155話 ダンジョン3
エルディアの声が、凍てついた空気の中に涼しく響いた。
「大陸から冬を遠ざける、偉大なる救済魔術のパクリだ!!
誰も模倣できなかったらしいけど――リリの《ファンシーショッピングモール》の技術、流用させてもらった!!!」
「――は? 私の技術っすか!?」
リリが《精霊循環網》を維持したまま、声を裏返らせた。
「熱を奪うというオメガ粒子の"解釈"そのものを、書き換える。
――熱を、生み出す解釈に。
つまり。」
エルディアが、こともなげに言った。
「爆発する。」
「――ちょ、待っ」
「ゴルド、離脱っ!!!」
叫びと同時に、エルディアが光球を、冷気の"目"へ向かって放り込んだ。
ゴルドが叫び声に反応し、大剣を"目"から引き抜くと同時に後方へ跳んだ。
着地と同時に体を丸め、リリの結界の端へ滑り込む。
一拍。
世界が、白く染まった。
どぐわあああああああああん!!!!!!
爆発は爆発というより、"逆転"だった。
氷点下だった空間が、瞬時に灼熱へと反転する。
凍りついていた壁も蔦も苔も、白から橙へ、一気に蒸発するように弾け飛んだ。
リリの結界が悲鳴のような音を立てて軋んだ。
「――抑えられない――ッ!!」
「耐えて!!あと2時間!!」
「2時間とか適当に言わないでほしいっす――ッ!!」
熱風が渦を巻き内側から食い破るように、橙色の光が肉と結晶の隙間から噴き出していく。
氷で保たれていた輪郭が、音を立てて崩壊していった。
やがて、爆発は収まった。
もうもうと立ち込める蒸気の向こうに、崩れ落ちた鎧の残骸だけが転がっている。
「――生きて、るっす……」
リリが結界を解いた瞬間、腰から崩れ落ちるようにその場に座り込んだ。
全身から湯気が上がっている。
ゴルドが片膝をついたまま、荒い息を整えていた。焦げた外套の端から、まだ薄く煙が上がっていた。
「……エルディア殿。
一つ、聞いておきたい。」
「何?」
「加減という言葉を、知っているか。」
エルディアは、蒸気の中で涼しい顔をしていた。
「火加減のことよね。
さて終わったかな。
オメガ粒子の濃度も下がってるし。」
エルディアが、指先の魔法陣をパチンと消しながら、あっさりと言った。
彼女はふっと笑って、二人を振り返った。
「さ、次行こっか。」
「「ちょっと待て!!」」
がらんとした大広間に、二人のツッコミが重なって響いた。
◆
リリが埋葬している。
部下が氷の化け物となっていたのだ。思うところがあったのだろう。
土を被せる音だけが、静かに響いていた。
リリは、崩れた氷の欠片を一つ一つ拾い集め、丁寧に布へ包んでいた。かつて部下だった男の、せめてもの形見のつもりなのだろう。
ゴルドは何も言わず、少し離れた場所で剣を鞘に納め、静かに立っていた。
口を挟むべき場面ではないと、分かっているようだった。
エルディアだけは、少し離れたところで氷の欠片を光にかざしながら、いつも通りの調子で考え込んでいた。
「――リリ。
ごめんね。全部吹っ飛ばしちゃって」
「……気にしないでくださいっす。
きっとあれでよかったすよ。」
「あんたの部下、最後まで"あなたを待ってた"って言ってたよね。」
「……言ってたっすね。」
エルディアは、包まれた布の上に、そっと氷の欠片を置いた。
「三十年も一人で、粒子を溜め込みながら、意識を保ち続けてた。
――それだけの執念があったなら、きっとあんたを責めるより先に、あんたに会えたことの方が嬉しかったんじゃないかな。」
リリは、しばらく黙っていた。
「かもしれないっすね。
――でもらしくないっすよ、姉御。
そういうの、柄じゃない。」
「そーね。」
エルディアはあっさり認めて、立ち上がった。
しばらくの沈黙のあと、エルディアがふと視線を暗い通路の奥へ向けた。
「さ、行こっか。」
リリが立ち上がり、涙を拭って、いつもの調子を取り戻した。
「――ちゃっちゃと、王都ダンジョンの制御を取り戻すのがいいっすね。」
「おぬしら軽いな。いつもそんな感じなのか?」
三人は、暗い通路の奥へと、また歩き出した。
エルディアは顎に手を当てていた。
──"もしかしたら冬を作ってる誰か"がいる、って考えてたけど……
(多分、逆だ。
オメガ粒子は、"終わり"が漏れ出した残滓。
本来なら存在しないはずの、崩壊の欠片。
それを、ファティマ・エラが人工的な"バリア"。
『万象を廻す春環』とかいうシステムで、必死に閉じ込めてる。
つまり世界はもう終わっている。)
──つまり"持続のための中和"じゃない。
"延命のための回収"だろう
(最も最悪なのは、この世界そのものが、"次に行くための燃料"として使い潰される途中であるという事。
”次の世界”、あるいは次の"星"へ渡るための燃料として、この世界に残った"終わりの残滓"を、余さず搔き集めてる。)
暗い通路の奥から吹いてくる、凍てついた風の匂いを、静かに嗅いだ。
──まあ、いくしかないか。
そうであるなら、魔王様が必死に世界征服ではなく、世界平和のために奔走してる理由にもなるし。
その後の道中は、拍子抜けするほど静かだった。
そもそもリリもエルディアもこのダンジョンの構造を知っている。
小型のゴーレムが幾度か襲ってきたが、ゴルドが一撃で片付け、リリが「はいはい、次っす」と流路の記録を淡々と取り、エルディアは魔法陣を睨みながら歩く。
三人の間に、さっきの空気はもう残っていなかった。
「――リリ」
石造りの回廊を歩きながら、ゴルドがふいに口を開いた。
「先ほどは、口を出さずにおいた。
だが、儂も昔、部下を何人か喪っている。
ああいうものに、正しい向き合い方などない。それだけは言っておく。」
リリは少し驚いたように振り返り、それからふっと笑った。
「――ゴルドさんも、そういうこと言うんすね。」
「儂とて、伊達に歳を重ねておらん。」
「……ありがとうっす。
でも、思ったより平気なんすよ、私。
姉御が全部吹っ飛ばしてくれたから、悲しむ前に笑うしかなかったっていうか。」
「それは、慰めになっているのか怒っているのか、判断に困るな。」
「両方っす。」
前を歩くエルディアは、二人の会話に加わらず、壁の紋様を指でなぞりながら何かをぶつぶつと計算していた。
ときどき、こちらを見ずに「うん」とだけ相槌を打つ。
「――姉御って、ああやって黙ってるとき、実はちゃんと聞いてるんすよね。」
「短い付き合いだが、そうだろうな。
それを、口に出さないだけだろう。」
「見る目があるっすね。ゴルドさん。」
「これでも門番を30年重ねたからな。」
やがて回廊が途切れ、下り階段の先に鈍く光る金属の扉が見えてきた。
扉の中央には、他の場所とは明らかに違う、真新しい紋様が刻まれている。
リリの足が止まる。
「――ここっすね。」
王都ダンジョン、管理ルーム。




