150話 送別会
「今から貴殿の送別会を開催する。
場所は兵舎の大広間だ。」
ゾルグはいつもの調子で、書類を読み上げるようにそれを告げた。
「今からか!?
まだ異動を聞いたばかりだろうが!!
儂にはまだ心の準備というものが――」
「準備などいらん。
酒と肴を用意させておいた。遅れるなよ。」
「儂の話を聞け!!」
ゾルグは眼鏡を押し上げただけで、何も答えなかった。
「――それと、エルディアも呼んである。」
「は?
あの小娘、まだ拘束中の身であろうが。牢だぞ。」
「国際犯罪人だが、仮釈放扱いで施設責任者としての公務、という体で参加させる。
貴殿は今後、奴の奴の護衛兼スパイとしてともに過ごすことになる。
ついでだ。」
ゴルドの腹の底がざわつく。
――先の言葉。
『奴を見極めろ。』
「……見極めるも何も。
あの小娘の頭がどうかしておるのは、ミノタウロス召喚事件で十分わかったであろうが。」
「戦場での姿と、酒の席での姿は違う。
お前自身、戦場では鬼と呼ばれていたが、酒が入れば涙もろくなる質だった。
今の若い連中には信じられぬだろうがな。
話は以上だ。」
ゾルグはそう吐き捨てて、執務室を後にした。
(三十年、城門を守ってきた。
それが今日で終わる。
魔の森の護衛など、正直なところ左遷にしか思えぬ役目だ。
儂も、潮時だったのかもしれんな……)
だが不思議と、腹立たしさよりも――何か、諦めに似た納得の方が勝っていた。
◆
ゾルグが牢の前に立つと、看守が這うように寄ってきた。
目の下に、濃い隈がある。
「ゾルグ様……なんなんですかあれは……
明らかにおかしい……」
「なんだこれは……」
牢の壁は、煤の文字と魔法陣で埋め尽くされていた。
『ここ雑』
『でも効いてる』
『悔しい』
『80点』
「……エルディア。それは?。」
「不冬率術式の案。
線の引き方が雑で自分でもよーわかんない。
紙くれ。」
エルディアの足元では、ネズミが一匹、パンくずをかじっていた。
「助手一号。
つまみぐいするな。
今、重要な被験中だから静かにしなさい。」
「……ネズミに何をしている。」
「餌付け。」
エルディアはゾルグをじっと見た。
「ゾルグさん、最初あった時より歩幅がセンチ短い。
眼鏡の位置も0.5度低いし、おつかれみたいね。
あと看守さんも体調悪いね。
さっきから手紙を三回確認して、三回ため息ついてるところを見ると奥さんとケンカ中でしょ。
しかも悪いのは自分のほうだって、もう分かってる。」
「なぜ知っている……」
看守が青ざめた。
ゾルグは無言で、眼鏡を押し上げた。
「ゴルドの送別会を開く。
というわけで、貴様も参加しろ。」
「は? なんで私が。
意味がわからないのだけど。」
「貴様はすでに、魔の森研究施設の責任者だ。
そして本日付で、ゴルドが同施設の護衛に就く。
――ならば、責任者と護衛が顔を合わせておくのは、当然の公務であろう。」
「拘束中の身に選択権とかないんでしょ。
行くけど、ただ今?今はだめ。
三層目がまだ途中。」
「だめだ。諦めろ。」
「せめて引き継ぎを!
助手一号!
続きは壁に書いてあるからね。
餌は看守さんがくれるから!」
ネズミが、ちゅ、と鳴いた。
「私が餌をあげるんですか!?」
看守が、震える手で懐から一枚の紙を取り出した。
「……あの、これを差し上げます。
だからもう、壁には書かないでください。」
「渡すな!!」
「面白そうだし、行ってあげるよ。」
「行ってあげる、ではない。行かせてやるのだ。」
ゾルグは眼鏡を押し上げ、心の底から深いため息をついた。
◆
太鼓を叩く者。
歌う者。
もう寝ている者。
三十年も勤めた門番の送別会にしては陽気だった。
おそらく、送別会をだしにして、宴会しているだけだ。
「三十年、お疲れ様でした!!」
「まさか小娘一人にやられて第二の人生とはなあ!!」
「新天地でも達者でな、ゴルド!!」
「――待て。
儂はまだ辞めておらんぞ!! 転属だ、転属!!」
「気にすんな! どうせもう戻ってこないんだろ!!」
「戻ってくるわ!!!」
誰も聞いていなかった。
酒樽の栓が抜かれ、あっという間に即席の宴会が始まる。
もっと静かなものだと思っていたエルディアは、少し驚いていた
エルディアはリリに小声で尋ねた。
「ねえ、魔族ってみんなこんなもんなの?」
「『うち』は大体こんな感じっすね。
いろんなとこがあるっすよ?」
エルディアは、ひくついた。
「へー。『色んなとこ』があんだ……」
「そうっすね。草原の魔王ゴルズマとか、脳筋魔王ズダンとか色々っすよ。
ヴェルミナ様んとこなんか、人間と普通に商売してるっすね。」
(1人じゃねーんかよ、魔王って……)
軽い衝撃を受けているエルディアをよそに、宴はどんどん盛り上がっていく。
「――エルディア殿!!!」
(この暑苦しい感じ……
嫌な予感……)
ゴルドだった。
宴の中心、輪になった空間の真ん中に、堂々と仁王立ちしている。
「送別会恒例の相撲である!!!
小娘、構えろ!!」
「は!?」
エルディアは、目をぱちぱちさせた。
「待って。
なんで相撲!?
勝てるわけないでしょ、ゴルドはオーク!!私は人間よこちとら!!
そもそもなんで相撲送別会で相撲なのよ!
そして、そもそもなぜ自分なのか!?!?」
ゴルドが、鼻で笑った。
「逃げるのか?」
「――あ?」
「儂は、お前より大きな体格をしているオーク。
お前は人間。
どう考えても勝負にならない。
だから逃げるのか?
人間。」
「やったろうじゃない……!!」
あ。やべ。
◆
周囲から、どよめきと歓声が上がる。
「おおおお!!嬢ちゃんが乗った!!」
「これは見物だ!!」
「ゴルド殿、手加減してやれよ!!」
リリは、頭を抱えた。
「……姉御、煽られたらすぐ乗るのやめてほしいっす。
体格差、見えてないっすか。
勝てるわけがないんだから、断ればいいのに……
なんで意地を張っちゃうすか……」
「さーせん。つい」
ゴルドは不敵に笑う。
ゴルドはエルディアを真っ直ぐに見据えていた。
(見極めよ、とゾルグは言った。
だが、儂には小難しい観察など向いておらん。
ならば、いつも通りにやるまでよ。
拳を交え、力比べをすれば大抵のことは分かる。
三十年、儂はそうやって門を守ってきたのだからな。)
「どうする、小娘。
逃げるなら、今のうちだぞ。」
「――逃げるわけないでしょ。」
エルディアは腰を落とすと、思い切りゴルドの懐に飛び込んだ。
技も何もない、ただの体当たり。杖もなければ、魔法陣もない。
三十年の門番を、小娘が力任せに押し込もうとしている。
(――浅い。
策も、魔法も、屁理屈も、何もありゃせん。
ただがむしゃらに、ぶつかってきておるだけだ。)
ミノタウロスを呼び出し、ゾルグを言葉で舌戦をかわし、魔王の御前ですら物怖じしなかった小娘。
(――なんてことはない。
ただの、負けず嫌いの小娘ではないか。)
ゴルドは、小さく笑った。
(普通の小娘だな!!!)
ゴルドは、そのまま流れるように腰を回し、小娘の体を軽々と担ぎ上げると――
「――んおおおおおおおお!!!」
思い切り、土俵の外へと投げ捨てた。
「――ぶべっ!!!」
エルディアは盛大に転がり、干し草の山に頭から突っ込んで止まった。
「――ふ。
そんなもんよな、小娘。」
どよめきが、歓声に変わる。
「ゴルド殿、まだまだ現役だ!!」
「隠居なんてまだ早いぞ!!」
「見たか今の強さ!!」
拍手喝采の中、土俵の外で尻餅をついたまま、エルディアは動かなかった。
ひっくり返っている。
「……」
リリが、恐る恐る近づく。
「姉御……?
大丈夫っすか?
負けは負けとして、案外潔――」
エルディアは思った。
最初から勝てるわけがない。
そんな事はわかっている。
だから、本当に仕方がない。
けれど。
ゴルドが、エルディアをみて、ほんの少し笑っていた。
(笑顔がなんだか腹立つ!!!!)
「ミノタウロス・オメガ、こい。」
「――は?」
「あのオークを、潰せ。」
「ちょ、姉御!?」
パチン。
エルディアの指が鳴る。
次の瞬間、ものすごい音とともに、巨大なミノタウロスゾンビが現れた。
ぶおおおおお!!!!




