172話 詰んでーら
「スピリット・サーマルネットワークの特許の棄却願い。」
エルディアは一度紙を壁に投げつけた。
おずおずと拾うと、顎に手を当てて考え始めた。
「いらんものよこしやがって!!
大体、特許ってそもそも国が守るって決めたって意味だよね?
最上位じゃない?棄却なんてやり方すら想像つかないんだけど!!」
「世界魔術連合の立場は一応、国より上だ。
そのため、棄却自体は可能だ。
ただし連盟の中身は、各国の魔術師ギルドの代表が持ち回りで座ってる寄り合い所帯だ。実態は派閥にすぎねえ。」
「というか……国より上とか、もはや意味がわかんない。」
「明らかに圧力だな。
先日の視察のタイミングといい、あまりに重なり過ぎてる。」
「確かに軍事転用のリスクは提示はされてたけどさ。
大体。スピリットサーマルネットワーク自体は、全国大会で、アスが使用した以外は世に出していないんだよ。
『技術の帰属先については、追って協議する』とか何よ。
私が作ったんですけど。」
「一応、スパイの魔道具を発見してある。
偽造データは送っているが……
リリの指示で。」
「それが帰属先の根拠?
根拠にならないでしょ。
偽物からは、何も作れない。」
「作れないから、潰すんだよ。
特許が生きている限り、技術は『エルディアのもの』だ。
棄却されれば『誰のものでもない』になる。
そうなれば、現物を押さえた者が勝つ。」
「現物って何よ。」
「お前だ。」
エルディアは自分を指さした。
そして同時に、扉が吹き飛ぶ勢いで開いた。
「……カトレア?
どうしたの?」
「ま、待って。
横っ腹痛い。走ってきたから……
ぜぇ、ぜぇ
エルディア聞いて!!
料理人がいないのよ!!
旅に出ましたわ!!!」
カトレアが訳もわからないことをいいながら、飛び込んできた。
◆
「料理人がいないってどういう事?」
魔の森の料理は目玉のひとつだ。いないと困る。
「料理人がサキュエラに唆されて、旅に出てしまいましたわ!!!」
「……」
「……」
「……しょうがない。
眠れる獅子を起こそう。」
「誰?」
「カミラさん。」
「あの人、別の食堂も切り盛りしてますわ。過労で、死ぬんじゃありませんか??」
「その時は、その時で。」
◆
別の日。
「ふう。
なんとかなったね。
アルトの指示は何でも聞くから。
カミラは。」
モール内、食堂エリアは昼時ではないはずなのに、列ができていた。
人間も魔族も、同じ長蛇の最後尾に並んでいる。
食堂。
いつもの面子でご飯を食べていると、アルトが一枚の紙を持ってきた。
「やっほアルト。
カミラさんの料理食べなよ。」
「後でな。
悪い知らせと、もっと悪い知らせがある。どっちがいい?」
「普通に言っていーよ?」
「学院に監査が入る。」
「いい事じゃん。
あんな忖度だらけの学校潰してしまえ。」
「そうも言ってられないんだよ
監査の名目は『生徒ランキング制度の運用実態調査』だ。
ランキングの評価根拠として、全国大会の出場記録と、研究成果の提出書類一式。
どっちも学院が保管してるそいつらを、つまり、特許の関係書類までをも堂々と見られる事になるんだ。」
「それが?」
「『学生の研究成果は学院に帰属する』。
その規約を盾にすれば、特許を棄却しなくても
お前ごと、学院の管理下に置けるんだよ。
お前がなに言おうが関係ない。」
エルディアは普通に思った。
――普通に頭いーな。
(ランキングは本来、成績と実績で決まる制度だ。だがアーカム魔術学院のその実際は、ほぼ形骸化してる。
ランキング外の私が、学院で一番の実績を出してるんだから。)
「……ランキングを調べるふりして、中身を漁るってことか。」
「ああ。
さらに言えば、この件は学院内に連合へ内通してる人間がいる。
副学院長なんだが……」
「……まじか。」
「全部まじだ。
監査の通達は、学院長の決裁を通っていない。
副学院長が学院長の不在中に、代理権限で受理した。」
「……」
詰んでーら。
◆
同時刻。
ショッピングモール、料理開発室。
カミラは、包丁を握った手を止めて深いため息をついた。
――また頼まれてしまった。そして今回もまた断れなかった……
『私、アルト様の護衛ですけど。
あとエルディアちゃんの村の食堂も切り盛りしてて、世界魔術連合への偽造データ送ってるんですけど……
さらに手伝えとはいかに。』
『そのアルトさんからのお願いなんです!!
カミラさんが大変なのは、分かってる。
分かってるけど、人が足りないんです!!
本当に、洒落にならないくらい足りないんです!!!』
カトレアの、あの必死な顔で拝み倒され、気づけば、カミラは厨房に立たされていた。
「……いーけどね。別に。」
呟きながら、手にした食材を見て、カミラは眉をひそめた。
「――ん?
……あれ、この野菜、なんか霜ついてる?
暖房、壊れた……?」
厨房の窓の外、いつもより明らかに空気が白い。
息を吐くと、うっすらと白くなる。
厨房の温度計を確認する。
――氷点下。
「は? 嘘でしょ。」
カミラは、慌てて壁際の魔導盤に駆け寄った。
モール全体の環境を管理する、《スピリットサーマルネットワーク》の制御盤だ。
設定温度、二十二度。
実測温度、氷点下三度。
背筋を、冷たいものが伝い、カミラは駆け出した。
『――リリ、聞こえるか。』
魔族の専用念話チャンネル。
ゴルドの声だった。息が上がっている。
「ゴルドさん? どうしたっすか?
そんな慌てて――」
『すぐにモールから人を避難させろ。
氷を纏った大蛇が、こちらに向かっている。
儂一人では、止めきれん。』
「……大蛇?」
リリは、コアセンターモニターに映る監視カメラの映像を見て、言葉を失った。
モールの入口付近、魔の森の奥地の方角から、巨大な氷の帯が、まっすぐこちらへと伸びてきている。
その先端には、うねる蛇の姿。
森を進む大蛇の上。
『彼女』はそこにいた
「まさか、世界崩壊を防ぐとはね。
脅威度算定をひきあげてあげる。エルディア。それに174。」
彼女の腕には175の数字が刻まれていた。




