166話 爆発後4 変態は覚醒する
リリは、動かなかった。
エルディアは、内心で冷や汗をかいていた。
(やっべ。リリが動かねえ。
やりすぎたか。
でも一回はいじっとかないと整合性が……
いや、そもそも私は何と戦っているのか。)
リリの肩が、震えていた。
「確かに私はショタコンかもしれないっす。
ダンジョン管理者になったばかりで、時間隔離体と変質し、代償として記憶が薄れぬ呪いを背負って、心の闇に病んでしまって……
でも、長命種の魔族の230歳なんて、人間換算で15歳の春くらいみたいなもんっす!
だからあれは、れっきとした恋愛だったっす!!」
リリは顔を上げ、その目には涙が溜まっていた。
けれど闇に呑まれたり逃げてはいなかった。
「あれは運命に選ばれし、禁断の契約だった!!!!」
その瞬間だった。
リリを中心に、淡い光の紋様が爆発的に広がった。
「――っ!?」
白いエルディアが、目を見開く。
「干渉力が跳ね上がってる……! こんな、術式の理論値を無視した……!」
エルディアは、口の端をわずかに上げていた。
「言ったでしょ。
変態は、その変態性を自覚したとき、覚醒する──!!
見事だわ……リリ──」
「……あなた、そのうち刺されるからね。」
「だが事実だ。」
――領域魔術。
夢幻百貨店!!
リリの周囲に浮かんでいた紋様が、次々と増殖し、崩壊した階層跡全体を覆うほどに広がっていく。
淡く可愛らしいはずの光の粒が、今や、直視した者の網膜を灼くほどの輝きを放っていた。
「――リリ、それ、加減。」
「加減とか、知らないっす。
姉御が煽ったんすからね!!
私の気持ちを、胸にしまっておいた私の気持ちを伝えていいって!!」
「私煽ってないし。
励ましただけだし変態って言っただけだから!!」
白エルディアも叫んでいた。
「それが煽ってるっていうのよ!!
禁断の扉を開けたとかなんとか!!」
「そこまでは言ってない!!!」
白エルディアが叫びながらも、その手は止まっていなかった。
震える左手一本で、不冬律術式を、リリの領域魔術に接続していく。
死が、白エルディアの脳裏をかすめていた。
(……死線だ。
この構造式も、濃密になりすぎたオメガ粒子からも、ばかばかしくなるくらい濃密な死の気配が立ちのぼってる……
一歩踏み外せば大陸ごと終焉。当然、私も例外ではない。)
──何度も経験した、いつまでたっても慣れないあの感覚。
174回目。
ずっと、探してきた。
ハッピーエンドに至るまでの、ただ一つの道を。
でも今は。
視界の先でリリの光がまっすぐに揺れていた。
「リリ。
あなたが紡いだその想いを、必ず届けてみせる。」
焼け焦げた右手の痛みを噛み殺しながら、彼女は、オメガ粒子の構造式に、干渉のための"道"を刻んでいた。
死の線と線の隙間を縫って、生き残るためのたった一本の"道"を。
あなたに。
「――出力はこっちで受け止める!!」
エルディアが吠えた。
彼女の役目は、リリの領域魔術がオメガ粒子に正確に作用するよう、その"橋渡し"を担うことだ。
仕組みはすでに組み立て終わっていた。
王都でのヴァーナルプロトコル。
リリの領域魔術の構造式。
魔王様の牢屋で。
そしてダンジョンで、幾度となく実験を繰り返した。
エルディアは、両手を広げた。
右手で、リリの光を掴む。
左手を、カインの胸に押し当てる。
「――来なさい。全部、私が通す!!」
次の瞬間、奔流が彼女の体を貫いた。
リリの三千年分の想いが、桁違いの熱量で流れ込んでくる。
(く……っ!?
なんていう出力!!
なんという灼熱!!
これが、これこそが変態の真骨頂!!!)
「白いあんた!!干渉力が足りてない!!
まだいける!?」
「――いける!!
というか、いかせる!!
このまま、オメガ粒子の構成を、逆再生させる……!!
爆発物としての構造を、ただの、粒子の集合体まで、巻き戻す……!!」
カインの体を中心に、光と闇と、名状しがたい色の粒子が渦を巻いた。
◆
『姉御』のループに巻き込まれて三千年は経過しただろうか。
時間隔離体であるこの身は、記憶の劣化が起きず、呪いとして残り続ける。
遠い過去のようで、昨日の今日でもあった。
あの人の声も。
笑うと、少しだけ鼻に皺が寄る癖も。
230歳頃か。
何もかも嫌になって現実逃避の為に冒険者ギルドの受付をはじめた。
人がたくさんいれば、少しは考えずに済むし、それに冒険者はすぐに死ぬ。
名前を聞いて、顔を見て、笑顔で送り出す。
帰ってこなくても、そういうものだと、割り切れる。
──割り切れる演技と、笑顔の練習ができる。
その日カウンターの前に立ったのは、まだ少年の面影が残る青年だった。
「お名前と、ご希望の職種をお願いしていいですか。」
「カインです。
職種は……まだ、決めてなくて。」
「じゃあ、とりあえず、"見習い"で仮登録しておきますね。」
――カインには、時折思ったことをそのまま地図の余白に書きつける癖があった。
攻略ルートの脇に、魔物の弱点と一緒に、まるで独り言のような一文が、いつも紛れ込んでいる。
読めない字で。
「今日の魔物、やたら硬い」
「受付嬢が転んで泣いた。可愛かった」
「――受付嬢に会うの、地味に楽しみにしてる自分に気づいた。引く。今度会ったら……」
リリは、地図を受け取るたび、攻略ルートよりも先に、その端の走り書きを探すようになっていた。
誰に見せるわけでもない、ただの余白への本音。
それをリリは、律儀に切り取って、マニュアルに挟んでいた。
マニュアルが禁断の私物となるまで。
「――何やってんだろ、私。
忘れられないのだから、書き留める必要なんて、どこにもないのに。」
(……どうせこの人も、先にいなくなるのに。
そんでこのマニュアルは、もはや恥ずかしすぎるので墓にもっていこう……)
――「回収不能な情報接触者は、隔離せよ。」
オメガ粒子の接触者のことだ。
接触した時点で、本人の意思にかかわらず、その存在そのものが世界崩壊のリスクにつながる。
だから隔離し処理する。
それはダンジョン管理者の責務としての、抗えぬ本懐でもあった。
リストの一番上に、リリは、震える手で『カイン』の名前を書いた。
そしてその隣に、あの日のメモの続きを書こうとした。
読むことができなかった言葉の代わりに、彼女自身の答えを書き加えようとした。
――その答えは、現在もまだ空欄ではあったが。
◆
「――解けてる……!!
術式が、解けていってる……!!
くそ、なんで……
私の解析じゃ、一ミリも動かせなかったのに……!!」
「理屈じゃないのよ!!変態はね!!」
「忘れてないからね私!!
あなたが一番3000年という時の重みに、変態性が敗北することを心配してたでしょ!!」
「そんなことは忘れた!!!!」
リリが、光の中で力を振り絞っていた。
(答えを知りたい。
あの時のメモの続きを。
例えそれが、私への憎しみだったとしても!!)
──答えを!!!!
光の紋様が、静かに消えていく。
粒子の渦が一際強く輝き、そして光と闇の名状しがたい色の粒子が渦が静まった。
崩壊した階層跡に静寂が戻る中で、リリはその場に崩れるように膝をついた。
「――成功っす……
オメガ粒子、正常値まで中和完了……
爆発物からの再構成確認っす……」
リリの声は、震えを帯びてた。
カインが、微かに瞼を動かした。
「……あ、れ……?生きてる!!!
カインさん生きてる!!!」
「制限時間は?」
「残りは23秒くらいね。
あの術式には、防衛反応があったから。
外から強く干渉されると、時限が加速して縮む。
私たちが全力でやればやるほどそれは強まった。まあ、途中干渉して遅延させたけど……」
白いエルディアは、そのまま崩壊した床の上に、大の字に倒れていた。
「あーもう限界!!
立てない!一歩も動けない!!」
逆にエルディアは、その白エルディアを横目に見つつ立ち上がる。
(……意外とやばかったんだ。
ま、たしかに私も魔力ほぼゼロだわ。
あと23秒はもたなかった。)
「よし。」
エルディアは頬を叩いた。
「カインだかオメガ粒子だかは知らんけど落ち着いたね。
彼は尊い犠牲になった。
──じゃあ、そろそろ『決着』はつけないとね。
『決着』を。」
「カインは生きてるみたいだから犠牲にはなってないけどね。
ふう……
あれでなんで本当にうまくいくんだろうか……
あれ……?……待って、決着??
……まだなんかあったっけ???」
「ああ?
なに気を抜いてんだ惰弱が。
どっちが本当の『私』か決着ついてないでしょーが。」
「え……?」
「ちゃっちゃとやるよ。
このあと、大人の『私』とも話しつけないとなんないんだから。
いっとくけど、私の魔力はゼロだけどポチやリッチはまだ元気だからね。
今ならあんたにも勝てる!!
ループしてるかなんか知らないけど、あんたは絶対、ここで息の根をとめておかないと!!」
「え……?嘘でしょ……!?
マジで!?
こいつ、マジで頭おかしいんだけど!!!
さっき一緒に死線を越えたじゃん!!!」
「あんなのは偽善だ!!!」
んなー!!!!
そしてリリは見た。
白エルディアとエルディアが地面に転がるようにいがみあっているのを、ゴルドが止めていた。




