179話 永久凍土3 勝てない変態は
桃色の領域は、確かに蛇を捉えていたが、サキュエラの膝が、氷の大地に落ちた。
桃色盤外戦術は、精神を桃色にする技術。
そしてその効力はイメージとリピドーに左右される。
──頭が九本あるなら、逆にイメージは簡単。
(同時に九人を相手にする事を想像すればいい。
……いや、そんなのはちょっと無理だ。
どうせなら、イメージプレイはしっかり想像したい(?)。
素直に触〇にしときましょう。)
冷たい男。
冷たくて、硬くて、触れれば痛い。
けれど、熱に触れたとき、触〇は──
「ああ……」
かくん、と。
サキュエラの膝が落ちた。
肩が震えていた。
額の汗が、凍って砕ける。
「サキュエラ!」
アスが駆け寄ろうとして、エルディアの手に止められた。
「だめだ。アス。
サキュエラのスイッチが入った!!今のサキュエラは触れるもの全てを傷つけるナイフだ!!
巻き込まれたら社会的に死ぬ!!!」
「……はい?」
リリの声は震えていた。
『姉御……!!
アイスワームを見てください!!
2枚あるうちの外側。第一障壁に、ひびが入ってるっす!
ほんのわずかにっすけど、確かに……!』
「これが変態の真骨頂だとでもいうの……!?」
サキュエラは、顔を上げた。
恍惚としていた。
「……ああん……!!」
そして、サキュエラは普通に嬌声をあげて、ぱたりと突っ伏した。
「サキュエラ!!」
「だめだっ。アス!!
負けた変態にかけてあげる言葉はない!
勝てない変態は、ただの変態なんだ!!
サキュエラは達したんだ。
余韻に浸らせてやろう……」
アスは思った。
──一体何と戦ってるんだろう。この人達。
◆
──プライマリーシールドは、あと一押しで壊れるか。
『その男』は、黒光りするフルプレートアーマーと巨大な戦斧を片手に、エルディア達の場所へ歩み寄っていく。
エルディアは気づいて顔をあげる。
「ゴルドさん!!」
それは、三〇年、魔王城の門番を務めあげた魔族の英雄の名。
「奴に対しては長期戦は悪手。
短期決戦にて仕留めるべきだろう。」
「ゴルドさん……その体……凍り付いて……」
「何。案ずるな。正門を守るためのかすり傷だ。
だが収穫もあった。
奴の氷は無限。後手に回れば物量でおしきられるぞ。」
「核みたいのがあればいいけど……」
「核がないならば、九本の首を全て断ち切らねばなるまい。」
「わかってる。
もう一度商売繁盛砲を使う。」
「エルディア!
サキュエラは放っておいていいの!?!?」
「そんな変態は放っておきなさい!!
みんなでいくよ!!」
「……」
見かねたゴルドが、目をハートにしてうわ言を繰り返すサキュエラにそっと上着をかけた。
「カイゼリオン、お願い。」
『はいはい。やりゃいいんだろ。』
屋上の縁に、カイゼリオンが立った。
砲身の根元に片膝をつき、右手で床を叩く。
左腕を天空へ振り抜き、空を裂く。
両手を胸元でクロスさせ、《紅蓮狙撃杖》を砲にセットした。
「カイゼンリオンの準備が終わるまでに、作戦を再確認する。
相手は無限に氷を生成する化け物。
まずは二枚のシールドを剥がす。
その中に核があればいいけど、なければ首を落とす事に作戦を切り替える。
……順番ができたみたい。
ぶちかませ。」
『了解。
砲身が焼け付くまで、食らいつくせ。
目覚めよ、《紅蓮狙撃杖》』!」
カイゼリオンの魔力が、紅蓮の光となって砲身を駆け上がる。
同時に、リリの領域から、膨大なDPが流れ込み、炎の矢が放たれ、氷原を貫く。
ヒュドラの足元まで、ほぼ一直線に続く道が刻まれた。
「すごい!!
一気に氷の中に道が!!」
アスの声。
エルディアは顎に手を当てる。
(やっぱり、シールドは無傷。
ゴルドさんの突入部隊の参戦はありがたい。
だけど、悪いけど、全然戦力が足りてない。
……どうする?)
いや、段取りはすでに済んでいる。
氷の道の入口に、巨大な影が滑り込んだ。
千触魔角鹿。
樹海還しの魔鹿。
蠢く無数の触手が、ゴルドたちの体を次々と絡め取り、背に固定していく。
(こいつのビームの威力はえげつない。
だけど、おそらく……)
アスは鹿を見上げていた。
「……あの、エルディア。これ、乗り物なの?」
「うん。チャーターした。」
「誰から。」
「『古代樹統括存在古代樹古精霊《アーカイヴ・ガーディアン・エルダートレント・エレメンタル》』から。」
アスは、それ以上聞かないことにした。
「行くよ! 全速力!!」
鹿が、地を蹴った。
その角から、ビームが放たれた。
菌糸ネットワークを通じて鹿に供給されているのは、森そのもののエネルギーだ。
数万年という歳月をかけて蓄積された、生命の循環。
森が積み重ねてきた時間、そのもの。
その莫大な力が今、千触魔角鹿へと流れ込んでいる。
爆光。
氷原の一角が、白く焼ける。
衝撃波が大地を薙ぎ払い、氷塊を紙細工のように吹き飛ばした。
──第一障壁。
なおも顕在。
エルディアは千触魔角鹿の背で、舌打ちをした。
その音を聞きつけたのか、ゴルドが低く言う。
「エルディア。そう急くな。
お主は核心をついている。
勝利へのな。
いかに堅牢な城塞とて、蟻の穿った小さな穴より崩れるものよ。」
ゴルドは、斧を肩に担ぐと一歩、踏み出す。
鹿の背が、ずしりと沈んだ。
「――ふんっ!」
跳んだ。
疾走する鹿の背を蹴り、風圧を切り裂いて、巨躯とは思えぬ軽さでヒュドラの懐へ。
九つの首が、一斉に牙を剥く。
その全てを、ゴルドは見ていなかった。
見ていたのは、ただ一点。
サキュエラが残した、細い亀裂。
大斧が、振り下ろされた。
轟音。
プライマリーシールドが、硝子のように砕け散った。
前線を一人で支えていた白は悟った。
──ここだ。ここが勝負どころだ。
白は、天を仰ぎ、右手の指輪に唇を寄せる。
「――《我が積み重ねし刻を薪とし、千の冬を焚べよ。》
――終式。『春焔滅界』。』
世界の色が、反転し、終末の炎の国が顕現する。
その中央で、太陽の欠片を鍛えた、滅びの大剣を持つ巨大な炎が人の形をして立ち上がる。
炎は津波となってあたり一帯を覆い尽くし、巨人が剣を振り上げると、溶けた氷は蒸気となって舞い上がった。
そしてその剣が、続いて二枚目の障壁に直撃する。




