167話 帰還、拠点にて
「だからあんたは偽物だって言ってんの!!」
「何度言えば分かるのよ、この暴力女!!」
ごろごろごろ、と二つの塊が、崩壊した床を転がっていた。
崩壊した階層跡に、二人分の怒声だけが響いていた
「やめんか!! 二人とも!! 魔力ゼロで殴り合うな!!」
ゴルドが二人の襟首を掴んで引き剥がした。
「離せゴルドさん! こいつはここで!」
「離して! 私は絶対に!」
「いい加減にせんか!!」
ゴルドの拳骨が、二つの頭に同時に落ちた。
それでも、二人は頭を押さえたまま、なお紅蓮の眼光を交わし合っている。
「……カインさん、カインさん……っ!」
リリはリリで、カインの上下する胸を見て、泣いていた。
三千年の刻を越えてなお枯れなかった、ひとしずく。
リリには、上下する彼の胸だけが、この終焉の跡に残された、唯一の希望に思えていた。
ゴルドは深いため息をついた。
これはどうやって収拾しよう……
◆
三日後、魔の森の拠点。
結論から言うと、収拾はつかなかった。
魔の森の拠点で、アスが持っていた学校の課題を全部落とした。
「エ、エルディアが……二人……」
食堂の扉を開けると、全員がそろっていた。
カトレアは配膳の手を止め、アルトは口に運びかけたカップを宙に浮かせた。
「ただいまー。あ、こいつ拾った」
「拾ったで済むか!!」
アルトの叫びが響く。
同じ顔が二つ、並んでいる。
刻印だらけの表エルディアと、無数の傷を隠すように外套を深く羽織った白エルディア。
アスは蒼白の面持ちで駆け寄り――そして、ぴたりと足を止めた。
エルディアの足元にて、闇の精霊シェイドが頭を擦りつけ、白いエルディアには決して近寄らず、ただ静かに間合いを測っていた。
「……精霊が、区別してる。
こっちが、いつもの……」
「そう、シェイドが懐く私こそが真なる私。
……たぶん。」
「本物なのに、名乗りがもう偽物っぽいね。」
そこへ、通りかかったオズワルドが足を止めた。
「エルディア殿が二人……今更でござ……」
彼は口癖を紡ぎかけ、首を振った。
「否――これは今更ではござらぬ。
断じて、ござらぬッ」
カミラが無言で剣の柄に手をかけていた。
白エルディアの纏う気配は、隠しても隠しきれない。
すなわち戦場を煮詰め、殺戮を蒸留したかの如き瘴気。
「カミラ。やめとけ。エルディアが連れてきたなら、多分味方だ。
それに空気の悪さならエルディアも大差ねえだろ。」
「……そうでしたね。
ダンジョン深淵のに棲む魔物と変わんないんでした。
エルディアちゃんの拠点の設備だけで頭が痛いのですが……本人まで増殖するなんて……
世界の理はどうなってしまったのか……」
白エルディアは静かに言った。
「……構わないわ。
その反応のほうが正しいもの。同じ顔で、ごめんなさいね」
アスはすぐに動いた。
「事情は聞かせてもらえるんだよね?
座ってください。話は、それからです。
お茶を入れてきますね。」
「……ええ。ありがとう」
ふと白エルディアの視線が、アルトで止まった。
外套の下で、肩がひくりと揺れる。次の瞬間、彼女は床を蹴っていた。
カミラが剣を抜くより早く、アルトの胸に飛び込み、両腕で首にしがみつく。
「……っ、生きてる」
食堂が静まり返った。
「え、ちょ、ま、は!? 何が起こっ――!?」
「あったかい……ちゃんと、あったかいよぉ……」
アルトは両手を宙に浮かせたまま石像と化した。
カミラは剣に手をかけたまま、判断に迷って動けない。
ただ、アルト様に無暗に抱き着くとか、裁定うんぬん抜きにしてぶち殺したい。
エルディアも、唖然としていた。
(……は?)
一秒。二秒。
同じ顔の女が、友人に抱きついている。
もう一人の自分が、泣きそうに笑っている。
三秒目に、頭の中で、全ての因果が一本の線としてつながった。
「はあああ!?!?
何やってんの!?!?」
食堂の窓硝子が、ビリッと悲鳴を上げた。
「なあ、どういうことなんだ?これ」
「知るかっ!!
わかんない!! 離れろ白いの!」
白エルディアは、まだアルトの肩に額を押しつけたまま、小さく呟いた。
「……ごめんなさい。少しだけ、このままで」
その声だけは、冗談を許さなかった。
アスが戻ってきた。
「お茶入れてきたよー。
……え?何このやばい空気……」
そこに広がるは、まごうことなき修羅場だ。
ただ、その場の全員が、ひとつのことを忘れていた。
白エルディアという爆弾の降臨があまりにも強烈であったがゆえに、視界の端に追いやられていたが、食堂の入口の脇にはすでに2メートル半、鎧を着こんだ豚鬼が、気配を殺し、影の如く壁際に佇んでいた。
その背には、まだ目を覚まさないカイン。
その足元には、豚鬼のゴルドの巨体に隠れるようにしてリリが小さくなっている。
まずは、カインを介抱する部屋を整えねばならない。
「……取り込み中のところ、すまぬが……負傷者がおってな……」
ゴルドの一言で、時間が動き出した。
最初に反応したのは、やはりアスだった。
「カトレアは奥の部屋を!
オズワルドは水と布!
アルト様は、いい加減、その白い方から離れて!!
そんでその後、エルディアを宥めて!!!!」
「離れたいのは山々なんだが……」
「……手伝うわ。
傷の手当てなら、慣れてるから。」
白エルディアが、そっとアルトから離れた。
誰も、その言葉の重みを問い返さなかった。
◆
カインが奥の部屋に運ばれ、食堂には、冷めかけたお茶と居たたまれぬ沈黙だけが残っていた。
エルディアはどこからか持ってきた裁きの槌(木槌)を机に打ち付けた。
『ではこれより事情聴取兼、審問を開始いたします。
被告。白いエルディアは、禁断の不純異性交遊の罪の嫌疑がかけられております。』
白エルディアは思ったという。
なにこれ。




