151話 送別会2
宴の熱狂が一瞬にして凍りつき、宴に集まっていた兵士たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
「またミノタウロスだーー!!!」
「今度は何を壊す気だーー!!!」
「ゴルド殿の送別会が、ゴルド殿の葬式になるぞーー!!!」
「な――!!」
ゴルドの顔から、余裕が消えた。
「待て、待て小娘!?
これは宴だぞ!! 遊びだったはずでは!!!!」
「勝負に貴賎はない!!!
どんな勝負でも勝つ!!!。」
リリも叫んでいた。
「送別会っすよ!?空気読むっす!花をもたせるたかあるじゃないっすか!!」
「私の辞書にはない!!!
消した!!!」
そして、魔王は訪れた。
兵舎前に広がっていたのは、もはや宴の跡形もない光景だった。
崩れた城壁、
なぎ倒された酒樽、
地面に転がる兵士たち。
ゴルドですら、ミノタウロスの一撃を受けて大の字に伸びていた。
その惨状の中心――積み重なった魔族たちの上に、エルディアが一人、頂点に立っていた。
酒杯を片手に、勝ち誇った顔で決めポーズを決めている。
「――ふっ。
私の勝ちね。
最後に立っているものが最強であることが、期せずして証明されてしまった……
これが相撲という試合に負けて、勝負に勝つという事ね
また一つ、真理に近づいてしまった……」
「……」
魔王は、しばし無言だった。
「おい。羽虫。」
「あ……やべ。
や、やあ魔王様。お久しぶりね。
元気そうで」
「最後で立っているものが最強がどうとか、面白い事を言っていたな貴様。
その身をもって確かめろ。
最強とは何か」
「え?今は遠慮しようかなって
えへへ……」
「まあ、そういうな。
死ね。」
そしてエルディアは吹っ飛ばされた。
エルディアはどうせなので、一言言っておくことにした。
「おーばーえーてーろー……」
そして消えていった。
その後、エルディアは魔王城への立ち入りを一切禁じられたという。
夜。
昼間の喧騒が嘘のように、詰所はしんと静まり返っていた。
城門の警備は、既に後任に引き継がれている。
ゴルドは身辺整理を行う。
三十年分の荷物は、思ったより少なかった。
使い込んだ大剣と、ところどころ煤けた鎧。
黙々と布に包んでいく。
やがて、扉の外に気配。
「ゾルグか……見送りはいらぬと言ったはずだがな。」
「勘違いするな。
書類の確認に来ただけだ。
転属手続きに、貴殿の署名が抜けておった。」
ゾルグは、わずかに口の端を上げた。
「して。
見極めは、ついたのか?」
「――普通の小娘だったわ。
負けん気だけで、体当たりしてくるような。
何のことはない、ただの根性だけの小娘だ。
だが儂の直感が言っておる、あの小娘から目を離すな、とな。」
──出発の時間。
門の前には、思っていたよりずっと多くの顔が並んでいた。
「……なんだ、これは。
聞いておらんぞ、こんな話は。」
杖を突いたゾルグが、しれっと隣に立つ。
「聞かせておらんからな。
貴殿のことだ、知れば嫌がって裏口からこっそり出て行きかねん。」
「当たり前だ。
儂は見送りはいらんと、何度も言うたはずだが。」
「ふぉっふぉっ。
儂への頼みではなく、貴殿への頼みでもない。
これは、皆が勝手にやりたがったことだ。」
ゴルドは、並んだ顔を見渡した。
門番たちが、一斉に槍を掲げた。
昔からある、この城の見送りの作法だった。
戦に出る者へ。
遠くへ発つ者へ。
――そして今日は、三十年勤め上げた同僚へ。
「ゴルド門番長に、敬礼!」
槍の穂先が朝日を弾いて、一斉に光った。
城門から少し離れた地面に、一本の線が引かれていた。
線の外側に、正座しているエルディアがいる。
手には分厚いメモ帳。
「……おい、エルディア。」
「なに?
ああ、これ?
立入禁止を言い渡されちゃってさ。
ゾルグさんに聞いたら、線の外なら問題ないって。」
ゴルドは頭を押さえた。
「……エルディア。何やら記録してあるようだが、大したことはなかったであろう?」
「そうでもないわ。
ゴルドさんの大剣の握りは、右手が下、左手が上。
でも疲れると逆になる。多分怪我かなんかで利き手がかわってる。
それから、酒に弱いくせに、宴では最後まで席を立たない。
あと、部下が失敗した時は怒鳴るけど、夜に一人で詰所を見回ってるエピソードもあったし。」
ゴルドは目を見開いた。
荷を担ぎ直し、背を向ける。
「……せいぜい、励むんだな。」
「ちゃんと論文にして届けるから! 覚悟してくれていいよ。」
老兵は振り返らなかった。
ただ、片手を軽く上げた。
「貴殿は、儂を監視役として疎ましく思わんのか。
儂は貴殿を一度、罠に嵌めて牢に叩き込んだ側だぞ。」
エルディアは、少し考えるように首を傾げた。
「暴走したら止めてくれるんでしょ?
最高じゃん。」
「……」
ゴルドは黙った。
なるほど。
暴走したときに止めてもらえるなら便利。
どうやら、それだけらしい。
「暴走してると自覚してるなら、自分で止まれば良いと思うが」
「むしろ、そこはどうでもいいんだよ。
ちなみにさ、ゴルドさん。
薄い本の展開の相手はどれ?
あの中にいる?」
「……いるか。たわけ。」
「論文を仕上げるにあたって、ゴルドさんに私が最も驚いている点は、オークでありながら薄い本の展開に一切ならないその理性の異常性だ!!!」
「……」
それを聞いてゴルドは思った。
まじにやべえぞこいつ。
いや、これ見極める必要ある?これ!?
これもう、衝動的に動いてるだけじゃない?
なんも考えてないよこの子!!!
三十年の門番であり、大戦の英雄ゴルド。
その日の朝。
新しい仕事を始める前から、早くも大きな不安を抱えることになった。




