38話 パンデモニウム
まるで戦場の空気そのものが、息を呑んだかのようだった。
アシュレインが杖を構え、魔術式を展開しようとした、その刹那。
――閃光。
白い線が戦場を走った。
次の瞬間、アシュレインの防御結界がまるで硝子細工のように一瞬で崩壊する。
「っ――!?」
轟音。
衝撃。
そして。
アシュレインの胸元に命中判定、脱落を示す光が灯った。
実況席が戦場が静まる。
誰も理解できなかった。
何が起きたのか。
──アシュレイン本人すら。
「……狙撃?」
誰かが呟いた。
そして全員が同じ方向を向く。
遥か遠方。
森を越えた先の丘陵地帯。
あり得ない距離。
見えない程の向こう。
そこに人影があった。
小さな影。
揺れる旗。
観測手のスケルトンが旗を振っている。
さらに向こうに、大型の魔術杖を構えたEクラスのであろう人影。
学年ランキング148位。
カイゼリオン。
『彼はそう呼ばれていた』
魔術不全。
落ちこぼれ。
才能なし。
劣等生。
今大会でも一切目立った活躍はなかった。
この瞬間におけるまで、一切の──
「命中。」
彼は静かに呟く。
長杖の《紅蓮狙撃杖》から白煙が上がる。
隣のスケルトンがカタカタ震えた。
──喜んでんのか?
全然わかんねえ。
オズワルドみてえな奴だ。
「距離500。
へ。見たかよ。
どうだ。風穴開けてやったぜ。
彼はすぐさま、次のスナイピングポイントに移動する。
「馬鹿な!」
「あんな距離から!?」
「魔力感知域外どころか視界外だぞ……!」
実況席、教師陣ですら絶句していた。
通常の魔術射程を遥かに超えている。
そもそも見えない。
──見えない相手をどう撃った。
カイゼリオンは魔術回路が逆回転するという特異な体質だった。
それゆえ既存の術式は扱えず、それはそのまま、何者にも染まっていない事を意味した。
術式構築速度。
魔力制御。
詠唱。
魔術師としての常識に従うなら、より成績や出世につながる魔術領域を伸ばすのが良い。
彼は一人遅れて、その自らが進むべき未来を選ぶことになった。
そして彼は『それ』を選ぶ事をためらわなった。
Eクラスの為に、他の全てを捨てる道を。
『射程』だ。
命中の為の術式は、エルディアが組んだ。
観測手と同期する命中術式。
それを必中に近い領域まで術式を制度を高めたのは、間違いなく彼の努力だ。
彼には、既存の術式に染まり切っていない利点があった。
それに、もともと慣れていない術式を扱う事にはなれていた。
そしてひたすら遠距離だけを鍛えた。
目立つ事を捨て、部品となる事を願い、誰も見ていない場所で。
ひたすら。
──ひたすら。
────ひたすら。
結果。
静かにそれは完成した。
誰もやらない魔術。
なんなら、貴族の概念に真っ向から喧嘩をうる術式。
目立ないし、騎士道からも完全に外れている騙し討ちの極地。
《超長距離収束射撃》。
でも望んだ。
後悔はなかった。
普通なら無駄。
普通なら非効率。
普通なら役に立たない。
一切実用的ではないと切り捨てられるだろうし、前例もない。
──でも彼女は言ったんだ。
『カイゼリオンならやれるよ。カイゼリオンにしか頼めない。
だって、泥沼の中で駆けずり回るのには慣れてるでしょ?私と同じよーに。』
ただ術式が完成したとして、それを実戦で命中までもっていくには多くの障害があった。
アシュレインの索敵網。
Aクラスの連携。
強者達の布陣。
エルディアは彼を高台へと誘導し、その一瞬だけ奇跡のように射線を通す。
戦場全体が混乱し、
誰も後方警戒をしておらず、
物理的な射線を通しておいた上ではじめて生まれる、
その必然の隙間を。
カイゼリオン。
彼は見事に切り取って見せた。
アシュレインが脱落した。
はっきり言って罠を戦術に組みこむEクラスにとって、勝負を投げたくなるほど、彼の影響はあまりに大きかった。
Aクラスの索敵網。
広域探索。
伏兵の発見。
罠の解除。
──etc
脱落を確認し、間を置かず、スケルトン同期による合図がEクラス全員に下された。
『アシュレイン撃破。作戦は第二段階。逃げろ。』
戦局は次の段階に達した。
Eクラス全員が走る。
森へ。
「お、おい。あいつら逃げてくぞ」
「森へ入った!!追え!!追えー!!」
木々の間、薄暗い林の奥へ滑り込むように消えていく。
濁流から逃れたAクラスが次々と追う。
当然だ。
EクラスとAクラスの戦力差はまだ圧倒的。
ここで押し潰せば勝てる。
誰もがそう考え、だから森へと消えたEクラスを追った。
──そして一人目が落ちた。
「──え?」
穴自体は深くはない。
致命傷にもならない。
ダメージはないが足は止まる。
「罠だ!迂回しろ!!」
「待て!!こっちもだめだ!!迂回しろ!!」
また落とし穴。
さらにその横。
「なんで同じ場所に三つもあるんだ!?」
「知らん!性格悪すぎだろ!!!」
「作った本人に聞け!」
木々の上。
「やっほー。」
ただのエルディアだった。
同時にエルディアからの視覚情報が、アンデッドを通じて各Eクラス生徒へ。
『誘導開始』
『第二層展開』
『北からは10名ほど』
彼女は猿のように森の奥へと消えた。
Aクラスは追おうとした瞬間に、また落ちた。
「だからなんでここにも穴があるんだ!」
「穴しかないんですの、あの女!」
声が聞こえた。
『ようこそ。Aクラスの諸君。
我がEクラスの決戦領域。
──『万魔殿』へ。
せいぜい楽しんでくれたまえ!!』
戦局は、アシュレインの脱落によってゲリラ戦へと突入した。
そして。
観客席。
教師達も黙っていた。
「……。」
「……。」
「これ魔術大会だよな?」
誰も答えなかった。
「魔術は一応使ってんじゃないですか?」
「どこで?」
穴を掘る時に。
Aクラスの顔色が変わる。
森そのものが怪しい。
どこから罠が来るか分からない。
進軍速度が落ちる
慎重になる。
この大会が始まってから、エルディアはスケルトンの遠隔操作を行い、落とし穴や罠を設置し続けた。
掘って。
掘って。
掘って。
掘り続けた。
Aクラスの生徒が木陰に飛び込む。
安全確保。
そう思った。瞬間。頭上から網が落ちる。
「なんで網が!?は?網!?」
「知らん!」
「木の上まで罠だらけだ!」
「こっちはロープだ!!畜生足を拘束された!どうやって設置したんだ!てゆーかどうやって用意したんだ!!」
「スケルトンの遠隔操作以外ないだろ!!
とんでもない精度のアンデッド遠隔操作術で、網や罠などの工作物を作りあげたんだ!!」
明らかにおかしかった。
戦っていない。
魔術の撃ち合い
術式の読み合い
属性相性。
それらはまちがいなくEクラスを圧倒している。
にもかかわらず、Aクラスばかりが減っている。
誰かが呟いた。
「……これは魔術じゃない。」
──狩りだ。
森を見渡す。
そこにはEクラスが作り上げた罠だらけの森。
《万魔殿》が拡がっていた。
ここは教室ではない。
競技場でもない。
そして貴族の決闘場でもない。
獲物を追う者と。獲物を狩る者。ただそれだけの世界だった。
そして彼らは「それ」に気づいた。
──なあ、おい……
まじかよこいつら。
森の奥まで誘い込み、逃げ道を封じたうえで。
あいつら、森に火をつけやがった。




