148話 事務職員ゾルグ
纏っているのは羽織った書記官のローブ。
杖は魔法戦闘用の杖。
ただ握り方があまりにも「歩行補助」のそれで、もはや戦闘意志を感じさせない。
◆
ゾルグは一瞥する。
噴水は半壊
城壁の一部は瓦礫と化した
彫像の足元には、泥だらけの近衛戦士長
羽ペンを槍のように構え、そして指先でくるくる回すゾルグの無意識の癖。
武人を思わせる一連の所作。
――侵入者の脅威度、算定
(力があり、会話の内容から察するに独自の理論を展開する知性がある。
だが、常識というブレーキがかかっていない暴走タイプ……
ふむ。
まごうことなきキチガイか。)
──脅威度算定。変態的狂人だ。
――もちろん、腕力の話ではないがな。
ゾルグは巻物を一つ広げると、ゆっくりと眼鏡を押し上げる
「『正当防衛』。
『事後申請』の特例。
『過失』。
これら3点において、理屈と屁理屈の違いは判例によって証明されるだろう。」
エルディアの額に、今度こそ本物の冷や汗が浮かんでいた。
「そもそも論として――今日のこの騒動、そちらが呼びつけたから起きたことよね?
私、頼まれて来ただけなんだけど。
招集した側の管理責任は、普通に問われるんじゃない?」
「――!?!?」
その一言に、ゾルグの筆が、一瞬止まった。
(……こやつ、まさか、『被害者から招集元への責任転嫁』の筋を狙ってきているのか……
なんというやり手。
加害者に招集責任を突きつけられた形。
これは、もつれるかもしれん……!?)
◆
魔王城の中庭に、張り詰めた沈黙が満ちていた。
エルディアとゾルグ。
両者の視線が、真正面から交わる。
書類を持つ手と、杖を握りしめる手。
行政と魔術。
三十年のキャリアと、その場のノリ。
両者の間に流れる空気は、まるで歴戦の剣士が間合いを測り合うかのような、張り詰めた緊張感を纏っていた。
(……こやつ、只者ではない。)
(……こいつ、まじで書類で殴ってくる系の相手だ。しかも私より頭がまわる。厄介。)
「待て!!!!」
ゴルドのその声は、自身でも驚くほど大きく、そして震えていた。
足を踏み出させたのは、槍を握った日から今日まで、師匠に才能がないと言われながらも、歯を食いしばって積み上げてきたもの。
まだ痛む身体を無理に動かして、ゴルドは足を踏み出していた。
エルディアは息を飲んだ。
(──ゴルド・バルシャイン……)
先ほどまで、あの噴水の縁で、魂の抜け殻のようになっていたはずだ。
ここでくるか。
魔族の英雄。
噴水でずぶ濡れになったままの姿で、代わりに何かを吹っ切ったような、妙にすっきりとした顔で。
「――負けたよ、小娘。」
その一言には、悔しさよりも確かな敬意が滲んでいた。
「三十年だ。
三十年、儂はあの門を守ってきた。
だが今日、儂は理解した。
力とは、矜持だけでは測れぬものだと。
呼び止めたのは他でもない。
まずは、儂の敗北を伝えさせて欲しい。」
「ゴルド……」
エルディアは、その言葉に何かを感じ取ったように、真剣な顔で歩み寄る。
「あなたの一歩も引かない勇気に、魔族そのものの誇りを感じたわ。」
「……小娘。
悔しくないと言えば嘘になる。
だが、それ以上に……知りたくなった。
貴殿の名だ。」
「エルディアよ。」
「――エルディア殿。」
二人は、まるで長年の戦友であったかのように、がっしりと握手を交わした。
固い、力強い握手だった。
城壁を消し飛ばした側と、それでも一歩も退かずに啖呵を切った側。
格の違いを超えた、何か通じ合うものがそこにあった。
ガチャ。
「え……?」
そしてエルディアは手錠を嵌められた。
◆
「かかったな小娘。」
エルディアはゴルドを見上げる。
だが、その顔には、先ほどまでの敗北者の憂いも、しっとりとした敬意も、綺麗さっぱり消え失せていた。
代わりにあったのは、にやりと実に楽しそうな笑み。
「く。
やるわねゴルド。
さっきまであなた、あんなに、しおらしくしていたのに……」
「儂の三十年は伊達ではないぞ、小娘。
戦とは正面からぶつかることだけではない。
時には退いたと見せかけ、油断を誘い、懐に飛び込む。
それも立派な戦の技よ。」
「詐欺師の技ね!?」
「詐欺ではない。
戦術だ。」
背後で、ゾルグが静かに眼鏡を押し上げる音がした。
「――ちょうどいい。
拘束済みの状態であれば、後の手続きが、大幅に簡略化される。
実に、都合が良い」
「ゾルグ……!?あんたら、連携していたとでもいうの!?
騙されたわ……
リリ。わたしは魔族を舐めていたのかもしれない……」
「てゆーか姉御って、ガチのガチに魔族を舐めてるっすよね?
私、今回の件でよく理解したっす……」
エルディアは、ゴルドにしょっぴかれていく。
「魔族どもよ!!!
覚えておけ!!!!
このままでは済まさんぞー!!!!」
「うるさい黙って歩け!
この国際犯罪者め!!」
エルディアの絶叫が、中庭に虚しく響いた。
リリはもはや、どっか向いていた。
◆
魔王城、謁見室
王座の間は、思っていたより静かだった。
石造りの柱が続く長い通路を、鎖に繋がれたまま歩かされる。
両脇にはゴルドとゾルグが並び、リリはその少し後ろで俯いていた。
(緊張してるっすねぇ姉御。
……いや、してないっすね。
なんならキョロキョロしてるっす。)
──観光か。
「――魔王様。
エルディアを連れて参りました。」
ゴルドの声が、謁見室の広間に響く。
「……『それ』は?」
玉座に頬杖をついたまま、魔王が視線だけをこちらに向けた。
ゾルグが一歩前に進み出て、巻物を広げる。
「本日、人間の都市より転移してきた人間、エルディア。
魔王城正門にて門番ゴルド・バルシャインと口論となり、召喚術によりアンデッド・ミノタウロス、Sランク相当を顕現させ城壁を破壊したので、拘束しました。」
「……そうか。」
魔王をして思った。
城壁壊しちゃったんだ。




