134話 決勝後4
「死体が増えるだけかもしれんぞ。
俺がここで戦えないとでも思っているのか?」
「やってみなよ。本当に殺すよ。」
扉が外側から開く。
「王国魔導監査院より参りました。
本区画における違法実験の疑いに関し、これより強制査察を開始します。
関係者全員、その場を動かないように。」
白装束の一団が、なだれ込んでくる。
先頭に立つ男の目は、誰の感情にも動じない、冷たいものだった。
リリがエルディアの服の袖を引っ張る。
「姉御。これは……?」
エルディアは答える代わりに、指を一本立てた。
そのまま、くるりと手首を返す。
――手品師が種明かし前にやる、あの仕草。
次に、懐から小さな水晶片を取り出し、指の間でくるくると弄びながら、ベルクに見せつけるように掲げた。
「……それは……」
ベルクの顔が強張る。
――お前の「成果」、もう国に筒抜けだから。
そう言っているのが、手つきだけで分かった。
「アルトの手引きで、ここに来る前に王都の監査院にタレコミしといたの。
『北方魔術学院への禁忌刻印による違法な強化実験の疑いあり。証拠は刻印データと本人達の証言。』
『アーカム魔術学院に混入した毒物のデータ。』
サキュエラが仕事してくれたから。」
ベルクの顔色が変わる。
「……貴様、最初から……」
「そーだよ。
乗り込んだ時点で、もう詰んでたの、あんた。
私が直接手を下すまでもなく、国の方から勝手に裁いてくれる。
証拠隠滅くらいしとくべきだったね。」
「くっ……」
「技術は天才、判断は素人以下。
そして――詰めの甘さは、犯罪者以下ってね。」
トゥーラの拳が、まだ震えていた。
けれど、その震えは、もう先ほどとは違う種類のものだった。
(――間に合った、の……?)
監査員たちは、無表情のまま粛々と証拠品を押収していく。
誰も、エルディアの話を聞いていなかった。
監査員達に同行していたアルトは、エルディアと目があうと頷く。
「そういや、アルト。
サキュエラは?道案内頼んでたでしょ?」
アルトは何も言わずに肩をすくめていた。
「……」
エルディアは非常に、非常に嫌な予感がして鼻をひくつかせた。
甘く、けれど重たい香りが部屋の隅から漂ってくる。
その先には――壁にもたれ、恍惚とした顔で天井を見上げている監査員が一人。
サキュエラが、一人の若い監査員と、がっちり手を繋いでいた。
監査員の顔は真っ赤に蕩けきっており、足取りはふわふわと覚束ない。
その監査員は幸せそうに、へにゃっと笑った。
「サキュエラ様……ボク、この査察が終わったら……」
「はいはい、また今度ね。」
サキュエラはひらりと手を振って、監査員をその場に置き去りにした。
糸が切れた人形のように、監査員はその場にへたり込む。
「あ、ご主人様あ。説明しますねえ?」
――こいつのせいで、こっちの頭が痛い。
エルディアは、額を片手で覆っていた。
「……姉御、あの人、仕事戻れるんすかね……」
「知らない。ダイコンヌに聞いて。」
「でた!!!ダイコンヌ!!!」
◆
監査院の目など、ベルクにとっては、もうどうでもよかった。
証拠を押収されようが、拘束されようが関係ない。
――継承さえ、終わらせてしまえば。
ベルクは、動かなかった。
「まだ、主導権はこちらの手の内にある。
継承を始めるぞ22。
――お前が、次を継げ。」
22の瞳が、揺れることなくベルクを見る。
けれど、ほんの一瞬。
視線が、アステルの方へ流れた。
「やめてくださいベルク。
私はよくても、この子が……」
「うるさい。
22は、既に何度も耐用試験を乗り越えている。
22。
――やれ。」
22が、一歩前に出る。
その機械的な動きが止まる。
「姉さん――アステル姉さんが、望まないなら。
――私は。」
「22!!
命令だ!!!!」
「……」
トゥーラの視線が、もう一度、アステルへ向く。
アステルは、ベッドから震える手を伸ばしていた。
「――トゥーラ。
あなたも、わたしと、同じだったんだね。
ずっと、道具だと、思わされて……
それでも。」
「――くだらん!!!
実にくだらん!!!
継承を開始する!!」
ベルクの手が、宙に印を切る。
足元に、青白い紋様が、走る。
「……違う。
……いつも、違う……
父さんが、わたしたちに、施していた手順と……
こんな、圧縮した形、見たこと、ない……」
彼女の瞳が、揺れる。
何十回と繰り返してきたはずの"儀式"の記憶と、目の前の光景が、噛み合っていなかった。
「父さん――正気、ですか。
そんなやり方、耐用試験でも、一度も……」
「黙れ。」
光が静かに彼を包んでいく。




