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頭がおかしくてお金が欲しいイカれた精霊魔術師エルディア  作者: 無印のカレー
魔の森攻防戦

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178話 永久凍土2 畑は嫌です

「このショッピングモールを覆ってる、冷暖房魔術。

《循環型温熱結界《スピリット・サーマル・ネットワーク》》。」


エルディアは、氷塊の陰で不敵に笑った。


「この魔術の実験してる時、前に学校で出力が高すぎて、リミッター掛けたの覚えてる?」


「う、うん。」


アスは、頷いた。

エルディアがにっこり笑っていることに、嫌な予感が、すでに背筋を這い上がっていた。


「湖を五分で凍らせて、私がエルディアの首を絞めたやつだよね。」


「そう、それ。

あれ、やるよ。

あの禁忌を、再び解き放つ。

暖める方に、全部ぶっ放す。

向こうが終焉の冬を携えて来るなら、こっちは永久凍土が溶けるくらいの酷暑日で対抗してやる。」


エルディアは、遠くの九つの首を指さした。


「そして私。ここだけの結構、蛇食べるのすきなんだよね!!

ジビエって感じで!!!!」


アスは愕然とした。

こいつ。


食う気だ。



◆


ショッピングモールの外壁が、哭《な》いた。


低く、深く。

巨獣の心臓が目覚めるような、鈍い振動だった。


外周をぐるりと囲む放熱口。

百八排熱孔《ヒートアウトレット》が、一つ、また一つと、蓋を開いていく。

穴の照準は全てヒュドラの方向に。


リリは操作盤を操りながら思っていた。


(まさか、このお遊びでつけた変形機能が役に立つ時が来るとは思わなかったっす。

しかも一点に照射する形で……)


──大丈夫っすかね?

──メルトダウンとかおこしちゃわないっすかね?


「ふふふ。

平時は、人々を心地よい春の温度で包むための、ささやかな慈悲。

それが今、夏となって汝に牙を剥くだろう。

ちなみに制御の核は、アスにしかできない。

あの時は、湖が凍ったんだよね。

今度は大地ごと蒸発させる。」


「…………」


アスは、聞かなかったことにしたかった。


エルディアは、指を一本立てた。


「理論上、《循環型温熱結界《スピリット・サーマル・ネットワーク》》の上昇温度に上限はない。

前に人工ダイヤモンドを作ったでしょ。

千数百度なんて、ただの通過点だよ。」


アスは、青ざめたまま呟いた。


「……ダイヤ作った時は温度だけじゃなくて、圧力も用意したけど……

五万気圧とか。」


「うん。そこは、あれを使う。」


エルディアが顎で示したのは、遥か向こう。

ヒュドラの巨躯を覆う、幾層もの氷の鎧だった。


「あの氷。

オメガ粒子でぎっしり圧縮された、あの氷。」


「……まさか。」


「ヒュドラの体をプレス機にする。

熱で氷を一気に膨張させれば、逃げ場のない力が内側に向かうでしょ?」

氷の重みと、閉じ込めた熱。

それで、あいつの体の中に、灼熱の地獄を作る。」


「閉じ込めるって、どうやって……」


耳元で、ノイズが弾けた。


『届かせる術式が、課題っす。』


リリの声だった。

モールの解析室から、淡々と、けれど早口に。


『ヒュドラには、二つのシールドがあるっす。

外側がプライマリー。

その内側が、セカンダリー。

この二枚のシールドが、今までの比じゃない強度っす。

さっきはウロボロスや商売繁盛砲のビームで抜けましたが、強度が上がってます。

現状、白さんの不冬律術式でも、現状、手が出てないっす。』


「……つまり、アスの熱を撃ち込む以前に、中に入れないってこと?」


『そうっす。

でも、逆に言えば、この二枚を剥がしてアス氏のそれを叩き込めば、計算上はいけるっす。』


アスが、ごくりと喉を鳴らした。


「……剥がす、方法は。」


『ないっすね!!』


「しょうがない。

禁断の札を切ろう。

サキュエラを使う!!」


沈黙が落ちた。


氷の砕ける音だけが、遠くで響いている。


『…………は?

待つっす! よりにもよって、なんでっす!?』


「え、ちょっと待って、エルディア。

今、サキュエラ?

なんで!? どうして!?」


通信の向こうで、リリの声が裏返った。

アスも、顔を引きつらせて詰め寄る。


『戦闘能力のほとんどないサキュバスっすよ!?!?

シールドどころか、氷の欠片ひとつ割れないっすよ!?!?』


「本人に、意向確認を行ってみましょう。

絶対ワンちゃんいけるから。」


いや。いけないと思う。



◆



光の粒が集まり、艶やかな影が像を結んだ。


サキュエラだ。

夜の眷属にして、魅了の徒。


黒い翼をふわりとたたみ、氷の大地を見回して、彼女は小首をかしげる。

そして、遥か先にそびえる九つの首を見上げた。


エルディアは、親指でヒュドラを指した。


「さあ、夜の姫、サキュエラ。

あなたの出番だよ。

あの蛇を魅了しろ。

そんで二枚のシールドを解かせろ。」


サキュエラは

にこやかな笑みのまま、はっきりと言った。


「いや、無理です。

私は、人間の男がいいんです。

蛇は、守備範囲外です。

しかも氷。しかも九本。

冷たい人は好みじゃないんです。」


「……」


『…………だから言ったっす。』


通信の向こうで、リリが額を押さえる気配がした。

アスは、無言で天を仰いだ。


「畑のリッチは骨じゃん。

よくリッチと仲いいエピソード話すじゃん!」


「リッチさんは上司なので、そういう対象じゃないです。

仕事の話しかしません。

ちょっと渋くていいなって思うときはあるけど。」


エルディアは思った・


(……いいと思ったんだ。すげえ。こいつ。

変態っているもんだ。)


「まあいいや。

やれ。

畑に戻りたいの?

触手プレイでもなんでもいいから、想像してさっさと発情して。

羞恥なんて迸る灼熱のリピドーで焼き払ってしまえ。」


サキュエラの笑顔が、ぴしりと固まり、風が止まった。


アスは、口を半開きにしたまま動かない。

通信の向こうでも、リリが息を止めていた。


『…………ひでぇっす。姉御……それはさすがに……』


「エルディア……それは人でなしすぎる……ひどい……。」


エルディアは、聞こえないふりをした。

腕を組んで、真顔でサキュエラを見据えている。


サキュエラは、しばらく震えていた。

唇を噛み、拳を握り、涙目でエルディアを睨んで。


「……畑は、嫌です。」


「でしょ。」



◆



サキュエラが、目を開けた。


瞳の奥で、桃色の光が灯る。

それは、羞恥を焼き尽くした者だけが宿す、覚悟の色だった。


「――夜の帳よ、開け。

 甘き霧よ、理を溶かせ。

 冷たき王を、我が寝所へと誘わん。」


声が、艶を帯びて震える。

足元から、淡い桃色の術式が花のように広がっていく。


「――領域魔術。

《桃色盤外戦術《ピンク・アウトオブボード》》。」


空気が、ぬるりと甘くなった。

氷の大地に、ありえない色の霧が這う。


桃花のように咲き広がる桃色の術式は、差し詰め桃の花。


(……やるんだ。)


一同の心が、ひとつになった。


桃色の霧の中で、サキュエラの膝が、かくんと揺れた。


「くっ……!?

やっぱり、蛇はタイプじゃないです!!!

無理ですって!!!!」


エルディアが、腹の底から叫んだ。


「頑張れ、変態!!」


変態じゃねーし!!!!



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