163話 爆発後
コアルームの警告灯が、赤から白へ、白から赤へと狂ったように切り替わっていた。
「転移完了……姉御たち、外に出たっす!!!!」
画面の中央で、ひとつの文字列が明滅していた。
──《座標保持体:カイン・エルスワース 排除推奨》
『管理者権限による排除を承認しますか』
「――しないっす」
『同期を切断すれば、連鎖崩壊は回避可能です』
「だからしない!!!!」
世界を引き換えにしかねない決断に指が震えた。
三十年前も、こうだった。
正しい判断だと言われて、ボタンを押した。
隔壁が下りる音を、コアルームで聞いた。
同じ場所で。
似たような状況で。
あの日から、あの音が耳の奥から消えたことは一度もない。
「――間に合え……!!」
リリの絶叫がコアルーム内に響く。
シェイドの闇を纏って放たれた、虚数の亀裂が現実世界を侵食していく中、リリの管理者権限が、悲鳴を上げながら強制的に座標を書き換えていく。
《同期バイパス構築:管理者権限を中継として使用》
『警告。オメガ粒子の逆流を検知』
『警告。中継者に全負荷が集中します。生命維持の保証はありません』
「かまわない!!!
もう置いていかない!!!
後悔するのはもう嫌だ!!!!」
リリの普段の飄々とした口調が消え、鋭い声だが響く。
リリが叫んだ瞬間、視界が真っ白に染まった。
――気づけば、崩れる轟音だけが、遠く、くぐもって聞こえていた。
◆
土煙の向こう、把握する術はないが、階層を5つ程上がった所。高さにすれば500m程。
「――生きてる? みんな。」
エルディアの声に応えたのは、ゴルドの咳き込む声だった。
「儂は、なんとか……
……なんで、儂らまだ生きとるんだ。」
粉塵が晴れていく中、ゴルドは剣を構えたまま、周囲を見回していた。
「おいエルディア、リリは?」
『……生きてる、っす。
間一髪だったっす……
あと0.3秒遅かったら、全員、あの中っすよ。
姉御……?』
「…………」
エルディアは、ゆっくりと足元を見下ろしていた。
床が、途中からぷっつりと途切れていた。
断面は妙につるりとしていて、焦げ跡ひとつない。
爆発で吹き飛んだのではなく、最初からそこに何もなかったかのような切り口だった。
冷たい空気が、ひゅうう、と下から上がってくる。
エルディアの頬を、一筋の汗が伝った。
エルディアはそれをさりげなく袖で拭った。二回。五回。十回。
「拭きすぎだ!! 袖が絞れるだろうが!!」
「……ふ。
目論見通りね!!!」
『みえみえの言い訳はやめるっす!!!
というか、ダンジョン、消えてるっすから!!!
最深部から5階層まで、丸ごと!!!
管理ルームもめちゃくちゃっすよ!!!」
エルディアは全力で後ずさっていた。
何事もなかった顔で天井を見上げた。
ただ天井ははるか上だった。
「……いい天井ね……」
「天井は上の階層まで吹き飛んどるわ!! 良かったな!!空が見えなくて!!
目が泳いどる!!」
「泳いでないし!!
平泳ぎしてるだけだし!!
言っとくけど、全部計算どおりだから!!」
『絶対、計算してなかったっすよね!』
「ノリで計算した!!」
「それは計算とは言わん!!」
◆
エルディアは困ったので正座を始めた。
『……えー被告。
姉御に、被害報告を読み上げるっす。」
「聞きたくないけど、お願い。」
『王都直轄ダンジョン、最深部とその最深部中心に500m消失。
被害総額、国家予算の――』
「よし。終わり。もう聞かない。」
『聞くっす!!
これ、姉御が起こした被害っすからね!?』
「だって!!!どうにもなんないじゃん!!」
ゴルドが、額を押さえながら唸った。
「……ちなみに、あの奴らは?」
『――不明っすね。
座標体とダンジョンの同期、解除されてるっす。
理由は、不明。多分吹っ飛んだっすね。
……カインさん……ふっとんじゃった……』
「え、解決してんじゃん。
よかった。
あのもう一人も私も、これでうまい事始末できたみたいだし、大円団ね!」
『なんもよくないっす!!
姉御が直接手を下したのに、他人事なのがすごいっす!!。
吹っ飛ばした片方、知り合いっすからね!!私の!!』
「大ジョーブだって。
単なる元彼でしょ?
リリの事なんて、絶対覚えてないと思う。」
『きーっ!!!!』
その時、付近の瓦礫の山が、内側から軋んだ。
ピキ、ピキ、と氷の這う音が響いたかと思うと、次の瞬間、瓦礫ごと凍りついた岩塊が、内側からの一撃で粉々に砕け散った。
「――っ、ぐ……」
砕けた瓦礫の隙間から、白いエルディアが姿を現した。
満身創痍、という言葉がそのまま当てはまる有様だった。
右腕は不自然な角度に垂れ下がり、白い髪は土埃と乾いた血でところどころ赤黒く染まっている。足取りも、まっすぐ立っているのがやっとという様子だった。
「うわ。生きてた。始末しないと。」
リリは思った。
ひでえ。
瓦礫を踏む音が、正座するエルディアの前で止まった。
「……聞こえてるわよ。始末、ね。
あなた、自分が何したか、分かってるの?」
白エルディアは、垂れ下がった右腕をかばいもせず、正座をしたまま首を傾げるエルディアを静かに見下ろしていた。
──虚数領域とは、現実が「ありうる」と認めた範囲の外側。
(あらゆる可能性が、確定する前に沈んでいる混沌の海。
虚数位相の逆流。
虚数は、時間の裏側にも通じている。
……下手をすれば終わっていた。ループごと)
エルディアはきょとんとしたまま、何を思ったのかすっくと立ち上がって拳を握った。
「何したかって……ぶっとばしただけに決まってるでしょ。
私は、『イレギュラー2人』を爆発で仕留めようとした。
仕留めそこねたから、白いあなたを今から私が仕留める。」
「……『イレギュラー』は貴方でしょ……」
え、待って。
まだ戦う気なの!?
待って!!
共闘してたじゃん!!」
「あんなの一時的なものに過ぎないでしょ。
生きてるじゃん。お互い。
刻印魔術があれば、こんなのはお互い怪我の内に入らない。
共通の敵を倒したなら、問題ははじめに戻る。
問題は解決するまで問題。
そんなことは当たり前です。」
あっけらかんと言い放つエルディアを無視して、白エルディアは顎に手を当てていた。
(着弾点の「在る」は、「在るかもしれない」に格下げされ、やがて「在った」という記録すら保てなくなる
正気の沙汰なんてもんじゃない。
理論上は可能でも、実行に移せるレベルの制御精度と胆力を持った存在なんて、聞いたことがない。
下手すれば、私のループだけじゃない。
この世界そのものが演算エラーごと消滅していてもおかしくなかった。)
――めちゃくちゃよ、こいつ。
(百七十三回、私はこの目でありとあらゆる"規格外"を見てきたつもりだった。
あらゆることを試してきた。
でも、『こいつ』は違う。
明らかに違う。
理屈じゃない。
分別がないんじゃなくて、分別という概念そのものが、多分ない。)
白エルディアは、ファイティングポーズで、シャドーボクシングするエルディアを無言で見ていた。
――え……?
(私って、若い頃こんなめちゃくちゃだったの!?!?
ええ ……!?
いや、待って、待って。
同一存在って言っても、こんな……こんな、後先考えずに叫んで、ノリで必殺技出して、世界のノリで崩壊寸前まで持っていくような。)
――こんなの、私だったの……!?
「ねえ、あなた……」
「なによ。」
「今の、ログ取ってる?」
「一応……ねえ、すごく目が怖いんだけど」
「詳細な演算過程、あとで見せて。
再現性の有無を確認したい。
シェイドっていう、あの闇そのものの構造データ。
あれ、なに?あなたの制御なのか、それとも――」
「いや、単なる初級闇精霊だけど……」
「時間ループして、因果が逆転してるあなたが精霊と契約できるわけないでしょーが!!!!
ちゃっちゃと吐きなさい!!」
「いや、契約精霊だからシェイドはシェイドだよ!!
逆になんで『私』なら精霊契約していないのさ!?!?
さっき瓦礫から出てきた時も、なんで転移しないのかなって疑問におもってたけど……
そもそも私はループなんかしていない!」
「なわけない。
その体に刻まれた千の刻印は、ループの度に増えていったものだ。
ならあなたは私と同じ程度ループしてる。
それ以外ない!
じゃなきゃ千も刻印を刻んだら魂がぶっ壊れるでしょーが!!」
「子供の頃からちくちく一人で刻んだもん!!
ループなんてしてないもん!!」
「刻印一個で泣き叫ぶ程痛いのに、そんなの無理に決まってるから!!」
「ええっ!?!?
気合でいけるもん!!」
その時、二人の間の空間が、ぐにゃりと歪んだ。
歪みは座標のエラーめいた明滅を数回繰り返し、やがて何かを吐き出すように弾けた。
「――ッ、があ……」
落ちてきたのは、カインだ。




