169話 一七四と一七五のあいだ
ぶっちゃけ……
ぶっちゃけエルディアは木槌ふりすぎていた。
手がいてぇや。
白は、入れ直したお茶にそっと視線を落としていた。
「話は長くなるよ。」
「だろうね。」
「まず説明しようか。
ループとは何か。そして『冬』についてのおさらいだ。
私の『一回目』を話そう。」
「ループなら、横軸時間、縦軸死因の時系列でまとめたい。
あなたの呼び方は『白』ではなく今後『検体1』と呼称する。」
身構えるエルディアを完全にしかとして、白は話し始めた。
「ねえ、ちょっと!!
検体1、話聞いてよ!
寂しいじゃん!!」
「検体1じゃないもん。」
◆
──一回目。
その年、初雪は、暦よりひと月も早く降った。
十歳の白は戸惑いの中にあった。
「ね、ねえこれ、雪ふりすぎじゃない?」
十日目
控えめに言ってふりすぎていた。
驚いたが怖くはなかった。
いい子だったからだ。
雪は、屋根の高さまで達していた。
大人たちは、もう、笑わなくなっていた。
「……お母さん。
私、いい子にしてるから大丈夫だよね。
ゴルドは、来ないよね。」
母は、エルディアを強く抱きしめた。
その手はすでにひどく冷たかった。
「――ええ。
あなたは、ずっと、いい子よ。
エルディア。」
翌朝、母は目を覚まさなかった。
エルディアは、顎に手を当てた。
白の手が震えている、
思ってた通り結構重い話だ。まあ、それはいい。
──それはいいけど、すでに差異があるんだけど。
(確かに10歳の冬は、例年よりすごくきつかった。
何人も亡くなってる。
きつかったけど、でも私の母さんはまだ生きてる……)
「……村は、それで?」
「それで終わり。
少しして、私も死んだ。」
「え?死んでんじゃん。」
「一度死んで、蘇ったの。
『彼』の手によって。
私は村の中で最後に死んだから間に合ったんだって。」
「……『彼』とは?」
「ファティマ・エラよ。」
「……」
──冬を終わらせた男。
不冬律術式の開発者。
偉大なる魔術の祖。
「ごめん。話を折るかもだけど、推測するにアルトはその時に死んだ。」
白は頷いた。
「──とすると、さっきの台詞に矛盾が生じると思うんだけど。
あなたはさっき、『アルトは死ぬ』と言った。
――●●するだろうという未来形じゃなくて、まるで、もう知ってることみたいに。
あなたのループでは、アルトは確かに死んだかもしれないけど、このループの未来はまだ確定していない。
だってアルトは今生きてて、16歳だ。
私と同い年で、死んでいない。」
声が、思ったより低く出ていた。
「10歳で死ぬはずだった、アルトは今生きてる。
じゃあ、あんたがさっき言ったアルトが死ぬってのは何だ」
「いろいろ試したのよ。これでも。
そのたびに、アルトは別の形で死んだ。
事故、病気、魔獣……すごくくだらないものもあったけど理不尽なことだけは共通していた。
まるで、死ぬことだけが先に決まっていて、理由は後から選ばれてるみたいに」
「運命の収束?」
「おそらくね。」
「……今回は、まだ何も起きてない。」
「私が……あるいはあなたが未来をすでに変えたのかも。
だけど、分からない。
だからアルトは死ぬ。」
「逆に死なないかもしれない。」
「理由がない以上、検証はできない。」
──なるほど。
これがさっき白が、アルトに全力でセクハラした理由か。
きっと白は173回、アルトを失ったんだ。
あらゆることを試して、そして今回、アルトが生存した。
理由はわかる。
理由は……
エルディアの肩が、小刻みに震え出す。
握りしめた羽根ペンが、みしり、と嫌な音を立てた。
(アルトは、私のアルトなんですけどぉぉ!!!!)
「……大丈夫?
ペン、折れてるけど。」
「すましやがってこの泥棒猫がっ!!!」
真っ二つになった羽根ペンが、机の上に転がった。
短くなった羽根ペンで、呪いの言葉を吐き散らかすように記録を書き殴る。
(これが白の初回の記録。
その後173回ループして今174回目とか笑えないんだけど。)
そりゃ情緒は不安定にもなる?
そこの詳細はわからん。
首を傾けるエルディアを見てか見ないでか、白は空の器を地面に置き、指を組んでいた。
「もう気づいてるかもしれないけど、『冬』とはオメガ粒子による、エントロピー強制平衡効果だ。
重要なのは生物の生存域外まで、それを押し進めると言うこと。
それが世界規模で行われることで、すべての生物は死ぬ。
今回のあなたがどうかは知らないけど、私はこれをなんとかしたくてループしてる。
1回目の時にみんな死んだから。」
「……違和感があるかな。
私自身、死んだ時にループしてまで、なんとかしたいって思うだろうか。
私なら、死ねば終わりって思いそうなもんだろうけど。
実際、あなたが死んだ時はそうだったんじゃないの?」
「まー、ループの開始は、私自身が望んだものじゃなかったってのは言っておくよ。」
「……始めたから終わらせたい。
そんなところ?
途中出てきた『彼』。ファティマ・エラが関わってる?」
「そうね。」
──ループの開始は、『彼』からの介入があったのか。
「白の子供時代は、冬の重さを抜かせば私と大差ないかな。
ちなみに子供時代も話したほうがいい?」
「いえ。それはいいわ。
それでさっき、セクハラしてるときにきづいたんだけど」
「そもそも自覚してるならセクハラするな!!」
「アルトの腕にも刻印があったわよね。あれ、何?」
「昔、私が悪ふざけで刻んだ奴だけど……よぼーか?アルトを」
白は、沈黙。
肯定だろう。
エルディアがドアを開ける。
エルディアと白の視線が、床に転がるアルトへと注がれた。
勢い余ったアルトが、そのまま部屋の中に転がり込んできたからだ。
「な、なんだよその目は。
偶然だ。
偶然通りかかっただけだからな。」
「いや、聞いてくれるなら、逆に最初から一緒に聞いてよ。
あとでまとめてみんなに話そうとおもってたんだから。」
「――座って。」
白が、静かにそう言った。
そして白はすぐさま確認する。
アルトの腕に刻まれている刻印。
知らないはずなのに、線の癖だけが妙に引っかかる。
エルディアは、わなわなとしていた。
「ねえ……それ絶対セクハラだよね?
ねえ……検証とは名ばかりで体触りたいだけだよね!?」
白の指が、鎖骨の下あたりで止まった。そのまま顔を近づけていく。
「いちいちセクハラ芸挟むのやめよーね!!!
白先生!!
だから話を聞けー!!」
白のまなざしは真剣だった。
(……そもそもここは、本当に百七十四回目の世界?
私が百七十四。あの大人が百七十五。
『この子』は1回目として何も知らず未来の刻印をアルトに刻んだ。
この時点で私含めエルディアは3人。
数が合わない。)
──私を含め、誰かがイレギュラーと考えるのが自然だ。
「ねえエルディア。
あなたの腕の刻印を見せて。
数字が書いてある奴。」
「その前にアルトから離れろー!!」
「いいから見せて!!!」
剣幕に憮然としてエルディアは腕を差し出す。
174
白は、それをしばらく見つめていた。




