187話 ランキングぶち壊し案
リリアは顎に手を当てた。
「ねえエルディア。
なんでこんなことを?」
「ん?
最近私ってさ、世界魔術連盟から目をつけられててさ。
どうも近々、そこから身辺の監査に来るっぽいんだよね。」
「はい?」
リリアは、ゆっくりと瞬きをした。
しん、と、部屋が静かになった。
どこかで、時計が、ちく、たく、と鳴っている。
エルディアは、にこにこしている。
花束でも渡したあとみたいな顔で、小首をかしげた。
「どうかした?
リリア先輩。」
「世界魔術連盟がくるとして、なんであなたの身辺の調査に、魔術学院が関係してくるのよ……」
「ランキングの監査ついでに、私の研究資料をなし崩し的にみたいんだってさ。
学校に所属してる限り、『生徒の研究結果は学院に帰属する』」
ぐしゃ。
リリアはエルディアの要求書を、握りつぶした。
(……どうかしたじゃないんだよお、クソが。
こいつ、まじに爆弾を持ち込みやがった。
これ、マジに魔術連盟来るなら、本気でなんとかしないと、アーカム魔術学科が終わるんだけどぉ!!)
「……エルディア。
この話って、誰が知ってるの?」
「誰も知らないよ。
リリア先輩だけ。えへへ」
「えへへじゃないからあんた!!
ぶっ飛ばすぞ!!!」
「喜んでくれてうれしーな」
「喜んでないから!!!」
深く、息を吐く。
吐ききったところで頭の芯を冷やし、怒りの代わりに頭に数字が並び始める。
「……まず、署名か……?
だとして厳しくない?
署名を持っていっても、自分の首を絞める紙に、判を押す理事会だとは思えない」
「嘆願書に穴はないよ。
そこは信用してくれていい。
これは善意の提言だよ、先輩。」
「世界魔術連盟に目をつけられた原因は、あなたでしょう。
自分で火を点けておいて、『急いで消さないと燃えますよ』と教えに来るのは、善意とは言わない。
嵌めてる、って言うのよ。」
「でも、ほら。」
エルディアは、卓の上の要求書を、指先でとん、と叩いた。
悪びれた様子は、少しもない。
「もう、やっちゃったから。」
「次にそれを言ったら、わたしは、降りる」
「大丈夫だよ。先輩って優しすぎるから。
泣きつかれたら、ほっとけない。
全国大会の時も、そうだったでしょ。」
「…………」
リリアは、立ち上がりかけた姿勢のまま、固まった。
「……選んだのは、わたし。
あなたに、嵌められたからじゃない。
損得で動くわよ。あなたの1番、得にならない形で。」
この時だけはエルディアは困ったように笑った。
「それは困るなぁ……
先輩。頼りにしてる。
お願い。手伝ってよ。」
「……」
リリアは嘆息した。
「……ったく。
最初から、それ言いなさいよ。」
「さっすが先輩っ!」
「調子いいんだから。」
リリアは深く息をついて観念した。
◆
「善は急げね。」
リリアはすぐにエルディアの手を引いて歩き出す。
「わわっ。」
「時間がない。
ランキングを是正するためには学校を動かさないとならない。
そのためには然るべき手順がいる。」
「ここ、生徒会室?」
「入るよー
リシェルー」
そこにいたのはリシェル・ラグナエルロード。
「あら、リリアじゃない。
……そちらの方は……
げ。エルディア。」
「……つまり、連盟が来る前に、学院の制度を、先に動かしてしまいたい、と。」
「そういうこと。」
「全く、どうしてこう、厄介ごとばかり持ってくるんですかね。リリアは。」
「今回は私じゃない。
わかってるでしょ」
「そのようですね」
長い沈黙のあと、リシェルは話し始めた。
「理事の方々とはその礼拝のたびに、お会いしております。
学院長先生とは、礼拝のあとに、お茶をご一緒してるので、お願いくはいはできると思います。」
「なら」
「いけるね。」
エルディアとリリアは顔を見合わせた。
「でもこの件は無かったことに。」
「なんで!?」
「エルディアと関わると碌なことにはならないからです!!!!
さあ、お帰りを。
リリアの頼みは聞いてあげたいけど、その女がいるなら別です。
リリアは、エルディアに甘すぎです!!」
「……」
リリアは、天井を仰いだ。
(……確かに。)
エルディアは、しばらく黙って考え込んでいた。
それから、ぱん、と手を打つ。
「わかった。
リシェル先輩。骨付き肉あげるから。」
「いりませんから!!!!
なんなんですか骨付き肉って!!!
本当にそんなんで、あなた説得する気あるんですか!?」
「あのミノタウロス・オメガのエイジングビーフだよ。
以前食べたものより、数段上だよ?」
「いや、だから私は、お肉で動いたり……」
「熟成、四十日。
脂身が、こう、とろっと」
「じゅるり……
ひ、聞こえません!
聞こえませんから!!」
リシェルは、膝を抱えたまま、ぎゅっと目をつぶっていた。
ぷるぷると震えながら、頭の中で、ひとり会議を開きはじめる。
(確かにあのミノタウロスの肩ロースはえぐかった。
いえ、待って。待ってください、わたし。
お肉で揺らいでは、人としてどうなんですか……?
でも、あの、四十日熟成の、あの……)
「……ううう……」
リリアは気づいた。
(嘘でしょ。
リシェル……泣いてる……)
「これ、試食用。
リシェル先輩、
どうぞ。」
「やめて!!
肉の物量で攻めないで!!」
ふわり、と、香ばしい匂いが広がった。
リシェルの肩が、びくん、と跳ねる。
「…………」
長い、長い沈黙。
やがて、リシェルは、ゆっくりと顔を上げた。
「ぐすん。わかりましたよー
一口だけ、一口だけ食べて決めればいいんでしょ!!!」
そしてリシェルは陥落した。




