185話 一回目の続き
「数が合わないんだ、エルディア。
冬を止めても、止まった分だけ、どこかが凍る」
「いや、冬は冬だから、そりゃ止まらないと思う。」
眠れていない彼は、力無く笑った。
「確かに」
彼が己の過ちに気づいたのは、もはや引き返せぬ領域に、世界が踏み込んだ後だった。
「うーむ。
今日もダメだった。
ゼフィラの声は聞こえないなー。」
「焦る事はないさ。エルディア。
君には才能がある。
並外れた精霊への適性が。」
精霊ゼフィラ。
風の精霊、あるいは名もなき精霊。
ファティマはなぜかそう呼ぶが、名前はあるじゃねーかという突っ込みは、いつもエルディアは喉まで出かかっていた。
「ゼフィラは、未来を視る。
断片だけだけどね。
凍らぬ水路。
雪の中でも消えぬ火。
千里の彼方へ声を届ける仕組み。
それを、世界中に広める。
冬を終わらせるのは、僕じゃない。
人が、自らの手で越えられるようにするんだ。
そうすれば、僕がいなくても、誰かが間に合う。」
「僕がいなくても。
……先生また言った。
僕がいなくても。
先生。
私、嫌いだな。先生のその言い方。」
ファティマは、自分のもつ技術を惜しみなく世界中に配った。
図面を書き、職人に渡し、国々を回って、頭を下げた。
ファティマの理想とその叡智は、すでに仕組みとして形を成し──世界魔術連盟と、それは呼ばれた。
そして、終わりは突然訪れた。
オメガ粒子は、未来を内包する。
内包された未来は、いくつもある可能性事象の中から、ひとつに傾く。
その傾きと可能性の密度が高いほど、凍った時間の底から、エネルギーが取り出せる。
冬を止めるたび、世界のどこかが静かに凍りつき、蔓延しすぎれば世界そのものの時間が凍りつく。
「ゼフィラの声が聞こえる……先生。
遅すぎだよ……
今更聞こえてもどうにもならないよ……」
「……そうか。
聞こえたか。
良かった。お前なら、違う結末に、辿り着いていたよ。」
彼は笑った。
心底、安心したように。
「なによ、それ。」
「だから──任せたよ。」
世界が崩れる。
光が割れ
空間がひび割れて逆流する。
エルディアは、見覚えのある村の自宅の天井を見上げていた。
「腕に刻印……2?」
そして、ループが始まった。
◆
食堂は、静かだった。
白が語り終えて、カップに口をつける。
冷めた茶だった。それでも彼女は、ゆっくり飲み干した。
「ループは生誕時じゃないの?」
「少しラグがあるのよ。
おそらく肉体が記憶を認識できるまで、生誕から数年はかかる。」
エルディアは、天井を仰いだ。
それから、卓に両手を叩きつけ、立ち上がった。
「惚気やがってクソが!!!!!!」
さすがに一同は思った。
((どこが!?!?))
「まあいい。許してやる。
聞きたい事は聞けたし、これで白の話はいったん保留でいいだろう。
もう、白の惚気は、胃が受けつけない。」
エルディアは、紙を一枚卓に広げる。
ばさり。
そこには、太く禍々しい字で記されていた。
──アーカム魔術学院 ランキング制度 是正要求書
彼女は、拳を握った。
「そろそろ、世界魔術連盟から監査もきそうだし、いい加減アーカム魔術学院のランキング制度に物申してやる。
全国大会で優勝したのにいまだにビリってどういう事よ!!
あの忌まわしき、悪しきランキング制度に正義の裁きの鉄槌を下してやる!!」
一同は固まった。
「ああん?」
エルディアは、食堂の視線を睨み返した。
「何だ貴様らその顔は。
何、鳩が豆鉄砲を食ったような顔をしている。」
「いや、姉御、理屈はわかるっす。
でも、さっきまでの空気が……」
「空気は換気した!!!!」
「できてないっす!!!!」




