164話 爆発後 百七十五回目の私
右腕は肩からほとんど失われ、辛うじて繋がっている部分から、黒い粒子――おそらくオメガ粒子――が、傷口から蒸気のように漏れ続けていた。
剣と融合していたはずの部位は、剣ごと半分砕け、刃の断面が生々しく覗いている。
全身、白エルディア以上に土埃と血にまみれ、立つどころか、地面に這いつくばるのがやっとという有様だった。
『――出た!!
カインさん!! 生きてたっす!!』
リリの念話が、悲鳴のような喜びを帯びた。
カインは朦朧とした意識の中で、ぼんやりと見上げていた。
「……逃げろ……」
胸の中心――剣と融合していたはずの、あの部位。半ば砕けたその断面から、黒い粒子が、今までとは違う密度で噴き出し始めた。まるで、内側から何かが、殻を突き破ろうとするように。
カインの胸部が、内側から、裂けた。
『――ッ、な、なんすか、これ……
存在確率のグラフ、振り切れてるっす……!!
座標体の中から、別の――』
◆
そこには、一人の女性が立っていた。
まるでそこにいる二人のエルディアを、そのまま大人にしたような。
エルディアをそのまま大きくしたような姿。同じ意志の強い瞳。
だが年齢が違った。
女は、ゆっくりと周囲を見渡した。
崩壊した階層跡、瓦礫、呆然と立ち尽くす面々。
それら全てを値踏みするように、しかしどこか懐かしむように。
そして視線が二人のエルディアの上で止まった。
「あら。
理論上は、この固有座標で、十分処理は可能だと思ったのだけれど……」
口元に、笑みが浮かんだ。
「――わからないものね。
このループはここで終わる予定だったのに。
一度目からここまで想定外がつづものなのか。」
「……カインの中身があなただったわけね……」
「そうね。
彼には、感謝しているのよ。
本当に、良い"器"だった。」
その言葉に、白いエルディアの顔から、完全に血の気が引いた。
「――あなた。
まさか。」
大人エルディアは、緩やかに笑んだ。
「さすがに察しがいいわね。
うふふ。
分かっているでしょう?
174回目の私。
――私は175回目の、私だ。」
場に、完全な沈黙が落ちた。
崩落したダンジョンの奥、沈黙だけが支配を始めた。
その言葉が場に落ちた瞬間、白いエルディアの喉から、掠れた声が漏れた。
「……嘘でしょ。
未来の……」
「あら、そんなに驚くこと?
あなたも、いずれ辿り着く場所よ。
――辿り着ければ、だけれど。」
大人エルディアは、ゆっくりと歩を進めた。
足音一つ立てず、それでいて、その場にいる全員の呼吸を止めさせるだけの圧があった。
ゴルドが、剣を構えながら唸る。
「――待て。
儂には、お前の強さの底が、まるで見えん。」
「見えなくて、いいのよ。
見えてしまったら、あなた、絶望するだけだから。」
穏やかな声のまま、大人エルディアはゴルドを一瞥もせず、視線を白いエルディアだけに向けていた。
「ねえ。
私。
百七十三回、頑張ったわね。
偉い。
――でも、もう、そのデータは使えない。
知っているでしょう?
私が出てきた時点で、あなたの積み上げてきたものは、全部、参考記録に格下げになったの。」
「――っ。」
白いエルディアが、拳を握りしめる。震えていた。
「――あのさ。」
声を上げたのは、表のエルディアだった。
大人の姿をしたエルディアの視線が、初めて、彼女の方へと動いた。
「なに?」
「いや、話聞いてて思ったんだけどさ。
百七十五回とか、百七十四回とか、正直、どうでもよくない?」
「……?」
「数字とデータの話ばっかりでさ。
結局あんた、何がしたいの?
世界をどうこうしたかったのは分かったけど、その先、何?
世界崩壊させてどうすんの?
またやり直すの?」
大人エルディアの表情が、初めて、僅かに動いた。
「へえ。よくできてる。
……本当にあんた、私の一番若い頃なのね。
ホントに何も、考えていない。」
「考えてないんじゃなくて、あんたが勿体ぶってるだけでしょ。
教えてくれれば、こっちも考えるし。」
「――そうね。
教える価値は、まだないもの。
必要性もね。
『イレギュラー』のあなたたちには。」
その一言と共に、彼女の足元に、複雑な紋様が浮かび上がった。
「『イレギュラー』はそっちでしょ。おばさん。
――逃げる気?」
エルディアの声が鋭く響く。
「逃げる、というより。
今日のところは、確認、だったから。
『クソガキ』」
「確認……?」
「『イレギュラー存在である』174回目と、『イレギュラーな結果を出す』あなた――でも観測結果は得られた。
それだけ、見られれば十分。
もういらない。
『ばいばい』。」
大人エルディアの姿が消える、その直前。
「――ああ、そうだ。
もし次会えらたら、もう少し『お話し』ましょう。
生きてられたら、だけどね。」
その視線の先には、崩れ落ちたまま動かないカインの体があった。
紋様が、一際強く輝いた。
次の瞬間、彼女の姿は完全に消えていた。
『――警告。』
その静寂を破ったのは、システムの声だった。
リリの念話だった。声が、明らかに強張っていた。
『警告っす!!
カインの体内、オメガ粒子の密度が、異常上昇中っす!!』
「「――は?」」
2人のエルディアが振り返る。




