158話 未来エルディア どっちが本物だ?
ゴルドが、二人の間で視線を往復させる。
「ちょ、ちょっと待て。
小娘が二人いる時点で処理が追いつかないんだが!!
オメガも増えたが。」
「ゴルドさん。落ち着きなって。」
ゴルドの隣でエルディアが、いつも通りの調子で杖を振る。
だが、その手は微かに震えていた。
「……お主も震えておろうが。」
「動揺もするでしょ。
自分の顔した奴が、自分より遥かに疲れた目で、こっち見てくるんだから。
ていうかなぜ髪が白い……」
白い深淵のエルディアが、一歩、前に出た。
「聞きたいことがあるなら聞いていいよ。
――ただし、答えを聞いたら、あんたはもう、今までの『エルディア』ではいられなくなるけど。」
沈黙が落ちた。
ゴルドの視線が、二人のエルディアの間で、まだ行き場を探していた。
「……どっちが、本物だ?」
震える声で、ゴルドがようやくそれだけを絞り出した。
二人のエルディアが、同時に、同じ表情で笑った。
「「――さあ、どうだろうね。」」
轟音が、深淵全体を震わせた。
エルディアのミノタウロス・オメガが咆哮を上げ、地を蹴った
白い深淵のミノタウロスは、動いたようにすら見えなかった。
気づけば、その巨躯はすでに間合いの内側にいた。
振り抜かれた腕が一閃、骨の斧が空気を裂く音すら置き去りにして、エルディアのミノタウロスの横腹を捉えていた。
「――は?」
エルディアの声から、余裕が消えた。
「弱っ……いやいやいや、待って。
同じミノタウロス・オメガのアンデッドじゃないの、これ!?」
エルディアの目が、忙しなく動いた。
──強さの桁が違う。
──核の魔力量がダンチだ。
(アンデッドの核は、一回の召喚でどれだけも魔力注いでも上限がある
継続的に、気が遠くなるくらいの回数、同じ核に魔力を通し続けたら――器そのものが、少しずつ広がっていく。)
自分の召喚した化物が、まるで羽根のように吹き飛んでいく。
骨と腐肉の巨躯が、崩れかけた通路の壁を突き破り、瓦礫と土煙を巻き上げながら遥か後方まで転がっていった。
風もないはずの深淵で、彼女の白髪だけが、わずかに揺れていた。
「同じ個体だと思うけど差がでたね。
ただ――積み重ねた"回数"だけどね。」
「回数……?
強さの桁が変わる程の……?」
喉の奥から、掠れた声が出た。
「……あんた、まさか。」
「小娘!!くるぞ!!」
ゴルドが叫んだ瞬間、深淵のミノタウロス・オメガの拳が、エルディアの目前まで迫っていた。
避けられない。距離も、速度も、全部が足りていない。
「――まずい。」
姉御のエルディアの表情から、初めて完全に笑みが消えた。
死ぬ。
その二文字だけが、頭の中を白く塗りつぶした。
◆
「――リリ。」
エルディアが、振り向きもせずに叫んだ。
「ダンジョン魔力全部回して!!」
『は、はいっす!!』
声の返答を待たず、エルディアの手が反射的に動いていた。
杖を勢いよく振り下ろし、組む暇すらない術式を、その動きだけで無理やり圧縮する。
──管理者権限を取り戻したばかりのダンジョンで運用はかつかつだろうが、背に腹はかえられない!!
「魔力供給、限界突破――
《魔力位相同期網》、起動――!!!!」
エルディアの杖から、ダンジョン全体の魔力脈と直結した光の回路が、放射状に走った。
壁も、床も、天井さえも、まるで巨大な魔法陣の一部と化していく。
「出でよ。」
杖が振り下ろされる。
「ミノタウロス・オメガ――×10!!!!」
召喚陣が、一つではなかった。
通路を埋め尽くすように、十の陣が同時に展開される。
エルディアが、その負荷にその場に片膝をついた。
だが召喚は完遂された。
「へえ。」
虎の子のオメガの一撃を受け止められた事に、深淵のエルディアが、初めて僅かに目を見開いた。
地響きと共に、十体のミノタウロスが同時に顕現した。
個体としての強さでは及ばない。
ならば――数で押し切るしかない。
十体のミノタウロスが、一斉に地を蹴る。
深淵のオメガが、大きく息を吸い込んでいた。
光が深淵のオメガの拳に収縮し、振り下ろされる。
光と衝撃の奔流が解き放たれるとともに、轟音。
土煙の中から、原形を留めていない、片腕を失い、あるいは下半身が半ば炭化したオメガが姿を表し、深淵のオメガに肉薄する。
「……おもしろいわね。」
白いエルディアが、乾いた声を漏らした。
「どうしてそんなにミノタウロス・オメガがいるのかしら。
Sランクの災厄指定種のアンデッドなんだけど。
それにその制御力……
闇属性ってのは制御が難しいのに……」
本来、一体でも国家規模の討伐隊が動くレベルの魔物だ。
それが十体、しかも即席で従えられている時点で、常識の範疇を超えていた。
「決まってるでしょ!!こいつの焼肉がうますぎて、乱獲したからよ!!!!」
エルディアが、杖を構えたまま、大真面目な顔で叫んだ。
「――は?」
白いエルディアの動きが、一瞬、完全に止まった。
「いや、待って……?
え?
Sランク災厄指定種を、焼肉のために乱獲?
私、そんな理由でこいつらアンデッドにしたことあったっけ……?」
自分自身の過去を疑い始める白いエルディア。
「ミノタウロスオメガの肩ロース、脂の乗りが半端ない……
『美味いものは根絶やしにしてでも確保する』。
それは生きているなら当たり前の欲求……
牧場。」
エルディアが、ぼそりと繰り返した。
「災厄指定種の、牧場を食肉の為に作って見せる。
私は三十頭を越えるミノタウロスを食した。」
「――駄目だ、理解が追いつかない。」
白いエルディアが額を押さえた。
十体のミノタウロスの猛攻を凌ぎながらも、その表情には明確な"引き"が浮かんでいた。
「私、百七十三回、命懸けでループしてきたのに……
その私が持っていない力の理由が『美味しいから乱獲した』って、なんなの、それ。」
叫びながらも、白いエルディアの防御に、僅かな綻びが生まれ始めていた。
戦意ではなく、ツッコミによる集中力の欠如。
(――意味が、わからない。)
深淵のエルディアは、迫り来る十体のミノタウロスを見据えながら、内心で舌打ちしていた。
(《魔力位相同期網》?
そんなもの、私は――百七十三回目にして一度として使いこなしていない。)
ダンジョン全体の魔力脈を、召喚術と直結させる発想。
理論上は可能だと分かっていた。
だが、それには管理者権限との高度な同調と、何より魔力の暴走リスクを恐れずに全力供給する"覚悟"が要る。
(私は、怖くて踏み切れなかった。
何度やり直しても、どこかで手加減して、失敗を恐れて。
と言うか何回か失敗して死んだ。)
なのに。
動揺から制御を誤る。
十体のミノタウロスの拳が、目前まで迫る。
考えている暇はもうなかった。
「――くっ。」
白いエルディアの口から、初めて余裕のない声が漏れた。
同時だった。
二人のエルディアの体に、同じ紋様が浮かび上がる。
全身に這うように広がる、千の刻印。
声が、寸分違わず重なった。
「「刻印全解放――!!!!」」




