出しやがった。
「なんで十体なんですの!?」
制御したアンデッドの案内に従い、合流したカトレアが叫ぶ。
エルディアが答えた。
「だって第5競技で、わたしら龍を十体倒したから!」
「頭が悪い回答に、感謝で胸が張り裂けそうですわ!!
「やだ。褒めないでよ!
めずらしい!」
「ノー天気すぎる!!
そういう問題じゃありません!」
正論だった。
だがエルディアからしたら、それは当然の帰結だ。
第五競技竜討伐戦。
そこで仕留めた地竜。
使えるなら使わないと勿体ないでしょ。
最悪の形の資源の有効活用だった。
オズワルドが青い顔をしている。
「エルディアどの……
一応確認するでござる。
制御は?
今までの役割分担だと、拙者が召喚、エルディア殿が制御でこざったな!」
エルディアは親指を立てた。
それは最高にまっすぐ反り立っていた。
それはあまりに無邪気で、あまりに絶望的だった。
「無理。」
「でござるよね!!!!。」
オズワルドが膝をついた。
アスも叫ぶ。
「う、嘘でしょ!?!?
じゃあ今、竜がこの空間に10匹いるってこと!?」
「そのとーり!!
考えても見て。アス!!
屍竜が十体だよ?
無理無理。
人間に制御できるわけないって!!」
「「「最悪だこいつ!!!!」」」
──なんで出した。
誰もがそう思った。
瞬間。
ドラゴンゾンビの一体が咆哮した。
ギャアアアアアアアアアアアアア!
腐敗した魔力が波紋となって広がり、スケルトンの群れがまとめて吹き飛ぶ。
「拙者の軍勢がああああああ!!」
「味方判定ないからね!!
私も今確認した!!」
「せめて確認してから出してよ!!!」
二体目の咆哮。
三体目がそれに応じるように翼を広げる。
崩壊が連鎖していた。
Aクラス。
ミレイユが呆然としていた。
洪水。
長距離狙撃。
落とし穴地獄。
ゲリラ戦。
森林火災。
そして。
──ドラゴンゾンビ十体。
一体学園生活のどこで、こいつらに対策しろというのか。
──間違いなく授業ではやってない。
こんなの!!!
「……。」
ミレイユは結界石を抱えて、半分泣きながら空を見た。
光属性魔術師として。
優等生として。
学年七位として。
──初めて理解した。
これは戦術ではない。
災害である。
理解できないものってあるんだなー。
十体の屍が味方ごと蹂躙中。
戦場は滅茶苦茶。
洪水の跡。
今なお燃える森。
崩れた地形。
暴れるドラゴンゾンビ。
走り回るスケルトン。
もはや疑似オープンフィールドに競技場の原型など残っていない。
エルディアは燃え残った切り株の上に立ち、高らかに宣言する。
混乱の最中、スケルトンを制御して必死に集めたEクラス達だ。
「みんな聞いて!ここからが最終作戦です!」
Eクラス全員が嫌な顔をした。
「今までが前座だった!
勝利条件は簡単!
屍竜が場を荒らしている間に、私たちがAクラスの結界石を回収する!」
全員が息を呑む。
「チャンスは絶対にある!!!
なぜなら!!!
ドラゴンゾンビがどこへ行くか、私にも分からないから!!!」
エルディアは胸を張った。
その瞬間にその場にいたEクラス全員が同じことを思った。
──こいつ、マジで最悪だ!!
──だけど。
エルディアは静かに言った。
「アス。カトレア。
そしてみんなも。
オズワルドなんかは溺れながら。
ここまでよくやってくれた。
本当に感謝してる。
クラス全員の学年ランキングをあげたいなんていう、わたしのわがままでここまできた。
──ここまできてくれた。」
カトレアが呆れる。
「珍しく真面目ですわね。」
「最終決戦だからね!!」
アスも笑う。
「つまり次は無茶を言うつもりだよね!」
「うん。
全員で飛び込む。」
エルディアは前を見る。
誰も反論しない。
もうここまで来たのだ。
まともな勝ち方など存在しない。
──なら最後までやるだけだ。
泥だらけのEクラス。
傷だらけのEクラス。
だが誰も諦めていない。
「みんなもいい!?」
一瞬の沈黙。
「おおおおおおおおおお!!」
咆哮が上がった。
「行くぞおおお!!」
「ミノタウロス肉だあああ!!」
「別におまえのわがままに付き合ってここにいるわけじゃなえええ!」
「貴族連中に一泡吹かせてやりたかっただけだ!!!!」
その士気は異様に高かった。
──だよな。
そうこなくっちゃな。
遠くの丘。
カイゼリオンは。アンデッド通信でそれを聞いていた。
静かに《紅蓮狙撃杖》を構える。
観測スケルトンが旗を振る。
──命中同期魔術展開。
風向き。
距離。
魔力濃度。
──
そしてカイゼリオンは息を吐いた。
「射線確保。
──狙いうつぜ。」
杖先に光が集まり、圧縮。収束。
そして。
白い閃光が戦場を裂いた。
学年ランキング第7位。
ミレイユ・ラグナエルロード
それを守るミAクラス最後の盾。
学年ランキング第10位。
オルディウス・ヴァン=ヘキサグラード
《城塞術師》
彼はその光に反応し、瞬時に結界を展開。
何重にも。
閃光は結界を貫いた。
五枚を一気に貫き、胸元の判定結晶まで。
脱落判定の光が灯った。
「な……。」
観客席が揺れた。
──まただ。
またEクラスだ。
またあの狙撃だ。
「今だあああ!!」
全員突撃ぃぃぃ!!!!」
エルディアが叫び、彼らの最後の突撃がはじまった。




