146話 門番とのあれこれ
(うるせえ。
横からごちゃごちゃごちゃごちゃ言われたら、まとまるもんもまとまらない。)
指パッチンから、そのまま杖を地面に叩きつけて召喚を起動。
同時に外套とローブを翻しながら自らの心臓の上に続けて手を当てる。
そして半歩後ろに下がり、片腕を掲げて空間そのものを押し上げる、「かつて在りしもの」を弄ぶ術式。
「――問おう。
貴様には視えるか?
我が展開する陣の、その真の相貌を。」
地面を突き破るように紋様が浮かび上がり、役目を終えたとばかりに光が崩壊し、消えていく。
顕現したミノタウロス・オメガは、久々のシャバに天に向かい吠えた。
ぶおおおお!!!!!
大気を震わす咆哮は、生への憎悪か。
「見よ。
これが我が眷属……
……うるさっ!!」
エルディアは、ミノタウロスの咆哮のデカさに、髪と外套が、爆風でばさばさと盛大に巻き上げられていた。
そしてオメガの拳が、彼の横の城壁を吹っ飛ばした。
リリが慌てふためく。
「姉御ー!!!
なんでガチなやつだすんすかー!!」
エルディアは、杖の先端をまるで剣のように地面すれすれまで滑らせる。
オメガは低く唸ると、巨大な拳を地面につけ、まるで陸上選手のスタートダッシュのように前傾姿勢を取る。
杖の切っ先が示した「線」――それはそのまま「ルート」を示す。
「――行け」
エルディアが静かに呟いた瞬間、オメガは地を蹴った。
ズズズズ、ドンッ!!
エルディアは首を傾げた。
(あれ?城壁を迂回したな……)
杖の先が示した「杖先の軌道」は、破壊の軌跡を示す。
城壁に突撃しなかったのは薙ぎ払う形で杖を振るったためだ。
(オズワルドが自滅しない用に、制御を高めるだけど高めたけど、やりすぎたわね……
なんなら自滅しかねない
なかなか業の深い構造をしている……)
「姉側!?」
「え?
なんか言った?」
エルディアは、振り向く。
よって杖が動く。
ぶもおおお!!!!
エルディアの何気ない動きを、攻撃の合図と勘違いしたオメガが、巨大な拳を城壁に一発、振り下ろす。
どがしゃあーん!!!!
「や、やめるっすオメガ!!
姉御も魔王城を壊しちゃダメっす!
ちょっとしゃれになんないっす!!
指示に従う事だけが主人に仕える正しい形じゃないっすよ!!」
リリが血の気の引いた顔でワタワタする中、さらにエルディアは、何も考えずに杖ごと向きを変えようとするので、リリは体当たりでエルディアの杖を押さえる。
エルディアは、何気ない仕草すべてが、無自覚に災厄を誘導するトリガーになっていた。
◆
「ふむ……
いこっか。
城壁壊れたし……」
「いこっか、じゃないっす!!!
いこっかじゃないっすから!!
姉御、状況見えてるっすか!?
城壁ぶっ壊れてるんですけどお!!!」
「な、な、なんだこの騒ぎは――ってぎゃあああ!? でかい牛がいるうう!!」
崩れた城壁の瓦礫の隙間から、まず顔を出したのは若い兵士だった。
その悲鳴を合図にしたかのように、崩落箇所の向こうから武装した兵士たちが次々と飛び出してくる。
「魔王城が、魔王城が攻撃されてるぞおおお!!」
「敵襲か!?」
「隊列組め組め! って組んでる場合か!? まず逃げろおお!!」
門番は一歩も引いていない。
「ふ。
そんなこけおどしで俺が退くとでも思っているのか。」
まっすぐな強い瞳。
門番のオークの名はゴルド・バルシャイン。
身の丈二メートル半。
筋肉は鎧の上からでも分かるほど盛り上がり、片手には自分の背丈より長い戦斧を軽々と担いでいる。
魔王城の門番という地位は、魔族社会において名誉職中の名誉職とされ、彼はその座を三十年間守り続けてきた誇り高き戦士。
ぶもおおお!!!!
空気を叩く方向に、彼の声がわずかに震える。
「……くるか……」
オメガは天を仰ぎ、片手で顔を覆い、指の隙間からギラリと双眸を光らせる
ぶおおおおおおッ!!
オメガの拳が、ぴたりと空中で静止し、握り込んだ拳を胸の高さまでゆっくりと引き絞る。
そして、まるで弓を引くようにふりかぶり静かに振り下ろした。
ズドン。
振り下ろされるはずだった拳が、寸前で軌道を変えゴルドの脇を抜けて門扉に突き刺さった。
「な、なんだあああ!? 城門が! 金属製のがァァ!!」
「もう城壁とか門とかそういうレベルじゃねえ! 城全体が的にされてるぞこれェ!!」
(――先の戦い。
星の力を纏いし者、アステルによって児戯にも等しき基本魔術一発にこの不敗の肉体が、無様にも風穴を開けられた……ッ)
ぶもおおおおおおおお!!!!
(不覚!
不敬!
このアンデッドと成り果てた身に刻まれし屈辱、断じて、断じて忘れはせぬ……ッ
アステルよ、いつの日か必ずや、この拳で以て雪辱を果たさんとする……ッ!!)
ズガアアアアン!!!!
今度の一撃は、あろうことか物資倉庫の壁を丸ごと吹き飛ばした。
中に積まれていた小麦袋が次々と崩れ落ち、白い粉塵があたり一面に舞い上がる。
「うわああああ小麦が!! 冬の備蓄がァァァ!!」
「もうこれ敵襲より被害でかいだろ!!攻城戦レベルだぞ!!」
ゴルドは、震える戦斧を握り直した。
(――三十年だ。
儂は三十年、この門を守り抜いてきた。
魔王軍数多の猛者どもが目指し、そして敗れ去っていったこの座を、儂だけが守り続けてきた……
その誇りに懸けて、この程度の化け物如きに、無様な背中は見せられん……ッ)
「何度打ち込んでこようが、儂は退かんぞ……ッ!」
その咆哮じみた宣言に、オメガもまた双眸が、糸のように細められる。
垂れ下がっていた両腕が、ゆっくりと地面に踏みしめられる。
同時に、肩から背にかけての筋肉が波打つように盛り上がった。
クラウチングスタート。
額を下げ、二本の角をまっすぐゴルドへと向け──
とうとう、その瞬間が訪れる。
エルディアはポケットに手を突っ込み、全てがどうでもいいばかりに指をくるくるしていた。
「ねえ。リリ。
世界ってなんなのかしらね……」
「世界!?!?
なぜ!?」
そんな事より目の前の惨状を何とかしてください!!




