21話 ルールを改変するー2
学院魔導工学棟《第七演算室》。
高窓から差し込む夕陽が、幾重にも積み上がった術式書類を赤く染めていた。
ここは学院でも特殊な場所だ。
貴族たちが利権を握り、上級生が派閥を築き、卒業後の魔導企業や宮廷魔術院が多く癒着している。
生活指導の教師ですら近づきたがらない“裏”。
生徒は絶対に踏み込んではならない場所。
「特許申請、お願いしまーす。」
その空気を壊したのは、Eクラス所属。
学園ランキング121位
──エルディア。
受付席の向こう側。
銀縁眼鏡。
整えられた黒髪。
腕には風紀委員章。
ルールを愛する風紀委員の男子生徒は、顔も上げずに書類をめくる。
同期システムには特許が必要であり、エルディアはそれを申請した。
「所属を確認する。推薦状は?」
「ないです。」
「貴族家からの後援は?」
「ありませーん。」
「共同研究者は?」
「いませーん。」
「…………」
ようやく彼は顔を上げた。
そして学生証を見て、完全に理解した顔になる。
──Eクラス。
学院ヒエラルキー最底辺。
貴族社会では、才能よりも“血”が重い。
つまり実績よりも“家”が重い。
この《第七演算室》では特に顕著だ。
「誰に支援されているか」は、「どんな魔術を使えるか」よりも遥かに重要となる。
だから彼は、少し笑った。
続く言葉には、揶揄が混じっていた。
「面白い学生がいたものだ。
確かにその通りだ。
《魔力位相同期網》。
共鳴統合術式なんて呼ばれているな。
同期魔術など、Eクラスには分不相応だろうに。
その制御は困難を極める。
貴族派閥ですら扱いきれていない。」
「相応、不相応は問題ない。
Eクラスかどうかも。
特許化の許可が降りるかどうかは、申請するか、しないかでは?
それに認識の齟齬があると思うけど。
見栄えが悪いから同期魔術は、貴族社会では浸透していない。」
その返答に、風紀委員の一人が、露骨に眉をひそめた。
平民は、もっと怯えるもの。
もっと媚びるもの。
もっと“お願いする立場”でいるものだ。
──なのにこの少女は『最初から対等に会話している。』
気に入らない。
「制度を軽く見るな。」
風紀委員の男子生徒は淡々と言った。
「魔術特許とは利権だ。
術式は財産。
犯罪に活用されたり、術式自体が危険なものも多いからだ。
無断使用そのものが違法になるものもある。
だから管理される。
だから貴族が押さえる。
だから金が必要になるんだ。」
彼は書類を軽く指で弾く。
「君の活用しようとしている魔術は、まさに特許制だ。
使用には正式な許可と対価が必要になる。
つまり使用するには金がいる。
到底平民には払えないだろうけどね。」
「いくら?」
「一年間の利用で、銀貨三十枚《約11万円》。
払えなければ没収せざるを得ないし、許可もでない。
なんなら違反すれば罰則に触れる事もある。」
「同期システムだから一人では活用できないと思うんだけど。」
「当然人数分の料金が必要になるね。」
「……そんな。」
「払えなければ、使用許可は絶対に出さない。
学校に掛け合っても無駄だよ。
ビタ一文まけられない。
制度として決まっている。」
空気が静まり返る。
──これは追い返しだ。
周囲の風紀委員たちも理解していた。
貴族価格に値段を吊り上げたのである。
到底、後ろ盾のない学生一人が払える額ではない。
「くっ……」
「帰るといい。」
どさ。
重い音がして風紀委員の眉が動く。
「……何かな?この革袋は……」
「何って、お金だけど。」
「いや…………ねえ、帰る流れだったよね。君。」
彼は乾いた笑みを浮かべる。
「帰らないわよ。
なんで契約してないのに帰るの?そのためにきたのに。
それじゃ契約成立で。
30人分よろしく。」
「はい?」
「あなたが言ったんだからね。
人数分払えばいいんでしょ?
んじゃよろしく。」
沈黙。
風紀委員はゆっくり革袋を開く。
金貨ぎっしり。
室内の空気が変わった。
風紀委員の一人が息を呑む。
「おい……
まさか本物か?」
「……全部、現金?」
「鑑定魔術をかけろ。」
エルディアは、全て事が終わりましたみたいな顔で、彼らを見ていた。
──本当は、さらに釣り上げる気だったんだろうな。
貴族用の値段設定だったけどまー、平民だと思って、財布の想定を見誤ったね。
「んじゃまた。」
エルディアは、特許代を一括で払って去った。
キャッシュで。
唖然とする風紀委員がその場に残されたという。
エルディアの手元にあるのは30人分の証明契約書。
(とりあえず、ここまでが限界だろーなー。)
資金はほぼ使い切った。
制度も、特許も、同期網の基盤も整えた。
ここから先は、もう金では動かせない領域になるだろう。
あとは地道に行くしかない。
すなわち、シェイドのレベル上げだ。




