183話 被害計上
「エルディアよ。派手にやったな。実に退屈しないやつだ。」
「ゾルグさん!?」
「連絡をもらったからな。
すでに、現地調査を済ませておいた。被害の概算を出そう。」
「早っ。さすが無慈悲!!!」
「当たり前だ。仕事が終わらんからな。
遅いよりかはいいだろう。
さあ、担当者を出せ。」
「わかったわ。ゾルグさん。まずはお食事に案内させて。」
ゾルグは頷いた。
◆
エルディアは、ゾルグを食堂に案内していた。
「どうぞ。ゾルグさん。」
「ほう、来客者への礼儀は思いのほかなっているようだな。
正直意外だぞ。」
「私だって、いつも城壁や建造物を破壊してるわけじゃない。
半々くらいかな……」
「貴様はまずは、罪を全て吐いて悔い改めろ。
そもそも、普通なら一回たりとも、壁なんて壊さぬ。」
──なんというキレ味の言いツッコミ。
(これはカトレアに匹敵する……
さすがゾルグさん……
無慈悲なる事務員。)
エルディアは強く頷いた。
来客した明らかに人間ではない魔族を見て、アスとカトレアが、食堂の脇でひそひそやっていた。
「あの方は……?
もう慣れましたけど、明らかに人間じゃないですわよね。」
「魔王城の事務総括だって。」
カトレアは完全に固まった。
「ね、ねえ!?
お客様には適当な料理でいいってエルディアが言うから、アイスワームのカルパッチョをお出ししちゃったんですけど!?!?」
「え……?」
ゾルグの目の前に、薄く切られた白い身が、円を描くように並んでいる。
うっすらと青みを帯びて、照明の下で、ほんのり透けていた。
オリーブ油が、きらりと光る。
アイスワームのカルパッチョ。
これが世界を凍てつかせた魔獣の、成れの果て。
世界で一つの料理。
「これは、うまいな……
薄く引いた身を、舌に乗せた瞬間、最初に来るのは冷たさではない。
甘さだ。
深い雪解け水のような、透きとおった甘み。
それが舌の上でほどけた直後、遅れて、海の底のような旨みがじわりと満ちてくる。
素晴らしい……」
作ったはいいが放置されていたものだ。
毒があるかもしれないと、誰も食べる勇気が出せなかったものだった。
「素晴らしい味わいだった。
うまい……どころの騒ぎではない!
これほどの食材を、どこで仕入れた!?」
気に入ってもらえたようだ。
毒はないようだ。
売っぱらおう。
◆
魔王城の事務総括 お眼鏡の奥の双眸は、氷結した街並みを、すでに三度査定し終えている。
あまりに速い。
「一階、食品フロア。生鮮食品、全滅。
二階、アパレル。全滅。
三階、レストラン街。全滅。
よし人的被害に移ろう。
ほう。ゴルドが死にかけているな。これは珍しい物を見た。
簡易ベッドが並ぶ奥で、包帯だらけの緑の巨漢が、天井を見つめて動かずにいる。
ゴルドだ。
焦点の合わなかった目が、ゆっくりとゾルグを捉えた。
「ゾルグ……来ていたか……
しまった。ここで死んでは、儂の……儂の魔王様からの特別予算枠が……」
「安心しろ。貴様が死ねば、貴様の予算枠は私が有効に使ってやる。」
「死んでたまるか……」
「安心して死ね。」
ゴルドは白目をむき、ぱたりと意識を手放した。
慌てて脈を取った医者が、青い顔で振り返る。
とどめをさされたようだ。
「よし、次は今回の最大の論点である、表彰だ。
サキュエラ。功績は顕著。評価は、文句なしの『優』だ。
だが、正社員への昇格は見送るべきだろう。」
エルディアは目を瞬いた。
「……え?
サキュエラって今回頑張ったから、正社員に格上げしようと思ってたんだけど。
そもそもそこが最大の論点なんだ。」
「今期、昇格に充てる人件費の枠は、すべて被害補填に消えた。
奴の評価に不足はない。不足しているのは、予算だ。
昇格はやめておけ。破産するぞ。」
ゾルグは書類を取り出し、指でとんとんと叩いた。
「でも払えない金額じゃないよ?」
「人事をなめるな。
人件費は、コストの中でも膨大だ。慎重に扱わねばならん。
一度発表してから撤回してみろ。退職者が出かねん。」
「深い……
じゃあ、昇格なしで元の配置……畑かな?」
「それがいいだろう。」
「……ごめん、サキュエラ。
でもほら、そういうことだから。」
隣のベッドでは、サキュエラが医者の手を握ったまま、ぴたりと固まっていた。
笑顔のまま、指先だけが小刻みに震えている。
「……え……?
私、社会的に犠牲になるまで頑張ったのに……?」
「誰に向かって言っているのかは知らんが、そもそもサキュバスを従業員にするな。
ファミリー向けの施設だろう。」
「はーい。」
エルディアが、元気よく手を挙げて返事をした。
「え……? ええ……!?」
◆
ゾルグは医務室を出ると、廊下の突き当たりの会議室で言った。
「それと最後に、貴様の言われた通りに用意したぞ。。
ゾルグは、書類を取り出すと、紙の一番下の欄を、指でとんとんと叩いた。
そこには、名前がすでに印字されていた。
『請求先:黒(旧称・一七五)』
「……」
リリは固まった。
ゾルグは眼鏡のブリッジを、くいと押し上げた。
「金貨、二億三万枚だ。」
「…………二億っすか?」
「二億三万だ。
魔王城の年間予算の四十年分だな。
ショッピングモール自体はダンジョンの構造物だから、いくら壊されようとただだから実際は3万枚程なのだが……
頭のおかしい被害額をふっかけようと思ったのものだ。」
「でも、書類上は?」
「本件の因果関係を精査し、責任の所在を明らかにした。」
「ゾルグさん、さすが。
書類はオメガ粒子より強し。」
「どうやって、あの人に請求するっすか……?」
リリの疑問に、エルディアは不敵に笑った。
「それはまだこれから。
まずはプレゼントの中身だ。」
「ほどほどにしておくんだな。
よし。私は帰る。」
そしてゾルグは帰った。
◆
ゾルグを手を振って見送る。
エルディアは言った。
「あとは、今回の戦いにおいて最大の謎であるカインの話を聞かないと。」
「カインさんっすか?
確かにびっくりしましたよね。」
「いい、リリ。
私、考えたの。
リリは今、260歳。30年前、230歳でありながら、リリは少年のカインと青春の逢瀬を重ねた。
でしょ?」
「証言は拒否するっす。
……あ、だから尋問の相手がカインさんなんすか?」
「ええ。
カインが真に熟女好きなら、全ての謎が一本に繋がる。
でしょ?」
リリは思った。
何言ってるんだろう。
この人。




