161話 未来エルディア 怪獣決戦
リリの指先から、握っていた端末が滑り落ちていた。
カランと、乾いた音が静まり返った部屋に響く。
「……なんで。
だってあの時、隔壁を……私が……」
『りりちゃんも待ってるしな!!』
最後まで彼は、「受付嬢」ではなく「リリ」と呼んでくれた。
それなのに自分は、震える声で「ごめんなさい」としか返せなかった。
「私は『答え」を……
あの時の答えが……
……え?
カインさん、ダンジョンの中心座標そのものと、同期してる……」
リリは表情を歪めた。
リリの視界に、管理者権限を通しダンジョン制御を阻む「中心座標」の情報が流れ込んできていた。
『固有座標、一致。カイン・エルスワース――否、"座標保持体"』
『排除対象、確定』
リリは凍りついた。
◆
領域魔術
『不冬律術式』
「――《我が積み重ねし刻を薪とし、千の冬を焚べよ》」
世界の色が、反転。通路だったはずの場所が、終末の炎の国へと書き換えられていく。
太陽の欠片を鍛えた、滅びの大剣を持つ巨大な炎が人の形をして立ち上がる。
「──《焔の王よ目を覚ませ。春を喰らい、春を吐く、この塔の名において》
――終式。《春焔滅界》」
炎は津波となって通路を呑み、溶けた氷は蒸気となって舞い上がった。
対して、彼は、不敵な笑みを浮かべて『それ』を言った。
領域魔術
──『冬律術式』
ぱきりと、宙に舞った水滴が、空中で凍って落ちた。
炎の巨人の足元から、霜が這い上がっていく。
溶岩の海は黒く固まり、深紅の空に亀裂が走って、その裂け目から白が滲んだ
──おそらくオメガ粒子によるエントロピー強制平衡効果!!
(オメガ粒子は干渉するのがクソむずいのになんでこんなに操るのよ!!
前に会った時より、粒子の制御と密度が跳ね上がってる!!!!
本当にまずい。
頭の隅ではそう分かっているのに、興奮の方が勝ってしまう。
砕けた氷が、きらきらと降るその中を、白いエルディアは踏み込んだ。
炎を纏った白いエルディアの拳が、剣と一体化した腕に受け止められる。
領域間における侵食と干渉効果により、拳から冷気が這い上がり、腕がじわりと白く染まっていく。
(173回ループしてんのよこちとら。
年齢で言えば3000歳を越えてる魂が若い体にぶち込まれてるのに、なんで勝てないのよ!!!)
百七十三回分の"最速"を、今の一撃には込めていた。
骸骨一匹倒すのとはわけが違う、正真正銘の全力だ。
それを、真正面から、未知の術式で止められた。
震える声は、恐怖からではなかった。
――ダメだ、ダメだ、これ死ぬやつだ。分かってる。分かってるけど。
「なにこれ、なにこれ!?
知らない!
このパターン知らない!!」
「――狂ったか?」
「また初めてなの!
百七十三回で、初めて『次どうなるか分かんない』!!
それがこんなにたくさん!!!」
相対すらカインの声が引きつっている。
当然だ。
目の前の少女は今、命の危機よりも明らかに"別のこと"で興奮していた。
「……正気とは思えんな。」
嗤ったのは、カインの中の"何か"だった。
「いいだろう。
踏み潰してやる、貴様の知らない、未知の術式で。
路傍の石が。」
「あ、それもいいね、その言い方。」
白いエルディアは笑った。
心の底から、楽しそうに。
「壊れたおもちゃに"石"呼ばわりされるの、めちゃくちゃ屈辱で最高!!
領域魔術《不冬律術式!!!!」
拳を、大きく振りかぶる。
「《天照》!!」
咆哮のような掛け声と共に、彼女の体が今度は白ではなく紅蓮の炎に包まれた。
氷の冷気を吹き飛ばすように、灼熱が空間を塗り替えていく。
◆
膝をつくエルディアに、ゴルドは寄り添った。
「エルディア。
大丈夫か?」
「まーね。」
答えながら、荒い息を整える。
全身に力が入らない。指先まで痺れているのに、頭の中だけが、やけに冴えていた。
「何が起きている?」
「こっちが聞きたいわよ……
何あの怪獣決戦。
あいつ、私との戦いに、全然本気出してなかったんじゃん。
はらたつわー」
「……いや、感心してる場合か。
巻き込まれたら消し炭だぞ。」
「分かってるわよ、そんなの。」
紅蓮と極寒が、ぶつかり合い、爆風が頬を叩いていた。
白いエルディアの拳から放たれる炎は、もはや技というより現象そのものだった。天井近くまで届かんばかりに立ち上る火柱。
対するカインの右腕から広がる冷気は、その炎の柱を芯から凍らせようと、渦を巻きながら押し返す。
ぶつかり合うたびに、大気が悲鳴を上げた。
その時。エルディアの耳に声が届いた。
『ねえ、イレギュラーな私。
きこえる?』
「……あんた……」
エルディアの違和感に気づいたゴルドが声を上げようとするが、それをエルディアは手で静止する。
──ステイ。
ゴルドはうなずく。
「いや、そっちがイレギュラーでしょ」
エルディアが即座に返す。
ついさっきまで殴り合っていたとは思えない、いつものテンポだった。
『そういうのはいいから。
カインを止めるよ。
わかってるかは知らないけど、カインはこのままだと世界を壊すから、手を組まない?
あなたが私なら、もちろん世界は守るでしょ??
私ならね。
私なら』
「は?
世界とかどーでもいーし。
まあ、最終的に守るのもやぶさかではないだけだし」
『手を組みましょう。』
「……だが断る!!!」
『そのひねくれ具合……
すごく身に覚えがあるわね
まーいーわ。
私なら後で考える。
だからやることだけ伝える。』
エルディアは思った。
なんか自分自身にすら、すげえ呆れられたんだけど!!!




