↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
頭がおかしくてお金が欲しいイカれた精霊魔術師エルディア  作者: 無印のカレー
王都ダンジョンあれこれ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
157/169

156話 管理者権限

管理者エリアは、簡素だった。

装飾もなく、ただ、掌の形をした窪みが一つ。


リリが手を伸ばした瞬間、扉全体が淡く光り、無機質な声が響いた。


「――管理者権限、消失を確認。

最終アクセスより、二十九年と百四十七日経過。

再認証を要求します。」


「……うわ、律儀っすね。

認証コード送信っと。」


リリが苦笑いを浮かべた。だが、その笑いはすぐに強張った。


「思ったより、時間経ってるって突きつけられると、地味にくるっす。

まあ――第一関門、突破っす。」


ガコン、と重い音を立てて、扉が横にスライドしていく。


窪みに手を当てたまま、リリが小さく息を吐く。




扉の向こうに広がっていたのは、思ったよりもずっと広い空間だった。

天井まで届く水晶柱が幾本も立ち並び、その表面に、青白い文字列が絶えず流れている。

中央には、一段高くなった円形の台座と、そこに埋め込まれた、もう一つ小さな窪み。


「……ここが、本体の入口っすね。

扉の認証と、システム本体の認証は、別っす。」


リリが台座に近づき、二つ目の窪みに手をかざす。


「――二重認証、確認。

管理者権限、部分的復旧を許可します。

本認証には、追加の生体情報が必要です。」


扉の表面に、光の粒子が集まり、ゆっくりと映像を結び始めた。


そこに映し出されたのは、今より少し若い――というより幼さの残る、リリの姿だった。


リリが、固まった。


指先が、宙に浮いたまま止まっている。

瞬きすら忘れたように、映像の中の自分を見つめていた。


「――こんなの、記録に残ってたんすか。」


映像の中のリリは、今の飄々とした調子とは違い、真剣な顔で何かの制御盤に向き合っていた。

ダンジョン全体の魔力循環を、たった一人で調整している様子だった。


「へー。」


エルディアが横から興味深そうに覗き込んだ。


「真面目じゃん、昔のリリ。」


「うるさいっすね!!見ないでほしいっす、こういうの!!」


顔を赤くして映像を手で遮ろうとするが、光の映像には触れられない。


映像は続いた。

若いリリが、誰かに何かを告げられ、表情を失っていく。

そして、制御盤から静かに手を離し、ダンジョンを後にする後ろ姿。


「私、あの時――

"暁の剣"を止められなかった自分が、許せなかったんすよね。

管理者のくせに、部下も、侵入者も、誰も守れなかった。

だから、逃げたんす。責任から。」


「わかるわ。リリ。私もよくふっとっばすし。」


「姉御は本当に吹っ飛ばしますからね!!!!」



◆



――三十年前。


ダンジョンの管理者になるということは、因果から隔絶されることを意味する。


それは時間から隔離され、不老となり、魔王という巨大な山を登るための、その山の麓のほんの入り口にあたる。


リリはその山を登り始めたが、あまりのつらさにすでに逃げ出したかった。


現実逃避で精神安定をはかるために冒険者ギルドの受付をやっていた。

分厚い管理者マニュアルを抱え、精神を安定させるためにギルドの先輩の背中を追いかけるだけの日々。


「暁の剣」のパーティが最初にこのダンジョンへ潜った日、受付で対応したのも彼女だった。


「――お、可愛い受付嬢だな」


パーティの剣士がからかうように笑いかけてきた。彼の名はカイン。

後に「暁の剣」のリーダーとなる青年だった。


「からかわないでください。仕事ですから。」


「じゃあ仕事終わりに、飯でも奢らせてくれ。 無事に帰ってきたらな」


軽薄な誘い文句。

だが、それを軽薄と切り捨てられないくらい、彼らはいつも笑って帰ってきた。

ダンジョンの深部から、傷だらけになりながらも、必ず。


「ただいま、リリちゃん。」


「――お帰りなさい、じゃないです。『ちゃん』づけしないでください、いい加減」


「いや、無理だろ。」


そんな軽口を、何十回と交わした。

いつしか彼女は、彼らが無事に戻る日を、当たり前のように待つようになっていた。


だが――その日は、来なかった。


「回収不能な情報接触者は、隔離せよ」


魔王ザガンからの命令書を受け取った時、リリの手は震えていた。


「――待ってください、彼らはまだ生きてます。反応がまだ……!」


「人間にほだされたか?リリ。

お前も管理者なら分かるだろう。

そんな事は何度もある。慣れろ。

小石と思え。」


「分かりません! 分かりたくもないです!!」


叫んでも何も変わらなかった。

ダンジョン管理者権限は、時に個人の感情より重い。

世界の成り立ちに直接かかわるためだ。


隔壁が下りていく音を、リリは今でも覚えている。


「――みんな!!あきらめるな!!」


「りりちゃんも待ってるしな!!」


「うるせー!!!」


ダンジョンのコアルームにカインの声が響いた。

最後まで、彼は「受付嬢」ではなく「リリ」と呼んでくれた。


「――ごめん、なさい」


震える声で、それだけを返すのが精一杯だった。


隔壁が完全に閉じた瞬間、リリの中で何かが決定的に壊れた。


それから彼女は、歳を取らない体で、時間隔離者の管理者として、ただ淡々と職務をこなし続けた。

誰にも心を開かず、飄々とした態度の仮面をかぶって。


そして『それ』が起き、彼女は30年の眠りについた。


起きたとき、全てが終わっていた。



◆


台座の前で、リリはしばらく動かなかった。


映像が、光の粒子となって崩れ、静かに消えていく。


頬が濡れているのに、本人はまだ気づいていないようだった。


「待って。」


エルディアは手をあげた。


「何すか?姉御。」


「キャラが違う。

何で普通に恋愛してんの!?

30年前って、今260歳なんだから大体230歳でしょあなた!?!?

なんで青春をやり直してるだけなのに、美談っぽくなってんの!?!?」


「……」


「小娘……なぜそこで茶々を入れる……」


「リアリティーが!!リアリティーが!!!!」


「いや、実際あったんだからリアルであろうが。」


映像が消え、扉に再び無機質な音声が響く。


「――記憶照合、完了。

過去の管理権限保持者と、現在のパターン、九十八パーセント一致。

残る二パーセントの乖離について、申告を求めます。」


「……乖離?

ここまできて……そんな……」


リリが眉をひそめた瞬間、足元の床がわずかに軋んだ。


「――リリ。」


ゴルドが、静かに前に出た。

いつになく穏やかな声で続けた。


「三十年前、逃げたことを悔いているなら、今逃げずにここに立っていることが、もう十分な答えだと儂は思う。

お前が管理者に戻ることを、儂は――適任だと思っている。

同じ魔族としてもな。」


「……ゴルドさん。」


「柄にもないことを言った。忘れろ。」


静寂が戻った。


「宣言するっす。」


リリは、深く息を吸い、掌を窪みに押し当てた。


「私は、リリ・ヴァルフェリア。

このダンジョンの、管理者だ……

――今度は、逃げない。」


扉全体が、眩い光を放った。


「――再認証、完了。

管理者権限、正式に復帰しました。

おかえりなさい、管理者様。」


光が収まると、周囲の空気が明らかに変わった。壊れかけていた照明が次々と灯り、荒れ果てていた通路の壁が、緩やかに修復されていく。


「――成功っすね。」


リリが、少し照れ臭そうに呟いた。


エルディアが、パチパチと拍手した。


「おかえり、管理者。

そしてツッコミどころ多すぎの過去の持ち主……」


「……姉御も相当っすけどね……ってか、権限戻ったなら――」


リリの目が、宙に展開された無数の管理者専用ウィンドウを捉えた瞬間、表情が固まった。


そこには、王都ダンジョン内に点在する、オメガ粒子の集積体と同じ構造を持つ"末端"の座標が、地図上に無数に光っていた。


そして、その中心――すべての座標が収束する一点に、これまで見た誰の名前でもない、一つの座標だけが浮かび上がっていた。



「姉御。ダンジョン権限を完全に取り戻すには、ダンジョン深淵に巣くう対象を排除する必要があるっす。」


「任せといて。

これが終わったら、あとは魔の森とこのダンジョンをつないで、さらに故郷の村のダンジョンと連携して、完全にこのダンジョンを制御して……えーとあれもして、これもして……」


他にもあったな、とエルディアは数え始めた。


やがて。


「──て感じでいろいろやれば終わりだから!!

結構長いわね!!

でも秒ね!!!!」






──ダンジョン深淵部。


『彼女』はダンジョンの異変に気付いた。


「ダンジョンの権限が書き換わった……

このタイミングで?

最短のループでもあと3年はかかったはずなのに……」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。