170話 魔の森ショッピングモール、懸念点しかありません
白のアルトへのセクハラ芸は続いていた。
もはやエルディアは遠い目をしていた。
ぜんぜん話聞かないよこの人。
白はアルトの腕を掴んでいた。
アルトの袖を大胆に捲り上げ、腕の刻印の線を、指の腹で優しくなぞっていく。
──どこかで見た。
(最近。すごく近く。
そもそもこの刻印を私は知らない。
そんなことありうる?この私が?単純生存年数で言えば3000年以上生きてるのに?
……カインの、胸から出てきた175。
未来の私。
あいつだ。)
──思い出せば構造が同じだった。
(百七十五回目ループの刻印。
整理するしよう。)
白は血の気が引いていく。
「……エルディア。
あなたにもあるその腕の数字は、ループ回数を示したものなの。」
「何回目も何も、私はループなんてしてないんだけど。
この腕の数字は生まれた時からある。」
「――そう。
私は174回目。だから174。
刻印の数字に従うなら、『あなた』も174回目だと仮定できる。
けれど『あなた』が幼少期にアルトの腕に刻んだものは、カインの中から出てきた個体である『175回目エルディア』のもの。
数字がかみ合わない。
174と175の間に、0回目が挟まっている。
その0回目は175の刻印を知ってる。
おかしい。矛盾してる。
だとすると、まず前提を疑うべきで――」
エルディアは、静かに聞いていたが、白の様子にやがてぼそっと呟いた。
「これ、白が完全に自分の世界に行ってしまった……
戻ってこない。
へー、まじに周りの言うこと聞いてないね。
いい感じに気持ち悪い。」
「良かったな。自分を客観視できて。」
「だねー」
アルトは肩をすくめた。
白は、なおもぶつぶつと呟き続けている。
白は目を閉じる。
──私ではない。
──なら、私より未来の個体を元にした、一回目か。
けれど、ループ数を示す刻印は174。
指が、茶の器の縁を一度なぞる。
運命をなぞるように
◆
数日後。
拠点の広間に、場違いなほど立派な建材が積み上がっていた。
魔の森の拠点、食堂。
長机の上には、エルディアが持ち込んだ謎の建材サンプルと、カトレアが用意した帳簿、そしてリリの淹れたうさぎ柄のティーカップが並んでいた。
「では、第12回・魔の森経済発展会議を始めます!!」
そして会議は始まった。
「まず、お手元の資料をご覧ください!
魔の森ショッピングモールの人員配置、および店舗の準備の進捗をしましたものになります!」
カトレアが、優雅にティーカップを置いた。
コトン、という音だけが、やけに重々しく響く。
「経営担当のわたくしとしましては、そろそろ懸念事項を共有せねばなりませんの。
エルディアとリリさんが帰還したことで、魔の森のダンジョン権能が扱えます。
すでにこの時点でツッコミどころしかない!!!」
バンッッ!!!
カトレアは机を激しく叩いた。
もはやよーわからんかったからだ。
(全ての建物が、建材を用意すれば数分で生成できるってなによ!!!
物理法則くらい守りなさいよ!!!
なんのチートよ!!!
全ての経営者に喧嘩売ってんのよ!!!)
アスが、恐る恐る手を挙げた。
「あの、聞いていいかな。
そもそも魔の森に商業施設作って誰が来るの?
ここ、魔物しかいないよね?」
「もちろんです。
ここには頭がおかしいほどに魔物しかおりません。
ですが皆様、ご安心を。
わたくし、こう見えて経営には絶対の自信がありますの。
魔の森には希少な素材、危険な迷宮、観光資源。そして何よりも伝説の存在がおりますわ。
というわけで、警備担当兼、目玉として、ゴルドさんに一肌脱いでいただきたく存じます。」
カトレアはゴルドを見た。
そこには鎧を着こんだ2m半の偉丈夫がいた。
どこからどう見てもオークだ。
「ゴルドさん。
本当によろしいのですか?
このショッピングモールの護衛を依頼させて頂いて。」
「構わぬ。魔王様から言われいる。
魔王城の門番をしていたが、今の俺は魔の森の護衛だ。
エルディアは魔の森の管理者となったと聞く。ならこのショッピングモールを守れということだろう。」
「心強いですけど……魔王……」
カトレアは、力強く頷きながらも思っていた。
(魔王!!
魔族じゃなくてさらにそれをすべる魔王!!!
やっべ。
規模が大きすぎてよーわからん!!!)
だがカトレアに隙はない。
「ダンジョン権能のおかげで建物の維持費はほぼ無料。
内装は豪華絢爛、資金は謎の潤沢さ。
けれど、肝心の警備計画が白紙のまま、とうとう開店日を迎えようとしております。
ですが、ゴルドさんのおかげで全ての懸念点が解消されましたわ!!!」
会議は終わった。
終わった後も、アスは首をかしげていた。
「ホントかなあ……」
「ふ。アス。
私はやけになってるだけ……」
「あ、それってつまり……」
「よーわからんから。勢いでゴリ押してるだけ!!!
懸念点しかないから!!!」
◆
開店前夜祭。
最初に来たのは、迷子の子供だった。
魔の森に住む、角の生えた幼い魔族の子。
「……ねえ、おっきいおじちゃん。
ママ、どこ行ったかわかんない。」
モールの入口に、ゴルドは静かに立っていた。
鎧姿の巨躯は、それだけで一枚の神話画のように様になっている。
まさに神話から現実に舞い降りた、武の化身。
ゴルドは、片膝をついた。
それだけで、視線の高さが子供と同じになる。
「泣くな。
儂が捜してやる。
なに、任せておけ。」
「うん……」
子供は、ゴルドの指を一本、ぎゅっと握った。
かつて七千の軍勢を退けたその手が、今はただ、小さな手のぬくもりを確かめるように、そっと握り返していた。
「すみません、うちの子が――」
そこで、母親の足が止まる。
子供の隣に立つ、伝説の門番の姿を見て。
「……あ、あの、あなたはまさか、ゴルド、様……?」
「子供は無事だ。
案ずるな
それにここに俺がいる限り、いかなる災厄からも皆を守る。
この門番のゴルドがな。」
ゴルドはただ、それだけを言った。
子供は何度も振り返り、小さく手を振った。
母親は深々と頭を下げ、子供の手を引いて去っていく。
神話的とも言える、一つの完璧な仕事を終えたゴルドは、それに小さく頷き返す。
その様子を、少し離れた場所から、カトレアが唖然としていた。
がびーん!!!
(ねえ!!
ここって人間の領土の、その王都から、ほど近いところなんですけど!!!
なんでそんなところに魔族の親子がおりますの!?!?)
いいの!?
──魔の森、食堂。
「どうしたのカトレア。
そんな血相変えて。こんな優雅なお昼に。
紅茶でも飲みなよ。」
「紅茶なんてたしなんでる場合ではありませんわ!!
魔族の親子が、普通に買い物しに来てましたのよ!!
ここ、王都のほど近くですのよ!?
なんで魔族が涼しい顔で闊歩してますの!?」
食堂に、微妙な沈黙が落ちた。
エルディアが、紅茶をすすりながら、片手をひらひらと振った。
「あー、それリリの転移陣のせいだと思う。
ここって魔王城から直通だから。
ウィンドリィ家ってこの国の外交官として力があるから。
御触れもそこにあるよ。
魔族も人間も、お互い違和感なく買い物できるようにって。」
「聞いておりませんわ!!」
「言ってなかったっけ。」
「聞いておりません!!
……つまり、王都の人たちは、隣で買い物してる横で、魔族が普通に買い物するってことになるんですのよ!?
え……てか魔王城!?!?」
エルディアの隣にはアルトがいた。苦笑している。
「戦争を終えたばかりの種族同士が、同じフードコートでソフトクリーム並んで買ってるとか、想像すると笑えねえ絵面だが、事実だ。
カミラの奴、俺の実家に全部報告しやがって。
ウィンドリィ家から資金援助するついで、異種族交流の雛形にする気だ。」
「大丈夫ですの?トラブルが起きる未来しかみえませんが!?」
「大ジョーブだとよ。
トラブったら、サキュバスのサキュエラが出張って記憶操作するんだってさ。」
「そもそもわたくし、サキュエラ様の雇用は見送りましたわよね!!!」
「あのねカトレア。
畑飽きたって。あのサキュバス。
ほら、あそこに給仕いるでしょ。背中に羽とお尻にしっぽが出ている奴。
そっこー客をナンパしてる。」
カトレアは、給仕役のサキュバスに指を突きつけた。
「くびで!!!!!」




