39話 灼熱の《万魔殿》
森が燃えていた。
疑似オープンフィールド。
あくまで“競技用に用意された戦場”のはずだった森が。
けれど今、その前提は音もなく崩れ落ちていく。
炎は木々を舐めるように広がり、その常軌を逸した光景に空気そのものが悲鳴を上げていた。
──実況席は、言葉を失っていた。
実況席だけではなかった。
誰もが息を呑み、ただその光景を見下ろすことしかできなかった。
会場全体が、同じ沈黙に沈んでいく。
──こいつら、本気で殺しに来ている。
手段を選ばないにも本気で限度があるぞ。
──学生の大会だぞ。
学生の。
──たかが学生。
どこかで誰もが抱いていた“油断”が、炎よりはやく叩きつけられるように焼き払われていく。
エルディアは舌打ちした。
「ちっ。はやく尻尾を出しなさいよ……!!」
才能の集まりのAクラス。
自分が必死に積み上げたものを、平然と追い越していく連中。
生まれながらに選ばれた連中。
──才能がある上に辛抱強いとか、世界の法則に反してるから。
その想いには怒りと嫉妬と憧れがあった。
森は燃え
罠は機能し
洪水も起こし
アシュレインも落とした。
エルディアは、苛立ちと焦燥に任せて周囲を見回した。
燃える森。
暴れるスケルトン。
逃げ回るAクラス。
消火するもの
泣きそうなもの。
控え目に言って地獄絵図。
だけど肝心なの『結界石』。
Aクラスが保持している結界石。
それを破壊するか奪取すること。
それが勝利条件だ。
「──いた。
ようやく尻尾を出した!!
辛抱強いにも程があるのよ!!」
エルディアの目が細くなる。
戦場の奥。
炎と煙の向こう。
未だ崩れない光の結界。
その中心に立つ少女。
学年ランキング第7位。
──ミレイユ・ラグナエルロード。
光属性フィールドの使い手。
周囲のAクラスを守りながら、結界石を維持している。
「あいつだ。」
エルディアは走った。
煙を掻き分け、燃える森の隙間を抜けて、スケルトンを飛び越え。
向かった先。
そこには地面に膝をつくオズワルドがいた。
濁流に飲まれながらも、大量のスケルトンを維持し続けた代償。
顔色は真っ白だ。
「エルディアどの……」
「オズワルド。良かった。まだ落ちてなかったね。偉い。」
「先ほど濁流から上がったでござる。」
──普通に濁流で溺れていて、要救助者だったので、それがうまいこと隠れ蓑になっていたのだろう。
エルディアは真顔だった。
「疲れてるとこ悪い。
オズワルド、ここで決めるよ。」
オズワルドが顔を上げる。
炎の揺らめきの中で見るエルディアの顔は、いつもよりずっと静かで、ずっと強かった。
濁流で流され、泥まみれになった。
川から上がって燃える森の中で、その中心で、変わらず悪そうな顔をした少女が立っている。
──絶対、ろくでもない事を考えているでござる。
そのエルディアの表情を見てオズワルドは直感で理解する。
これは間違いなく“ろくでもない作戦”を考えている。
──だけど、この燃えるような瞳に引っ張られてここまできた。
エルディアはずっと付き合ってくれた。
誰もが敬遠した。
誰もが距離を取った。
この容姿。キモデブ眼鏡。
不器用でネクラな性格。
自分でも嫌になるくらいめんどくさくなる性格。
こんな自分に。
辛抱強く。
当然のように。
──そして彼女は、自分でも気づいていなかったことを教えてくれた。
気持ち悪いと言われたって、前を向いていいんだ。
みんなのために、やれることに手を伸ばしていいんだという事を。
──疲労は濃い。
だが同時に。
まだ立てる。
「本当のとっておきだ。
切り札を出す。」
「……拙者、魔力の限界は近いでござるが……出来るだけやるでござる。」
「第五競技《竜・撃退戦》で竜を何匹か倒したよね。
私達はその時の竜を、ちょうどこの近域に落とし穴で埋めた。」
エルディアは満面の笑みを浮かべる。
悪魔がいるなら、本当にこう言う顔をしているのだとオズワルドは思ったという。
「使うよ。竜。」
沈黙。
戦場の喧騒が遠く聞こえる。
「それすなわち《屍竜招兵》。」
オズワルドは頭を抱えた。
「やはりそう来られたか……
正気とは思えぬでござるな……」
「オズワルドも褒め言葉がうまくなったわねー。」
「褒めてないでござる……
いや、拙者も常識を大分どこかにおいてきたようだ……
エルディア殿のおっしゃることに、胸が沸き立つものがある。」
「理論上は可能だし、死体があるからね。
私もフォローする。
魔力はゲリラ戦でAクラスからシェイドがぶんどったから、たんまりある。」
エルディアは、悪だくみする顔で楽しそうだった。
彼女は全身でオズワルドを誘っていた。
屈辱の果てで。
敗北の際で。
落ちこぼれの泥の中で。
──一緒に、はちゃめちゃにしてやろうぜ。
悪魔だった。
この上なく悪魔の誘惑だった。
オズワルドはゆっくり立ち上がる。
魔力は限界。
体力も限界。
目の前には燃える森。
逃げ回るAクラス
あれを全部落とせば勝ちだ。
「成功率は低いでござるが……。」
「やれ。オズワルド」
「無理かもしれませぬ。」
「やるのよ。オズワルド。
キモデブメガネって呼ばれて悔しくなかったの?
見返してやれ。」
エルディアは笑う。
「ミレイユの心を射止めるんでしょ!!せっかく来た春なんでしょ!!」
「──確かに。
エルディアどの。
拙者。やるでござる」
二人は力強く握手した。
──エルディアは思った。
(でも多分、ミレイユはオズワルドのことは一切知らないと思う。
なんなら、こいつ気持ち悪いまであると思う。
世の中うまくかないものだ。
どんまい。)
エルディアの心中は、相変わらず最悪だった。
ミレイユは光の結界を維持していた。
燃え広がる森の中心。
崩れかけた戦線のただ中で、それでも彼女の光だけは揺らがない。
「持ちこたえて!」
その声は、悲鳴に近い祈りだった。
周囲のAクラスも必死に応える。
魔力を絞り出し、罠に対処し、押し寄せるスケルトンを弾き返す。
あと少し。
あと少し耐えれば勝てるはずだ。
誰もがそう信じていた。
信じなければ、立っていられなかった。
その時だった。
ゴゴゴゴゴゴゴ……
地面が揺れ、誰もが顔を上げた。
──またか。
またEクラスか。
もう本当に嫌なんだけど!!!
空に、巨大な魔法陣が展開されていた。
黒。
紫。
禍々しい死霊術式の証。
大地が割れ
そして。
『それ』が現れた。
巨大な骨の爪。
巨大な首。
巨大な牙。
巨大な竜骨。
誰かが呟いた。
「……嘘だろ。」
死してなお空を睨む巨体。
第五競技で討伐された地龍。
その死骸を材料にした──
屍竜
戦場が静まり返る。
そして次の瞬間。
Aクラス全員が叫んだ。
「聞いてない!!!」
「学生大会だぞ!!」
「なんでアンデッドドラゴンが出てくるんだ!!」
「ばっきゃろー!!」
「こっちが聞きたい!!」
Eクラスも叫んでいた。
全員知らなかった。
屍竜がゆっくりと頭を下げて、真っ直ぐミレイユの結界を見た。
光属性に嫌ったアンデッドの反応だろう。
──ミレイユの顔が引きつる。
学年7位。
光属性の天才。
天才の名をほしいままにしてきたその人生。
その彼女が、生まれて初めて本気で思った。
――もうやだ。帰りたい。
禁断の大技。
《屍竜招兵》




