186話 世界魔術連盟
世界魔術連盟、技術監査局。
壁一面を覆う水晶盤に、大陸各地の魔力反応が、光点となって瞬いている。
「――報告します。」
若い監査官が、緊張した面持ちで報告書を読み上げた。
「方向A『スピリットサーマルネットワーク』の研究、観測継続中。
魔の森、旧研究区画の周辺にて、断続的な魔力の鳴動を確認しております。」
「うむ。ファティマ様の指示によるものだが、懲りずに危険な方向へ進めておるか。」
「ですが……数日前、魔の森周辺で、方向Aとは無縁の未分類反応を検知しました。
規模は、オメガ粒子換算で『大陸崩壊級』。
一部区画では、季節の摂理を捻じ曲げる急激な気温低下も確認されています。」
「……『大陸崩壊級』、だと?」
「さらに約二十分後、第三の反応。
空間座標に歪みが生じ、直後に局所的な超高熱を観測。
その後、すべての反応が、忽然と消失しました。」
沈黙が鉛のように落ちた。
「……対象地域は。」
「地形改変レベルです。
地面が、文字通り抉り取られておりました。」
「馬鹿な……
我々が『災害級』と分類してきた事象を、単独で、数分で鎮圧したというのか。」
室内を、凍てついた静寂が支配した。
「……エルディアか。」
誰かが小さく呟いた。
「おそらく。」
◆
「――ウィンドリィ家の者が、こちらに?
……通せ。」
扉が開き、一人の青年が入ってきた。
「貴重なお時間を賜り、感謝いたします」
「随分と、早いな。
魔の森にて発生した一連の異常事象について、審議会は、まだ招集前のはずだが。」
「遅れて頭を下げるより、先に下げたほうが、安く済みますので。」
ウィンドリィ家の嫡男、アルト・ウィンドリィ。
されど背筋は聖剣のごとく真っ直ぐに伸び、その足音には一分の乱れもない。
「……かけたまえ。」
アルトは、携えた書類の束を、議員の机に置いた。
初老の議員はパラパラと書類をめくる。
「『管理不備による偶発的事故』。
故意ではない、と。
――正直に言おう。
これが出てくる前は、我々も『隠蔽されている』と考え、強硬な対応も已む無しという空気だった。
先に、こうして説明されてしまえば、話は変わる。
――『事故だった』
『既に対処した』
『説明にも来た』。
これで、我々に何を追及しろというのだ。」
議員は、書類を机に置いた。
「――良い判断だ、ウィンドリィ卿の御子息は。
この件、穏健な形で処理するよう、私から審議会に働きかけよう。」
「感謝いたします。」
アルトは、深く一礼した。
廊下に出たアルトは、そこで初めて、長く息を吐いた。
「……根回しがどんどんうまくなるんだが……俺……
こうやって人間は、貴族の闇を乗りこなす汚い大人になっていくんだなー……」
それから彼は、懐から次の書類を取り出し、足早に歩き出した。
◆
アーカム魔術学院、応接室。
リリアが呼び出しを受けて入室したのは、つい先ほどだ。
「……あら? エルディアじゃん?
なんでここに?
わたし、事務の人から『お客様がお待ちです』って言われたのよ?」
「やっは。リリア先輩。
待ってたよ。」
「待たれる覚えがないんだけど……」
「私が、客だからね。」
「そう……客なのね……
へ―客ー。
そっかー。客なんだー……」
リリアは、ぱちりと瞬きをした。
応接室に後輩の生徒がいる。
それも、『来賓用の上座』に。
「……ねえ、エルディア。
ここって、どうやって押さえたのかな?
応接室。
学校が大手の客を呼ぶときにしか使わないんだけど。
すでに嫌な予感しかしないんだけど。」
「でもほら、私っていま、ウィンドリィ家の使者の扱いだから。」
「へー。ウィンドリィ家の使者……
……制服なのに?」
「だね。
制服なのに。
はい、これ。」
エルディアは、卓の書類を、すっとリリアの側へ滑らせた。
──アーカム魔術学院 ランキング制度 是正要求書
「ささ。どうぞ。」
「何これ。」
「アルト経由でシルヴァ家の令嬢。リリア・シルヴァへの正式な手続き。」
「……用件は、『制度に関する重要な折衝』?
いや、ただまあ、手続きは完璧でも内容はどうせ悪だくみでしょ?
よくもまあ、息を吸うようにスムーズに進めるわね。」
「褒めないでよ。えへへ。」
「褒めてないから!!
褒めてないからね!!」
観念したようにリリアは天井を仰ぎ、それから、ふっと笑った。
「……もう。
わかったわ。話は聞くから、せめて、お茶を頼ませて。
応接室なら、頼めるはずよね」
「すでに二人分、手配済みだよ。
長くなるからね。
どうせだから1番高いの用意してもらった!!」
「楽しそうでなによりだわ!!!
準備が良すぎる!!!!」
最近学校来てないから何してんのかなと思ってたけど、エルディアのこのノリ、当たり前だが変わってないわね。
リリアは提出された書類をパラパラとめくった。
そして、リリアは凍り付いた。
「あ、あんた……これ……」
「よくできてるでしょ。
寝ずにしあげたんだー」
こいつ。
学園をぶち壊す気だ。




