131話 決勝後
「――勝者、エルディア選手!!
アステル選手。起き上がりません!!
――医療班!!
至急、医療班をお願いします!!」
実況の叫びに応じ、救護担当の職員が、何人も、闘技場へと駆け込んでくる。
担架が、慌ただしく運び込まれた。
歓声が上がりかけて、そのままざわめきに変わっていく。
「おい、あれ……大丈夫なのか……」
「意識ない、って言ったよな、今……」
「アステル選手の容体を鑑み、表彰式は一旦、保留とさせていただきます。
容体が確認され次第、追って、執り行われる予定です!」
場内アナウンスが、繰り返しそれを告げた。
エルディアは、ポチの背に乗ろうとして普通によろけた。
膝に、力が入らない。
「……っと。」
「大丈夫ですか?
担架で運びましょうか?」
「大丈夫、大丈夫。
余裕でーす。」
係員の視線は、勝者への称賛、戸惑いと、そして心配が、入り混じった目だった。
頑張ってポチの背に乗ると走り出す。
(急ごう。)
──試合中にリリからの念話があった。
◆
──リリからの念話
『――姉御。聞こえてるっすか。』
(――今、それどころじゃないんだけど!
おねーさんをゴリ押しで煙に巻くので必死なんだけどっ!?!?)
『煙……?
手短にいくっす。
地下で、ちょっとした収穫があったっす。
『アステル計画」。
闘技場の真下にベルクの隠し研究所があったっす。
『アステル』は、量産されてるっす。
今戦ってる相手は、多分何代目かの器っすね。』
(……へー。
便利じゃん。いいね。何人もいるんだ。)
『便利って姉御……
詳しいことは、また後で。
ただ、代替わりはかなり速そうっすね。
とりあえず、頭の隅に、置いといてほしいっす。』
◆
ポチの背に、力なくまたがったまま医務室へと続く通路を進んでいく。
「――エルディア!!」
聞き慣れた声。
角を曲がった先、アルトが、こちらに向かって、駆けてくるのが見えた。
「そんな傷だらけでどこ行くんだお前!!
死ぬぞ!!!」
「アルト。
うわ」
エルディアは、顔だけ向きを変えようとしたら、ポチの背から普通に落ちた。
アルトが普通に支える。
「――っと。
無理すんなよ。」
「わかってる。
だけど時間がない。
アルト『例の件』は!?」
「カミラを通して、監査長には通してあるが……」
「おっけ。
急ぐよ。乗って。
移動しながら説明する。」
ていうか、乗せて。
「――珍しいな。
お前がそこまで、人の為に急ぐのは」
「いつも人の為に動いているよ。私は」
「まず自分のことで、他人は次に余裕があったらだろ。」
「……いや、まあ、人でなしな自覚はある……」
気まずい感じでエルディアは頬をかいた。
医務室へと続く、通路。
エルディアの、頭の片隅で、ずっと、引っかかっていることが、あった。
(――来ると思ってたんだけどな。ベルク。)
決勝。
勝った方が、総取り。
魔王直々の、裁定付きの代理戦争。
あれほど、執着していた研究の集大成。
アステルが、崩れかけていた瞬間なんかは、普通なら、なりふり構わず何か仕掛けてくる場面だった。
別のアステルコピーの、投入。
審判への、横槍。
同化そのものへの、妨害。
手はいくらでも考えられるが、何もなかった。
(動かなかった理由がある?)
──サキュエラ。聞こえる?
『サキュエラ。教えて。
ベルクは何してた?
決勝の間。』
『あ、ご主人様お疲れ様です。
観客席から、ずっと見てましたよ。
動かずに。」
「今は?」
『医務室から移動中です。
追跡はしてますけど。一応。』
まずい。
先手を打たれた。
『静かなのは、魔王様の裁定を律儀に守ってたんじゃないんですか?
言い訳は認めんって、魔王様おっしゃったんですよね。
考えすぎじゃないでしょうか。』
『おそらく『逆』なんだよ。
ベルクは、魔王様からの指示があってアステル計画があったんじゃなくて。
アステル計画が、魔王様の命令よりも先にあって、それが最上位にあったんじゃないかな。」
サキュエラは止まった。
──やっべ。わっかんねえ。
頭いい人はこれだから!!
私サキュバスだもん!!
肉体労働が専門だもん!!
「ベルクが、あの場で動かなかった理由。
律儀にルールを守った、じゃなくて。
『継承』が発動する事自体が、あいつの目的の一部だったなら、勝敗なんて最初からどうでもよかった、って話になる。
私が勝とうが、負けようが。
あの子が、意識を失おうが、失うまいが。
そもそも"継承"のスイッチが入ことが最上位だとしたら、魔王様の裁定なんて実はあいつにとって、二の次だったんじゃないかって。」
サキュエラは思った。
へー!!!!
『――だとしたら、ご主人様。
急いだ方がいいかもしれません。
リリ様が言ってました。
継承の所要時間。
かなり短いっておっしゃっていました。』
『……急ごう。』
エルディアの、ポチの足を速めた
その部屋は、静かだった。
歓声も、実況の絶叫も――ここには届かない。
消毒液の匂いと、微かな魔力灯の唸りだけが、部屋を満たしている。
ベッドの上、アステルは眠るように横たわっていた。
「――魔力枯渇による意識不明。
命に別状はありません。
ただ、因子との同化状態が、まだ完全には解けていません。」
「ほう、それだけに惜しいな。
因子との同化は、想定より早い接触だった。
個体の耐用は――長くはもたないだろう。可及的速やかに、次を急ぐ必要がある。」
ベルクには、一瞬だけアステルに『彼女』の面影が重なって見えた。
「……30年前の悲劇を繰り返させるわけにはいかぬ。」
「……ん……」
アステルの瞼が震える。
「――目が覚めたようだな。
アステル計画・第21世代個体、意識回復を確認。」
「……ベルク。
もう次の準備、してるんですか。」
「因子との同化は、個体への負荷が大きい。
次の受け皿を並行して準備するのは、当然の措置だよ。」
君の『妹』に全てを渡す。




