29話 タコ殴りタイム
全ての人間が固まる。
全ての人間がだ。
ようやく再起動した実況が、震え声で叫ぶ。
『え、えーっとォォ!?
地竜が……!
落下しましたァァ!?』
──第92回学年クラス対抗戦。
歓声。
熱狂。
栄誉。
誇り。
学園中が、若き才能達の輝きに酔っていた。
貴族達は気高く。
魔術師達は華麗に。
誰もが、この学園最高峰の祭典に相応しい戦いを繰り広げてた。
――その裏で静かにエルディアは穴を掘っていたのだ。
競技中。内緒で。
“学食代を浮かせたいエルディアによる土木作業”。
それすなわち。
落とし穴を。
「うおおおおお!!」
「昼食半額!!」
「俺達の明日は守られた!!」
「行くぞォ!!
食費の敵を殺せェ!!」
その様は完全に蛮族。
まるで午後のお茶会でも始めるみたいにエルディアの声は軽い。
「さあ、罠にハマった哀れな子羊をタコ殴りにするわよ。
ちょっとでかいだけのトカゲが、学食の割引を求める人間に勝てるとは思わないことね。」
割引は、地竜より重い。
熱狂は“狩りの形”に変わる。
竜が咆哮するが、その巨体のほとんどは既に落とし穴へ沈んでいる。
牛が崖を登れないように、竜もまたその例に漏れない。
「──《屍兵招来》」
闇属性魔術によって生み出された無数のアンデッドが、蟻の群れのように竜の感覚器へ侵入していく。
周囲からは、さらに大量の土砂。
Eクラスの土属性魔術師達が、まるで公共工事のような精度で穴を埋めていた。
やがて実況が、震える声で告げる。
『り……竜。
生体反応……停止……
Eクラス……討伐成功です……
最速……です』
観客席。
実況席
教師。
静寂。
いずれも沈黙に沈む。
──誰も理解できなかった。
これが本当に学園対抗戦なのか。
騎士道
名誉
誇り
それらを全て冒涜する、まるで名伏し難い何かと出会った時のような、足元が土台から崩れ落ちるような感覚に襲われていた。
──制限時間内に竜を討伐した場合、竜は追加される。
「エルディア!
追加の竜ですわ!!
意外と早い!もう召喚をおえております!!
方角と距離を報告します!!」
「了解。
いい位置!
出現ポイントは予想通り、あまり工夫はない!!
竜を出せばいいと思ってる位置だ!!
これなら、私の戦術迷宮にハメられる!!
目的のポイントまで誘導するよ!
アス!!いける!?」
「もち!任せて!」
アスが風属性で、竜の目の前に躍り出ると、誘導を始めた。
落とし穴は探すまでもなくたくさんあった。
一杯掘ったからだ。
──やがて。
ドゴオ
竜は落ちた。
「落下確認!!埋葬工程、二体目入りまーす」
「穴の深さ、足りる?」
「増設しますー。」
静まり返る観客席の中で。
Eクラスの、妙に晴れやかな声が聞こえていた。
「しゃあこのやろお!!追加ドラゴンだあ!!」
「ポイント効率上がったあ!!」
「これもうボーナスステージだろ!!」
会場は、やはり静まり返っていた。
──なんか違う。
──なんかずるい。
王道でもない。
努力でもない。
友情でもない。
──これは何を見せられている!?
嘘みたいな速さで、竜はまた一体、一体と穴へと屠られていく。
Eクラス、総ポイント獲得数、3000。
──Eクラス、再びトップへ。
二度目ともなれば、もはや驚きは悲鳴に変わる余裕すらない。
それは、間違いなく競技ではなく捕食だった。
貴族の持つノブレスオブリージュとは真逆の概念。
生存に特化した、生存競争そのものが群体と化した姿。
それが今まさに、暴虐の化身とも言える竜を飲み込み、そして土砂の中に沈むその最後の姿は、黄金の瞳。
それすらも、アンデッドの群れに覆われ――沈んだ。
それは、まさに、墓葬であった。
エルディアは、その点数を眺める。
1競技で取ることのできる点数は、大体MAX1000点だ。
第5競技で1位には返り咲いたが、第1〜第4競技まで上位に君臨し続けたAクラスとの差は僅差。
「うちが4000。
Aクラスが3800ですわね。
僅差ですが、トップはトップです。」
「なんだか、この状況は山を思い出すなー。」
「山ですか?」
「山ってさ、冬の終わりで誰も死なずにいけると思って冬を越すと、必ず誰か死んでるんだ。
今年はいけるかもって思うんだよ。
カトレアは貴族だから、聞いたことあるでしょ。冬に領民が減った。
対策を立てないと。」
「……」
「食料もある。
みんな元気。
誰も死なない気がする。
でも春になるとさ。
絶対に誰かいなくなってるんだ。
それを越えるためにここに来た。
魔術学院に。
ここで満足したら、今までと変わらない。
私は1人も死なせたくない。
仕方ないって諦めるのは、もう嫌なんだ。
完全勝利以外、絶対に認めない。」
「……あなた、単なる能天気だと思ってだけど、色々考えているんですね。」
「幸い、まだ仕掛けはほとんど残ってる。
駆け抜けるよ。カトレア。
全部ねじ伏せて、全部手に入れてやるんだ。
ずっと手からこぼれ落ちて、どこかで満足して目を背け続けてきた、大切なものを取りこぼさないために。
ここで全部、ねじ伏せてやる!!
悪魔に魂を売ってでも!!」
「え、ええ。
……わかりましたわ。」
頷きながらカトレアは思った。
まだ落とし穴いっぱいあるんだ……
多分こういうことだろう。
悪魔=大規模土木工事の最終工程。
残すは最終戦。
すべての勝敗を決する、最後の種目。
だがその最終戦の前に、途中経過の個人ランキングが静かに発表された。
魔導投影盤に淡く光る文字列が浮かび、その一行目を見た瞬間、もう何度目かになるのだろうか。
空気が止まっていた。
■個人総合ランキング
1位:――Eクラス・個人
オズワルド・クロスノヴァ=ヴァレンシュタイン
2位:Aクラス・個人
ルミナス・アークライト
3位:Aクラス・個人
アルト・ウィンドリィ
4位:Aクラス・個人
──
5位:Aクラス・個人
──
「……は?」
誰かが声を漏らす。
──オズワルド・クロスノヴァ=ヴァレンシュタイン。
誰!?




