175話 アイスワーム戦 安全装置は気合
『王国戦略級魔導杖』
開発責任者であるエルディアは、机の上で腕を組み、思わせぶりに言った。
『どうすれば杖が売れるか。
王国戦略級魔導杖は、杖のままでは誰も使えない。
ならば、誰もが使えるものにすればよい。』
すでに完全に頭の悪い発言であった。
会議は三日三晩に及んだ。
とある記述が、その話し合いの異質さを物語っていた。
『そうだ!大砲にするよ。』
『なぜ大砲?』
『強そう。』
『なるほど。』
議事録はそこで終わっている。
◆
「筒だ。筒にすればいい」
「筒に何を詰めるござるか?」
「杖。大いなる始まりの形」
「入るでござるか?」
「入れる。いついれるか?今でしょ。」
こうして、入った。
それが「商売繁盛砲」
カイゼリオンは、ゆっくりと屋上の縁に立った。
彼は、砲身の根元に片膝をつき、右手で床を叩き、そのまま左腕を大きく天空に向けて振り抜き、空を裂く。
そして両手を胸元でクロスさせ、「紅蓮狙撃杖」を、「商売繁盛砲」にセットする。
取扱説明書には「なんかいい感じに撃つこと」の一文のみ。
安全装置は「気合い」だ。
「よっこいせっと。
ふー。
この、仕草いるのかよマジで。恥ずかしいんだけど。
よし。いくぜぇー
『目覚めよ、《紅蓮狙撃杖》』」
紅蓮狙撃杖を通して、カイゼリオンの魔力が、紅蓮の光となって砲身を駆け上がる。
臨界突破。
砲は、その力を百倍に増幅し、解き放つ。
リリの領域より、膨大なる魔力の奔流であるDPが流れ込む。
生命の鼓動、侵入者と死者の魔力、大地の脈動、精霊の息吹――
すべてを貪り、喰らい、肥大し――
そして、炎の矢は放たれた。
反動でカイゼリオンは吹っ飛んでいた。
「うおっ。
初の試射で、砲は三つ先の山を蒸発させただけな事はあるな!!」
反動でモールは半歩後退し、王都からは正式な抗議文書が届いていた。
もはやそれは矢に非ず。
太陽の欠片を無理やり引き伸ばした、灼熱の終末。
氷の触手――蛇の先端へと、一直線に世界を裂いて突き進む。
触手が絡み合い、作られた蒼白の氷壁と激突した刹那に音は死に、衝撃波が同心円に拡散。
数百メートル先の木々までを、根こそぎえぐりとる。
氷壁が展開される、そのわずかに前。
蛇の頭の上から、小さな影が、音もなく跳ぶ。
氷壁ごと大蛇は、地面に叩きつけられた。
ちゅどーん。
カイゼリオンは、黙々と黒い煙をあげる、着弾地点を遠目に確認していた。
彼は思った。
エルディア。
やりすぎ。
◆
エルディアは森を走りながらも強く頷いた。
「商売繁盛砲は、アストラ・レガリアその仕組みを流用してこれをそのまま、大砲の形にしたものだ。
ダンジョン魔力を通すことで、誰もが戦略級の火力を負荷なく実現する。」
白が、初めて表情を崩した。
驚愕、というよりは――呆れに近い顔だった。
「……ツッコミどころしかない。
説明を聞いて、さらにツッコミどころか増えるとか……
ねえ、出力がおかしくない?
たかが商業施設の警備に、なんであんなものが――」
「なんかできちゃって。」
「そ、そう……良かったわね……」
大蛇の首が、ゆっくりと持ち上がった。
生存している。
同時に咆哮が空を割る。
次の瞬間、背中から噴き上がった白い光が、空一面に広がる。
さらに地面が、うねった。
足元を波と冷気が噴き出すように走り、凍土の下を縫って巨大な何かがエルディアと白の元へ近づいてくる。
「胴体が下からきてる!!飛んで!!」
白の怒号。
同時に、エルディアは地を蹴る。すると、氷の胴体が噴き上がるように地表に出現する。
白は思い出す。
ある「異常な冬」。
一夜にして、小さな村が一つ、丸ごと雪に呑まれて消えたという、忘れられぬ記憶。
「あの日と同じ匂い……!!」
「白!!空からも攻撃がきてるよ!!
どうする!?」
「気合いで避ける!!
ループで学んだ!」
「大したループね!!」
エルディアの悲鳴と同時に、空の氷弾が、一斉に降下を始めた。
白い雨。
絶望的な密度で。
彼には、意志があった。
言葉を持たず、誰にも理解されないまま、それでも確かに、彼は「考えて」いた。
――目覚めては、いけなかった。
それは彼の意志では止められぬ、宿命の刻印。
オメガ粒子の蓄積は彼の意志で止められるものではない。
蓄積が、ある閾値を超えたとき。
彼自身が、災厄そのものへと転じる。
かつて、そのようにして幾つもの命が失われるのを、彼は見てきた。
さらに人為的に「後押し」されている。
法則は崩れ、世界は軋む。
──どうにもならない。
少し離れた森の外縁。
凍り付く森の縁に、彼女は立っていた。
直撃の寸前に離れた蛇の頭は、もう遠くでのたうっている。
「眠りの深さに比例して、吸収は緩やか。
逆に、強制覚醒からの立ち上がりは、指数的。
……やはり、理論値どおり。
悪く思わないで。
あなたが悪いわけじゃないのは、私が一番よく知っているから。」
その声には、本物の謝意が混じっていた。
だが謝意は、手を止める理由にはならない。
「――さあ、あなたたちはどう出るのかしらね。
抗ってみなさい。」
視線の先には、氷の雨に翻弄されるエルディアと白の姿があった。
『それ』を見て、175は目を瞬いた。
──そうくるか。
イレギュラー。
次の瞬間だった。
魔の森の守護者である『千触魔角鹿』のビームが、天より飛来した。
ビーム幅は、ゴルドが十人並んでも足りない。
木々は根こそぎ消し飛び、断面は熱で黒く焼け、その縁だけが白く凍りつく。
やがて
チュドォォォーン。
大蛇の首が、綺麗な弧を描いて宙を舞った。
本日2度目の長距離射撃であった。
「よし。命中!!
えへへ。
魔の森の管理者であり。魔の森の重鎮である、『古代樹統括存在』に交渉して、千触魔角鹿をチャーターしといたんだよねー!!
えっへへー!!」
ぶおおお!!!!
白は思ったという。
おい。
誰か早くこいつをなんとかしろ。
こいつが一番災厄すぎる!!!




