145話 疑惑2
リリはクマを抱え直し、ついで顔を上げ、今度は塔を見上げた。
気まずそうに、クマの頭をぽんぽんと撫でていた。
「姉御。
転移失敗の原因は燃料不足っす。
転移陣のバッファ、うちの領域魔術の余剰出力から食わせてる仕組みなんすけど……今日、買ってきたクマを使うのが勿体なくて渋ったっす。」
「……それ、出る前に言えよ。」
「言うと姉御、容赦なくクマさんつっこむじゃないっすか。
また買う事になるとあれなんで、財布のためを思って黙ってたんす。」
「アルトの財布な。
ねえ、それより『天照』って言ってたわよね。
どういう理由でそう名付けられたの?」
「由来は『太陽の代わり』って意味っす。」
「確か冬の時代は、土地の地脈が枯渇し、魔術インフラが機能不全に陥ったんだっけ?」
「以前の時代は、太陽光そのものが魔力の一次供給源だったっすらかね。
オメガ粒子が、その空を塞いでしまった。
太陽そのものを見た事ない世代もいたくらいっすから。」
「文字通り時代を変えたってことか。」
「そういう事っすね。
魔族側の記録では、だから単純な言い方をされてるんすよ。
魔族が太陽を持った日。
すなわち太陽の代わり。
『天照』。」
(遮られてた光を、別のルートで無理やり地上に届け直してるって感じか。
……聞けば聞くほど似てる。)
──リリの領域魔術。
『夢幻百貨店』と。
リリの『夢幻百貨店』は、攻撃の解釈を再定義し、解釈そのものを現実世界に反映させる仕組みだ。
「……」
──ちょっと確かめてみるか。
エルディアは紙の陣を書いて地面におく。
リリはクマを抱いたまま、そっと横から紙を覗き込んだ。
「リリ。
そのクマさん、ちょっとそこにおいてもらえる?
大丈夫。壊さないから。」
「……これ、うちの転移陣の構造式っすよね。
一回見て覚えたんすね……
……すごく不安っす……
置きました。」
――ブシュッ!!!
「んなーーー!!!!!」
クマさんが弾け、リリの絶叫が塔の麓に響き渡った。
エルディアはその場にしゃがみ込んだまま、目だけで陣を追っていた。
──やっぱりだ。周囲の気温が下がってる。
──つまりリリの術式は、『オメガ粒子そのもの』に干渉した。
「うう……
う、うちのクマがぁ……!
まだ名前も付けてなかったのに……!」
リリはクマの残骸を両手で掬い上げ、綿を必死にかき集めながら泣いていた
綿まみれのクマさんに対して、派手に嗚咽を鳴らしている。
(リリ……
あなた、260歳という高齢でありながら、可愛いものにはまった単なる痛すぎる女子じゃなかったのね……)
「姉御、『壊さない』って言ったじゃないっすか!!」
「……悪い。
……でも、なるほどね。」
「何が!?!?」
場面変わり。近くの街から。
「飛竜が取れて助かったすね。
はい、これお勘定です。いつもお仕事ご苦労様です。」
翼を広げた飛竜が滑走路代わりの街道を蹴り、大きく羽ばたいた瞬間、エルディアは内臓が浮くような感覚に襲われる。
やがて氷の薄い帯の先に、灯りの密度が明らかに変わる一角が見えてくると、飛竜が高度を落とし、着陸態勢に入る。
大きく翼をはためかせて速度を落としていく。
着地後、街並みを抜けた先、やがて二人の前に巨大な門とそれを支える城壁がそびえ立っていた。
(いつも思うけど、なんでこんな不気味に作るのかしら魔王様って。
お城。)
棘のような装飾が幾重にも重なっている。
エルディアはぼんやりと威嚇するように空へ向かって伸びている様子を見上げていた。
門番は強そうなオークだ。
「人間など入れるわけがないだろうが。殺されたくないなら去れ。
リリ・ヴァルフェリア。」
「いや、でもこっちは魔王様に呼ばれてるっす。」
「だめだ。」
門番は、リリを無視してあくびをしているエルディアに声をかけた。
「聞こえなかったのか人間。
人間ごときが魔王様の御前に立てると思うな。
そもそも人間がここにいていいと思っているのか。」
「姉御、ステイっす。
喧嘩腰の門番なんてどこにでもいるっす、流すっす流す。」
リリが慌ててどーどーとエルディアを宥めにかかる。
エルディアの視線は変わらずけだるげに魔王城を見上げていた。
そして。
「……」
「聞いているのか人間。
小娘の分際で――」
門番が威圧感を強めて言い終わるより早く、エルディアの指先が軽く弾かれた。
パチン、と。
ぶおおおおお!!!!!!
そしてミノタウロス・オメガが降臨した。




