184話 尋問します
薄暗い部屋。
その姿は二十代前半の美丈夫。
だが声は低く、どこか擦り切れていた。
カイン・エルスワース(オメガ粒子に囚われ年齢不詳)。
エルディアとリリに囲まれ、カインは座らされていた。
「……なんだよ、おまえら。
人を呼びつけて、いきなり尋問室たぁ穏やかじゃねえな。
こんな所連れてこなくても何が聞きてえんだ。全部話すぜ。
リリちゃんもいるしな」
「いい心がけだ。
カイン・エルスワース。
今から、貴様にいくつか質問をする。審問だ。
黙秘権など、この世に存在せぬと思え。
リリ・ヴァルフェリア。奴との出会いから禁断の恋愛に至るまでの全軌跡を語れ。
いや──吐け!!」
「……意味が……」
「黙秘権はない!!!!」
ばんっ!!
完全に勢いでエルディアは机に手を叩きつけた。
カインは、リリと目が合うと肩をすくめた。
──なに、これ。
リリは、両手で顔を覆っている。耳が真っ赤だ。
「ご、ご自由にっす……」
「……大したもんでもねえけどな。
最初の出会いは、俺が12歳くらいだったか。
雪の降る、寒い日だった。
仕事が欲しくて冒険者登録したんだ。
その受付が、妙な格好をしていてな」
「妙な格好とはなんだ」
「妙って言わないでほしいっす」
「黙りなさいリリ!!
あなたは黙って記録する!!
余計な茶々を入れない!!」
「これそもそも記録必要なんすか!?!?うちの話なんすけど!?!?
そもそもこの話題選択自体が、絶対、本題にいきつかないやつじゃないっすか!!!
そもそも!!」
「傍聴席が騒がしいが、話を戻す!!
カイン・エルスワース」
エルディアはすでに卓に肘をつき、両の掌を眼前で組んでいた。
完全に、世界の理を見通す者の構え。
「冒険ギルドでの邂逅。
それが、最初か?」
「ああ。それが出会いだ。
そのあとは、冒険者と、冒険者ギルドの受付の、よくあるやつだよ。
リリちゃんが年を取らねえことには、気づいてはいた。
気づいて、何も言わなかった」
「なぜだ。
なぜ聞かなかった。
吐け!
黙秘権はない」
「だから、そこはな……変わらないなら、ずっときれいなままで便利だなと……」
「このド変態が!!!!
尋問を一時中断する!!!!」
エルディアは、リリを置いてその場を後にした。
なんだ、この甘ったるい背徳の空気は。
死ね!!!
そしてエルディアは普通に諦めた。
(こいつらから事情を聴くのは、事実上不可能だ。精神が崩壊する。
後で報告書にして提出してもらおう。)
◆
後日、提出してもらった。
エルディアは、食堂で資料を読みながら、指で自分の頭を、とんとんと叩いて難しい顔をしていた。
白にも、その資料を渡す。
「なにこれ。恋愛小説?
……ああ、リリとカインの出会いの話ね。
私が知ってることと大差ないかな。」
「白のループに、リリが付き合っていたとすると、カインがリリと会ったのは、ループに入る前。」
「そうね。ループを終えると、次のループのスタートは、私の生誕が開始。」
「さらに報告にあるけどリリの一七五からのスパイルールは二つ。
一つ、世界救済のために力を尽くすこと。
二つ、大きな差異は一七四回目のルートに誘導すること」
一七五は未来からきた。
その一七五のスパイなら、リリは白の未来を把握している事を意味する。
「すでに相当、ズレてるんでしょうね。」
「そこはそう思う。
あのおばさん、イレギュラー、イレギュラー言い過ぎて、イレギュラー芸だったしね。」
白は首を傾げた。
イレギュラー芸?
「エルディア。
この状況について、知っていそうな人が、一人いる。
……私の彼氏なんだけど。」
エルディアの手から、羽根ペンがするりと滑り落ちた。
ある意味ではここ最近で、最も大きな衝撃だった。
世界が崩壊しかねない。
「…………は?」
「だから、彼氏。
……『彼』なら、この状況について知っているかもしれない。
ううん、知っていないとおかしい。」
「待って。
白は百七十三回ループして、ちょっと前にアルトに全力でセクハラして、その上で彼氏?
おかしいでしょ!!
聞いてないんだけど!!」
「聞かれてないもの。」
エルディアは戦慄した。
「……惚気話は、ないよね?」
「どうかしらね。」
「あるのか……」
エルディアは、天井を仰いだ。
◆
食堂の机に、うさぎ柄のポットが置かれた。
リリが、人数分のカップを並べていく。
取っ手の尻尾が、ぴょこぴょこと揃って並ぶ。
「長い話になるんすよね。
なら、ちゃんと淹れるっす。」
「リリ。
期待してる。
頭の中が桃色のお花畑のあなたの存在が、未だかつて、これほど心強く思った事はない。」
「いや、褒めてないっす。それ。
それに姉御は、一体何と戦ってるっすかね?」
「うるさい。死ね。」
「ひどっ!!!」
白は、自分のカップを両手で包んだ。
指先が、少しだけ温まる。
「じゃあ、一回目の続きを話すよ。
彼の名前はファティマ・エラ。」
「それって……」
「そうね。世界ではこう呼ばれているわ。」
白はカップをそっと置いた。
「冬を終わらせた男」
◆
一回目。十歳の冬。
その冬、雪は止まなかった。
10日が経つ頃には誰も笑わなくなり、間を置かずして体力がないものから死にはじめ、白も死んだ。
──あれは確かに、死んだのだと思う。
「動かないんだけど。
ねえ、体が動かないんだけど!!!」
「そりゃそうだよ。
君は一度死んだんだ。」
「生きてるんだけど!!!」
三日目の朝、彼が眠っている隙に、戸を開けた。
雪は変わらず白かった。
井戸の前まで歩いて、座った。
十歳でも、わかることはある。
みんな、どこか遠い彼岸へ行ってしまった。
みんな死んだのに、自分だけ温かい寝台にいる。
それが、ひどく間違っているように思えていた。
「……寒いだろ」
「いらない。」
「せめて涙はふこうか。
凍ってる。」
彼は私を連れ戻さず、隣に腰を下ろして、黙って雪を見ていた。
肩に掛けられた外套で、涙を拭いたが、拭いた涙も凍った。
旅に出て、最初の季節が過ぎた。
「ファティマ。ほら見て。
人間の氷の彫像だよ。
いきがいいね!!」
「エルディアは、もう少し常識を覚えようね?
あと死体で遊ばない。」
「この下に奥さんと子供が埋まってるって。
ねえ。弔ってあげようよ。」
「そうか。君には聞こえるのか。」
一度死んだせいか、エルディアは闇属性魔力に目覚めていた。
その夜、焚き火の前で彼がまた指を折っていた。
「……お礼言ってたよ。そしてどっか行った。あの家族。」
「そ、そうか。それは良かった。」
「ファティマは今日も街を助けたね。」
「一万人。この街の人数。
でも二百人、間にあわなかった。
もっと早く、駆けつけることができれば……」
「無理なんじゃないかな。
ファティマが行く頃には、みんな死んでる。
おかげさまで友達には困らないよ。私。」
「……君は、非常に危うい冗談をさっぱりやめないね。エルディア。
僕が間に合うのは、一日に一つの村だ。
冬は、同時に百の村を襲う。
どれだけ走っても、数は永遠に追いつかない。」
「死んだら、寒くないってさ。」
「……それは良かった。」
十年が過ぎた。




